根こそぎ奪われた土地
兄貴の言葉はある意味、オレに衝撃をもたらした。
「アリッサム……魔法国家じゃなければいけなかったってことか?」
『そう言うことだ』
兄貴は涼やかな声のまま、オレにそう告げる。
「それは……何故だ?」
普通に考えても、中心国を壊滅させるなんてあまり意味があるとは思えない。
そこに何の利が働けばそんな行動に出られると言うのか。
『まだ推測の域を出ない以上、これ以上、口にする気はないがな』
「ケチくせえな。そこまで言ったなら、その理由とやらも言うべきじゃねえのか?」
兄貴はこういう勿体振った所がある。
自分の考えが確信に変わるまでは決して話そうとはしてくれないのだ。
何でも良いから言ってみろ、と、毎回思う。
結果が出てから、「思ったとおりだ」などと言われてもどこか納得できないのは、オレだけか?
『お前も少しは頭を使え。首から上に乗せているだけのオブジェには限界がある』
「……飾り物扱いかよ」
『もう少し磨かねば、飾ることすら痴がましいな』
「ベースは同じはずだが?」
少なくとも同じ母から生まれたとは聞かされている。
成長過程は違うが、血縁関係までは否定させる気はない。
『同じものでも手入れを毎日されているか否かで美術品の価値は大幅に変わるものだ』
だが、兄貴の口の悪さは留まることを知らないようだ。
「へいへい。無価値な弟は素直に従いますよ」
『何を言うか。お前は無価値ではない』
兄貴はオレの自虐的な言葉を否定する。
『お前は俺の駒だからな。精々、目的のために一歩ずつ前に進め』
「よりにもよって、歩かよ!? もっと、飛車、角とまでは言わなくても、せめて金銀くらい……」
将棋の中でも最弱の駒。
確かに敵陣に突っ込めば出世できるが、同じ道に並べて置けないというルールのためか、大半は相手に取られた後には出番がなくなってしまう印象がある。
『阿呆。歩のない将棋は負け将棋だ。そして、歩がないと詰め将棋は案外難しいんだぞ?』
「それはそうかもしれねえが、……でも、嬉しくねえ」
鼻で笑うような言葉を返され、オレは素直な言葉を吐く。
恐らく、兄貴なりに、オレのことが必要だと言ってくれているのだろうけど、素直に喜べなかった。
『俺は男を喜ばせる気はないからな』
「……いろいろ酷い兄貴を持ったものだ」
オレは溜息を吐く。
先ほどの兄貴の発言は、受け取り方によってはかなり品がない。
『多少は叩かないと、お前は伸びないだろ?』
いや、兄貴の場合「多少」ではなく、「多々」オレを叩いていると思う。
「ところで、水尾さんの件はどうする?」
『主の意思に従うべきだろ?』
質問を質問で返される。
だが、やはり思った通りの結論ではあった。
「本当に兄貴は高田に甘いよな」
『いや、今回はいろいろと考えるところもある。確かに彼女たちの意は汲むべきものだが、それでも無条件で全てを呑むほど浅はかな頭はしていない』
「はっ、どうだか……。けど、食費とかはどうなる? あの人、見た目に反して、かなり食ったぞ?」
正直、あの細身の身体のどこに収まっているのか分からない。
確かにオレより長身だが、恐らく、体重はオレよりもない。
『今回は体力、魔法力の回復もあっただろうが……、まあ、その辺は頑張れ。お前なら安価で腹持ちの良いものを大量に作ることも可能だろ?』
兄貴は、オレに全てを放り投げる意思を見せた。
確かに、兄貴の言うとおり、できなくはない。
いや、できる。
だが、素直に頷きたくはないのだ。
「オレを何だと思ってる?」
『彼女曰く「専属料理人」』
「オレは、別に料理人目指しているわけじゃねえんだが……」
気がつけば、身についていただけ。
オレはそこまで料理人になるための努力をしているわけではないんだ。
必要があったから覚えて、練習をしてきただけで、そんなオレが、恥知らずにも「料理人」なんかを名乗ったら、それを生業としている職人たちに申し訳ない。
「まあ、いいか。他には何か分かったのか?」
これ以上考えても仕方ないので、切り替えていく。
『いや……、あの場には何も残っていなかったから、あの状態から情報を得るのは難しいと思う』
「襲撃者の方じゃなく、その……、犠牲者の方はどうだ?」
少なくとも、一国が滅んでいるのだ。
相当な数に上ることだろう。
『何も残っていなかったと伝えたはずだが?』
「は? 襲撃されて、何も残ってないってどういうことだ? 流石に何らかの痕跡はあっただろ?」
少なくとも水尾さんはボロボロの状態で、オレの前に現れた。
攻撃が集中した可能性もあるが、あれだけの人がそんな状態ならば、もっと弱い人間は五体満足でいられるはずがない気がした。
『ああ、その辺が伝わってなかったのだな。襲撃者も被害者も、双方の遺体も肉片や血痕も含めて、本当に何もない。……というか、城や町、建造物を含めて国の跡すらない状況だ』
「は?」
ちょっと待て?
兄貴の言っている意味がよく分からない。
『これでも伝わらないか? アリッサムはそこに住んでいた人間の含めた動植物だけではなく、城も城下も含めてほぼ消えているんだ。だから壊滅と言うより……、消滅が正しい』
兄貴の言葉はとんでもない話だった。
「ちょっと待て!? なんで、そんなことになってるんだ!?」
『それが分かれば苦労はない。平らな土地しか残っていないのだ。整理された綺麗な町並みを囲でいた豊かな水路までなくなっているのは、本当に驚天動地としか言いようがない』
なんとなく、人間界で更地にされた土地を思い出す。
だだっ広く、何もない敷地。
そこにあった建物が何であったかも思い出せないような空間。
「それ……、実は、別の土地なんじゃねえのか?」
建物を消失させる魔法は結構あるが、わざわざ周囲にあったという水路まで消去させる理由が分からない。
……いや、国を文字どおり消し去るという発想自体、オレには理解不能なのだが。
『阿呆。地形と座標は当然ながら確認している。まあ、大気魔気だけが不自然ではあるが、あの場所にアリッサムがあったことは疑いようもない』
「大気魔気が不自然と言うのは?」
兄貴がはっきりと口にしたのなら、それもどんな状態かは分かっているのだろう。
『アリッサムと言えば、世界でも類を見ないほど濃密な大気魔気が留まっていた。だからこそ魔法国家と言われるほどになったとも言えるが……。それがごっそりなくなり、周囲から大気魔気が流れ込んでいる状況だ。これを不自然と言うより他ないだろう?』
確かに……、あるべきものがなくなっているのは不自然だ。
目に見えるモノなら分かるが、大気中の成分がいきなる変わるとか……、悪夢としか思えない。
「人や動植物がいなくなったから、大気魔気もなくなったのか?」
『それで減ることはあっても、なくなることはない。しかし、それらを根こそぎ奪う方法など古の秘術でもできるかどうか。もはや、神の領域に近いだろう。何にしても、現時点では情報が足りん』
人間ではなく、神の仕業……かもしれないのか。
そうなると……、「魔神の眠る地」と言われるミラージュは、その「魔神」とやらを起こしたのか?
「……で、オレはどうすれば良い?」
『彼女を連れて行くというのなら、胃袋を掴め。魔界でも有数の魔力と魔法の所持者だ。恩を売って損はない。幸い、お前の料理がお気に召した様子。操縦……もとい、交渉もしやすいだろう』
「簡単に言ってくれるな。食い物で釣れってことか?」
オレは頭が痛くなってきた。
『少なくとも味方にできないなら、絶対に敵に回すな』
兄貴がここまで言うのは珍しい。
触らぬ神に祟りなしと言っている。
それだけ、あの人が怖い存在だと言うことだ。
確かに目覚めた直後の状態を見れば、オレもそう思う。
だが……。
「……正直、兄貴が一番、彼女を敵に回している気がするんだが?」
そのためにオレは、女から初対面で胸ぐらを掴まれるという稀有な体験をしたわけだ。
『俺の場合は……、敵に回しているというより、猜疑心を抱かれ、懐疑的な目で見られているだけだ』
「……それって、つまりは疑われているってことだよな?」
『彼女たちのような人種に理解できん生き方をしているから、その辺はやむを得ない。だから、お前に押し付け……いや、任せるんじゃないか』
今、チラリと本音が出たぞ。
「……事情は分かった」
確かに……、ある程度、潔癖な人間ならば、兄貴のような裏で策を練るような人間を嫌うかもしれない。
それならば……、オレが接触していた方が良いだろう。
オレに兄貴ほどの知恵はない。
『……っと、そろそろ通信を切るぞ。ちょっと周りが騒がしくなってきたからな』
言われてみれば、兄の後ろが少しざわついている気がする。
「おう。また何かあったら通信する」
『了解。反応ないときは取り込み中だと思ってくれ。それじゃ』
それを最後に通信は切れたのだった。
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