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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 暗闇の導き編 ~

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個人の意思が優先される

 会えない理由があったことは理解した。


 でも、どうしても自分の中で納得はできない。


 それは、わたしは父親がなくても、母親がずっと近くにいて護ってくれたからだろう。


 この世界は個人の意思が優先される。

 そして、人間界より成人の年齢が低く、子の独り立ちも早い。


 精霊族の中にはカッコウのように、親が子をすり替え、別の人間に育てさせると言うのもあるらしい。


 そんなこの世界の事情が分かっていても、それをする必要が本当にあったのかと思ってしまうのだ。


『それなら、乳母に育てさせたという考え方では納得できない?』

「それなら、まあ……」


 この世界ではそうやって育てる人は多いらしい。

 様々な事情で全く子を抱かない、抱けない母親だっている。


 雄也さんが言うには、九十九は生後一ヶ月で母親を亡くしていた関係で、その後、ちょうど子を産んだ方が近くにいたから、乳母をやってくれたらしい。


 一年にも満たなかったために、流石に九十九自身は、その女性のことを覚えていないみたいだけど。


『手探りで授乳もかなり難しかったんだよね。完全な全盲なら視えなくてもそれまで培ってきた感覚でなんとかできたんだろうけど、我が子や自分以外はある程度、位置関係も分かるから、その感覚が育たなかったんだよ』


 人間界の目が見えない方々も訓練でその感覚を養うという。

 でも、その感覚を育てるまで赤ちゃんは待ってくれない。


 そんな状態にある人に、なんで? と、第三者が問うのはおかしいだろう。


『それでも、どこか納得いかないのは仕方ないね。ラシアレスは、周囲に見せないだけで、意外と寂しがり屋で甘えん坊だからさ』


 ……バレてる。


 いや、バレるか。

 相手が相手だもんね。


 でも、そのニヤニヤと揶揄われているような表情は、かなり居心地が悪い。


「あの方と、一度だけ会話したと伺いましたが……?」


 だから、わたしは別の会話の糸口を探した。


 そんな状況と状態ならば、実は、会って会話すること自体が、かなり難しかったのではないだろうか?


『ああ、あれはあの男が巡礼に出たって当時の白坊主が言っていたんだよ』


 会話の流れが変わったことに、モレナさまは少しだけ力なく笑った。


 やっぱり、当人もいろいろと思うことはあったのだと思う。


 だけど、さり気なく口にしたその白坊主って、その方は、当時の神官最高位にあったあの方のことですよね?


 そして、同じ大神官の地位だというのに、恭哉兄ちゃんは「クソ坊主」ですか、そうですか。


 だが、今となってはその使い分けも理解できる。

 理解できてしまった。


 でも、そこにあるのはどんな感情なのだろうか?

 今のわたしには分からない。


『場所が分かれば予測しやすいし、後は、精霊たちを使えば、その場所には行ける。後は、あの男が足を止めることを願うだけだったよ』


 たった一度の邂逅は、仕組まれたものだったと当人も言っていた。

 母親は、あの場所で待っていてくれたのだと。


 それでも、その裏側で、彼女自身がどれだけの手を尽くしていたのかは知らないだろう。


 そして、彼女自身もそれを伝えることはないと言う。


 それなら、わたしにも知らせないでいて欲しかった。


 次から、どんな顔をしてあの人に会えば良いのか?


『少しの時間なら会話することができても、何度も会えば、それに気付かれてしまうだろ? そんな些末なことに意識を割いて欲しくもなかったんだよ』

「それは、全然、些末ではないと思います」


 でも、確かに気に掛けてしまうだろう。

 自分の母親の瞳は、文字通り、自分だけを映さない。


 それを気にしない人だとは思っていない。


 モレナさまのようにそれを「些末」だと切り捨てられるほど非情な人ならば、わたしは何度も助けられていないはずだ。


『人が好いね、ラシアレス』


 モレナさまは笑う。


『でもね。これ以上は深入りしないでくれるかい?』


 だが、深い事情まで聞かせておいて、そんな風に線を引かれた。


『あの子を産む時、その姿が見えないことは分かっていた。ワタシの瞳は現実の像を映さないから。だけど、まさか、この眼をもってしても、何も視えないとは思わなかったんだよ』


 そこにあるのは母親の情。

 母親になったことのないわたしには、その絶望感は想像もつかない。


 光の中で生まれたはずの我が子の姿を見ることもできなかったなんて。


『もともと種の提供者に引き渡すつもりだったから、そこまで慌てることもなかったのだけど』

「た、種って……」


 その言い方はどうなのか?

 普通に「父親側」では駄目だったのでしょうか?


『ワタシの立場上からも、手元に置いての子育ては難しかったからね。何より、ワタシのような女に育てられるより、あの男なら、立派に育て上げてくれると信じたんだよ』


 そこにあるのは確かな信頼。


「ですが、弟子をとったことがあると伺いましたが……」


 そこにも事情があるのだと思う。

 そして、その子は立派に育ったことも知っている。


『短期だったからね。ワタシの影響は少ないよ』


 そうだろうか?

 思い込みの強さとかよく似ていると思いますよ?


 わたしは口にせずにそう思うと、モレナさまは苦笑した。

 心当たりがあったのかな?


『ワタシの能力は、自分の未来は視えない。子を産む時に、力を失う可能性はあったからね。自分の意思を継ぐ者を必要としたんだ。「占術師」なんて職業を名乗った覚えはないが、その名が独り歩きしてしまった以上、少しばかりの責任はあるからね』


 それでも、「少し」らしい。

 本当にこの方は占術師の能力を持っているだけで、占術師ではないってことなのだろう。


 でも、そのことを知る人は、この世界ではどれだけいることだろうか?


『ワタシが本当の意味で「占術師」ではないというのは、元白坊主とクソ坊主は知っているかな。あとは、黄の好色男とその直系尊属ぐらいは知ってるだろうね』


 先々代大神官のボルトランスさまと、現大神官である恭哉兄ちゃん。

 それと、情報国家イースターカクタスの直系王族か……。


 でも、尊属?

 九十九が教えてくれたけど、尊属って、自分より上の代の血族のことらしい。


 そして、その逆は卑属。


 直系は縦の繋がり……、尊属ならば、親、祖父母、曾祖父母。

 卑属なら、子、孫、曾孫といった親族。


 さらには、同じ親から生まれていても、兄弟は直系じゃなく傍系と呼ぶそうな。


 こんな言葉ってどこで勉強するの?


「イースターカクタスの王子殿下はご存じないのでしょうか?」

『色狂いは、自分の興味が湧かないことは深く調べないよ』

「情報国家なのに……」


 それってちょっと不思議。

 情報のためなら、どこまでも追及される気がしていたのに。


『あの色狂いは広く浅く……だからね。まあ、その辺は若いから、しゃ~ない、しゃ~ない。好色男は広く深く……になったかな』


 やはりあの国王陛下の方が手強いことはよく分かる。


『それでも、色狂いは、普通の黄の住民よりはいろいろなものに通じているよ』


 つまり、油断はするなってことですね。

 承知しました。


 でも、情報国家の国王陛下はわたしのことを知っていた。


 そして、その護衛たちの人数や髪と瞳の色まで。


 勿論、母やミヤドリードさんという伝手があったことが大きいということは分かっている。


 それでも、独自の情報収集力は、かなり強くて大きいだろう。


 だけど、その息子である王子殿下は、カルセオラリア城下で九十九と会った時も、彼のことを知らなかった。


 強い風属性の体内魔気を纏い、黒髪、黒い瞳の治癒魔法使い。

 そんな存在はそこまで多くないと思うのに。


 それを思えば、わたしのことも全く知られていないとは思う。


『だが、言い換えれば興味を持ったことはとことん調べ尽くそうとする』

「……なるほど」


 興味を持たれてはいけないということか。

 やはり、情報国家はどこまでも情報国家ってことなのだろう。


 油断せず、雄也さんのような人がいっぱいいると思った方が良いらしい。


 ……怖い。


『そういった事情から、ワタシは自分の子のことが見えないし、視えない。風の噂で聞こえてくるものと、後は、種付け相手からの報告ぐらいかな』


 さっきよりも酷い表現になっていませんか?

 なんとなく、農作物や家畜、競走馬を思い出させる言葉です。


『人為的な製造という意味では、ワタシのやったことは、家畜の品種改良みたいなもんだろ?』

「違います」


 どちらかと言えば、優秀な遺伝子を選んだ人工授精に近い……、と思いたい。

 一応、自然受精ではあるので、ちょっと違うけど、感覚的に。


『まあ、何事も気の持ちようって大事だよね?』


 それは、その通りだと思うのだけど、この状況で言われると、なんとも言えない気分になるのは何故だろうか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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