本物
『その子がどんな人生を歩むことになったか、ワタシに教えてくれるかい?』
そんな分かりやすい誘い。
だけど、それに応えないわけにはいかない。
この方のことを考えれば……。
「承知しました」
わたしは一礼する。
だが……。
「ですが、その前に一つだけ。わたしの方からも確認させていただきたいことがあります」
どちらかと言えば、そちらを優先したかった。
先ほどから気になってしょうがないのだ。
この方からの話は、その端々に、露骨な誘いが多すぎて、気が散ってしまう。
それはまるで、「気付いたならいつでもそれを口にしなさい」と言わんばかりだった。
それならば、この辺りでそろそろはっきりさせておきたい。
『おやおや、それはなんだろうね?』
思わず、白々しいと言いたくなる。
なんで、隠し事が多い人は、相手の口から言わせたがるのか?
「モレナさまも、何かしらの肩書き……いえ、称号をお持ちですよね?」
わたしが持つ「聖女の卵」。
これは一応、大聖堂より賜った称号に当たる。
単純に、「聖女」の認定を受けることができる「聖女候補」というだけではないのだ。
「聖女の卵」は「聖女認定」を待つ「聖女候補」のこと。
この時点で、「神力」を持っているだけの「聖女候補」たちよりは上の扱いとなるだろう。
まあ、わたしもオーディナーシャさまも、一生「待ち」の状態で許されることを条件に、それらを受諾したわけだが。
大聖堂としても、「神力」所持者を他の聖堂に取られないための苦肉の策でもあるし、公式的には何も持たないわたしたちとしても、ある程度の身分保証は欲しかったのだ。
オーディナーシャさまは、法力国家ストレリチアの王子殿下の婚約者に納まるために。
そして、わたしは、万一、剣術国家セントポーリアの王子殿下に捕らえられた時、手出しをさせないようにするために。
「聖女」という地位は、「大神官」と同じように、国家権力に侵されない特別な地位なのだ。
いや、聖堂の教義からすれば、実は、「大神官」よりも上とされている。
どの時代にも必ず一人は選出される「大神官」と、その時代に生まれるかどうかも分からない本物の「聖人」。
「神官」たちによって、選ばれる「最上」と、神によって選ばれた「特上」。
その稀少性を考えれば、「聖女」と呼ばれる「聖人」を、神官たちが特別な扱いをしたくなるのも分かるだろう。
『あるよ』
モレナさまはあっさりと認めた。
元より嘘は吐けないと言われていたが、少しぐらい隠したり、誤魔化されたりはするかと思っていた。
『いやいや、ラシアレスの方が気付くのを待っていただけ。もともと隠す気なんかなかったよ。まあ、あの光の兄弟たちには口止めさせてもらったけどね』
それは絶対的な命令に等しかっただろう。
ある意味、各国の王たちよりも強い言葉を持つ女性だ。
その時の彼らの心境を考えると、あれだけ不安そうに送り出された理由も分かる。
『気付かなければそれでも良かった。でも、やっぱり気付いて欲しかったというのが本音だね』
モレナさまはそう言いながら笑った。
『久しぶりの同類だ。嬉しくないはずがない』
「御謙遜を」
わたしには彼女ほどの力はない。
「神力」も、「権力」も、そして、この世界を動かすほどの「偉力」も。
『いやいや、世界を動かすと言う点においては、ワタシは貴女には勝てない。そもそも、この世界にそこまでの興味も関心も持てないからね』
……などと、言葉一つで世界を揺り動かしてしまうほどのお方が何やらおっしゃっておりますが……。
「『暗闇の聖女』とまで謳われる方が、わたしのような『聖女の卵』と同類であるはずがないでしょう?」
わたしがそう口にすると、モレナさまは一瞬だけ微笑んだ。
肯定も否定もされなかったが、それで確信する。
目の前にいる方は「聖女認定」をされた正真正銘の「聖女」だと。
それだけで、わたしとは格が違うことはよく分かる。
わたしのように「なんちゃって聖女」とは違う本物の「聖女」。
『へ~、そちらの方で呼んでくれるのかい?』
だけど、何故か、意外そうな顔をしながらそう尋ねてくる。
まあ、それも無理はないだろう。
どちらかと言えば、もう一つの異名の方が有名なのだから。
でも……。
「『聖女』は公式的なものであって、もう一つの名は非公認なものだと認識しておりますので」
まあ、「暗闇の聖女」という言葉は、周囲が勝手に付けた異名らしいけど。
それでも、「聖女」自体は、聖堂に認定された公式的な称号だ。
だけど、もう一つの有名すぎる異名は、これまでの言葉から、本人からすれば、そこまで嬉しくない「呼び名」の気がする。
それならば、そちらを呼ぶのは失礼であり、非礼であり、何よりも無礼だと思った。
『いやいや、呼び名なんてどっちでも良いよ。どんな呼ばれ方をしても。ワタシが「気高く美しいモレナ様」であることに変わりはない』
「そうですね」
どんな呼び名だって、なんと呼ばれたって、自分が変わるわけではないのだ。
「それではお呼びする時は、『気高く美しいモレナさま』でよろしいですか?」
わたしがそう言うと、モレナさまは少しだけ眉を寄せながら……。
『長いから、もっと短くて良いよ』
と、肩を竦めた。
その表情もあの人に似ている。
困ったように微笑む顔。
まあ、あの人にそんな顔をさせてしまうのは、わたしともう一人ぐらいだろうけど。
『さて、確認はそれで良いかい?』
「はい。十分です」
それと匂わされただけで、肯定も否定もされていない曖昧なもの。
でも、わたしにはそれで十分だった。
断定はされなかったけれど、その言葉の随所に答えがある。
『本当に欲のない娘だねえ』
「そうでしょうか? わたしは『究極の我儘』を口にしてしまうような娘ですが……」
そう言って首を傾げて見せると……。
『そうだった。今代の聖女は、そんな面白い娘だったね』
先ほどまでと同じような顔で、モレナさまは笑った。
『その究極の我儘を口にする今代の聖女は、ワタシが生んだ子のことをワタシ以上によく知っているようだね』
「お世話にはなっていますが、そこまで良く知りませんよ?」
『いやいや、それこそ謙遜だよ』
モレナさまは軽く手を振る。
『ラシアレスは、あの子を導くという最も重要な役割をしてくれたじゃないか』
「そんな記憶はありませんが……」
どちらかと言えば、導かれた覚えならいっぱいある。
少なくとも、現在のわたしの立場は、あの人によって、ある程度保証されているから。
いざとなれば、逃げ込める先を作ってくれたことは、本当に大きいと思う。
『あの子が迷っている時は、ラシアレスが現れるんだよ』
「え……?」
あの人が迷っている時?
……迷うの?
『あの子も人間だからね。周囲からどんなに「無表情」、「能面顔」、「表情筋が仕事をしない男」、「あんぽんたん」、「すっとこどっこい」、「戯け者」とか言われていてもさ』
「周囲というよりも、あの方相手にそんなことを口にできる人間は一人しか心当たりがないのですが……」
金髪で、翡翠の瞳を持つ誰かさんの高笑いが脳裏に浮かんだ。
あの人相手に、そんなことまで言えるのは本当に世界でただ一人だろう。
特に後半は、あの時の叫びの中にあった言葉ではなかったでしょうか?
なんで、あのことまで知っているんですかね?
『ここで、「チェリー」とセクハラじみた単語を言わなかっただけマシだろ?』
「結局、言ってるじゃないですか!!」
「あれは名言だよね~。いや~、それが耳に届いた時、ワタシもかなり笑ったわ。こう地面を叩くほど大笑いしたのって久しぶりだったよ」
なんて、酷い反応をしていたんだ。
そして、その時点で、どうしたってわたしの中では確定している。
最後の言葉は間違いなく決め手だった。
わたしが、この世界で衝撃的な単語としてその言葉を耳にしたのはただ一回のみ。
パニックになりながら、苦し紛れに放たれた言葉の最後の一節だった。
だから、それに対して……。
「それについては、かの御仁の愛しい相手がなんとかしてくださるらしいので、ここでわざわざ言わなくても大丈夫ですよ」
わたしとしてはそう答えるしかなかったのだった。
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