恋バナの再開
『恋バナを再開しようか?』
にこやかに笑う年上女性からのそんな申し出に、若輩の身で拒否ができるはずもなかった。
仕方なく、わたしは改めて、お茶を淹れ直す。
そして、モレナさまの横に座ると……。
『気になったんだけど、黄……、いや、光の坊やが初恋相手なのに、もうその恋を再び、育てる気はないのかい?』
そんな問いかけをされた。
それは、再び、九十九に恋をする気はないのか? と、いう話だと思う。
なかなか直球な質問だよね。
「育てても迷惑な想いだと分かっているので、育てる気はないですね」
恋心を育てたところで、拒絶されるのは辛いだろう。
それが分かっているのに、育てようと思うほど、わたしはマゾではない。
拒否されるのは一度で十分だ。
それに九十九の方だって、何度も拒絶するのは嫌だと思う。
しかも、前よりもずっと大切にされているような状況なのだ。
だから、この距離感を壊したくはなかった。
『そう? あの「封印の聖女」なんか、相手の都合なんてお構いなしだっただろ?』
「あそこまで我が儘になれる気はしませんね」
モレナさまの言葉に、わたしは苦笑するしかなかった。
魂レベルで「聖女」の影響を受けているというのに、この点においては、わたしは彼女のようになれないのだ。
『まあ、ラシアレスは案外、常識を弁えているからね。あそこまで無遠慮で無作法で、無様な女にはなり切れないか』
モレナさまも苦笑する。
『じゃあ、あの坊やから口説かれたらどうする?』
「…………」
想像してみる。
最近、歌われたラブソングのように甘い言葉で熱い瞳を自分に向ける九十九。
……無理だ。
それだけで、その場に立っていられる気がしない。
なまじ、最近、ラブソングメドレー攻撃を次々と繰り出されたばかりなので、その破壊力は十分すぎるほど理解できていると思う。
でも、自分に向けられたら……?
いや、向けられない。
それだけは絶対にない。
九十九はわたしのことを主人として見ているだけで、異性としては見ないようにしてくれているのだから。
だから、それはありえない話なのだ。
「わたしは九十九から口説かれることはないと思います」
『ほほう?』
何故か怪しく微笑まれた。
そこには揶揄いの感情が見える気がするけど、気にしないことにする。
『それじゃあ、あの黄……、じゃない、光の色男は?』
それではまるで、雄也さんが光り輝いているみたいじゃないか。
いや、確かにキラキラしい御仁ではあるけれど。
そして、この口調からモレナさまは別に九十九をお勧めしたかったわけでもないらしい。
もしかしたら、九十九からわたしが口説かれる未来が視えたのかと思ったのだけど、違うようだ。
だから、ちょっとだけ、拍子抜けしてしまった。
いやいや、残念には思っていないよ?
本当だよ?
「雄也のことも嫌いではないですが、あちらの方がわたしを恋愛対象として見てくれない気がします」
『ほうほう?』
まるで、近所のおばちゃんみたいな反応のモレナさま。
『それならば、あの色男が強引に口説いてきたら、応えちゃうってことかい?』
「…………」
言葉に詰まってしまった。
どうだろう?
想像は、昔よりもできなくもないけれど、雄也さんから本気を出して口説かれたら、鼻血を噴いて倒れるという妙な自信がある。
『坊やよりも激しい反応だね』
「九十九よりも糖分が過多になると予想しているからじゃないですかね」
『そうかな? あの色男に余裕がなくなれば、恐らく、手段を選ばなくなると思うよ』
それは口説いていると言わない気がする。
そして、それは、雄也さんがわたしのことを好きになってくれることが前提の話で、現実的にそれはないだろう。
『じゃあ、次は……、紫の坊やかな。同じ神を身体に宿している同士で仲良くするってどうだい?』
「どんな仲ですか?」
その言い回しはどうかと思うけど、思わず、笑ってしまった。
「ライトのことも嫌いじゃないですよ。始めは本当によく分からなくて怖い人でしかなかったですけど、思ったよりは優しい人だって理解しましたから」
わたしの知らない所で九十九や雄也さんと交流しているようだし、何より、アリッサム城で水尾先輩を護ってくれたとも聞いている。
だから、嫌いにはなれない。
「それでも、あの人こそ難しいと思います」
それは、あの人自身の問題ではなく、国の問題だ。
あの国のことはわたし自身がいろいろ許せない。
確かに、言い分はあるだろう。
それでも、あの国のやり方、特に国王の考え方がわたしには受け入れられないと思っている。
『それなら、あの坊やが国を捨てると言ったなら?』
「え?」
『あの坊やが「国を捨てるから、俺を選べ」と言ったら、ラシアレスは応える気はあるのかい?』
「ライトが、自分の国を?」
それは考えたこともなかった。
ライトは、出会った時からずっと、ミラージュの人間として振舞っていたから。
でも、あの人はあの国の王子だ。
そう簡単に捨てられるはずがない。
「それは難しいと思います」
そんなことができていれば、あの人はあんなに苦しんでいない。
わたしに「俺を殺せ」とまで言わないだろう。
『そうかな? あの坊やは覚悟を決めれば、親も国も自分の命さえもあっさりと捨てられるよ』
モレナさまは見てきたようにそう言った。
いや、視えているのかもしれない。
あの人が国を捨てるような未来を。
『障害となるのは、魂の汚染かな。それも、ラシアレスを抱けば、なんとかなりそうな感じだけどね』
「ほげっ!?」
さらりととんでもないことを言われた。
『ラシアレスに「神力」があり、あの坊やにも「神力」がある。性行為にはそれらの増幅、増強効果があるから、かなり互いの能力が底上げされると思うよ。本来、それも相性があるけど、互いに血を舐め合っている仲だから能力低下することだけはないかな』
「ち、血を舐め合っている仲って?!」
舐めた覚えはあるけれど、舐められた覚えはないですよ?
『ああ、舐めたのはともかく、舐められたのは記憶にない時期か。いや、あの坊やの愛情表現はかなり情熱的だよね』
「いやいや、覚えてないので」
どんな状況なら、血を舐められるんですかね?!
『ラシアレスがあの坊やの血を舐めたようなもんさ。これは、ラシアレスが怪我をした時にべろりと舐めたっぽいかな』
「ほげえええええええっ?!」
いきなり明かされた過去に対して、自分を取り繕う余裕なんてあるわけもなく、思わず叫んでしまった。
しかもペロリではなく、べろりって辺りが生々しい。
『いや、これはペロリなんて可愛い表現じゃすまされないよ』
「補足説明しなくて良いですから!!」
これ以上、恥ずかしい思いはしたくない。
でも、これだけは確認しておきたい。
「わたしが、ライトに抱かれたら、彼は助かりますか?」
『……その可能性はあるとだけ言っておこうか。ここからどう展開が変わるかは、はっきりと言いきれないから』
ゼロではない。
それは、いろいろ諦めているあの人にとっての希望になるだろう。
でも、そのために……?
『いやいや、ラシアレス。それは違う。そして、そんな形の選択は、あの紫の坊やが絶対に喜ばない』
モレナさまはライトを知っているかのように言う。
『貴女の意思であの紫の坊やを選ぶなら良い。だが、同情や、魂の汚染の治療目的だと言うのなら、それは意味がない』
「意味が……ない?」
でも、助かる可能性があるなら、どんな手でも使うべきじゃないのだろうか?
『簡単に言うとそこに籠められる想いの強さが足りない』
「あ……」
『助けたいって気持ちだけじゃ、無理なんだよ。相手が、助かりたいって気持ちだけでも駄目。互いに全てを懸けるほどの強い想いがなければ、神なんて存在を退けられると思うかい?』
そして、その気持ちが全然足りていないことを見透かされている。
『その辺についても、ちゃんと考えようか、ラシアレス』
この青い瞳は全てを見通す眼なのだから。
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