とんでもないことを、なんでもないことのように
『うわ~! めっちゃ、美味っ!!』
九十九のお手製の焼き菓子を口にしたモレナさまはそう叫んでくれた。
そうでしょう、そうでしょう。
わたしの護衛は時間が過ぎても美味しく食べられるお菓子を作るのが本当に上手いのだ。
これらは、出掛けに九十九から手渡されたお菓子だった。
ついでに、わたしでも淹れられるお茶と、水筒にお湯の準備もされている。
そして、二人分の茶器。
この可愛らしいバスケットの中に詰め込みすぎかもしれないけれど、そこまで重くはなかったので良いだろう。
話が長くなった時のためにと持たせてくれたのだ。
なんて、気が利く護衛なんだろうね。
……あれ?
お茶の準備って護衛の仕事だっけ?
『いや~、言葉と映像だけでは嗅覚情報と味覚情報は満たされないというのは知っていたけど、改めて、こう示されるとなんとも言えない気持ちになるね~。いやいや、甘露、甘露』
九十九が準備し、わたしの淹れたお茶を飲みながら、モレナさまはそう言った。
今回は果実の一口パイ。
サクサクッとして甘く、人間界のアップルパイやブルーベリーパイを思い出すような味など、いろいろな種類があるのが流石だと思う。
一口パイなので、摘まみやすく、ボロボロと崩れることもない。
そして、わたしが淹れたオレンジ色のお茶。
淹れ方は習ったけど、初めて飲むお茶だった。
お湯はやや温めではあるけれど、飲みやすくすっきりした味で美味しいし、何よりも良い香りである。
飲むのが勿体ないけれど、飲めなくなるのはもっと勿体ないよね。
モレナさまの要請で、わたしたちは二人並んでお茶を飲み、お菓子を摘まんでいた。
『これが「女子会」ってやつか~』
モレナさまがそう言った。
「『女子会』?」
聞いたこともない単語だったので、思わず聞き返す。
『あれ? これは人間界の……、ああ、そうか。まだ、なかったのか』
「まだ?」
『まあ、近未来の単語ってことで納得してくれる?』
どうやら、未来を読んでしまったらしい。
この様子だと無意識だったのだと思う。
占術師の能力も大変だ。
『そこで、不気味に思わないのが、ラシアレスの良い所だよね』
「でも、占術師の能力ってそういうものなのでしょう?」
心を読むのも、未来が視えてしまうのも。
わたしの歌に「神力」が勝手に籠ってしまうようなものだ。
『その上、ワタシのことを「占術師」と呼ばずに「占術師の能力」を持つ者と呼ぶ。これは好感度が上がるよね~』
好感度って……。
「占術師ではないのでしょう?」
占術師と名乗った覚えがないのだから、占術師ではないし、そう呼ばれるのは当人が嫌なのだと思った。
それだけのことだ。
『その辺、柔軟な思考だよね。ほとんどの人間はその能力を持っている以上、「占術師」だろうって決めつけるのに』
それはわたしが柔軟と言うよりも、その人たちの頭が固すぎるだけだと思う。
向き不向きはあっても、職業に口を出すっておかしい。
この世界には職業選択の自由がないってことかな?
『法力を持った人間が坊主になることが多いように、特殊能力を持っている人間がその職業に就かないのは勿体ないっていう感覚はあるだろうね』
そう考えると、これだけ美味しいお菓子を作れる九十九がわたしの護衛をやっているのは勿体ないってことになるのだろうか?
いやいやいや?
彼は護衛としても有能だ。
わたしの心も身体も、それ以外のモノも護ってくれている。
『当人が納得しているんだから、それは良いんじゃないかな』
第三者にそう言われると安心できる。
『それに、今更、手離すには惜しいんじゃない?』
そして、しっかり読まれている。
「自分が縛っているのは勿体無いと思う気持ちは今も強いんですよ」
『そう? あの光の兄弟は喜んで縛られているっぽいけど……、ああ、いや、逆だね。貴女に弱みを見せて、同情や罪悪感を植え付けて、逆に縛ろうとしているのかな、これは』
モレナさまが一口パイを頬張りながら、ちょっと悪戯心を出したような顔をしながら、そう言った。
「それなら良いのですが……」
『いや、そこは驚こうよ』
今度は呆れたような言葉。
「向こうもわたしを縛り付けたいほど離れがたいって思ってくれているのなら、問題はないので」
そう思っているのならお互い様ってことだ。
わたしも縛り付けて申し訳ないって思う反面、それでも、彼らの意思で傍にいてくれるなら、良いと思えている。
『なるほど、なるほど。ある意味、相思相愛』
「主従として……、ですけどね」
それが分かっているからモレナさまは「ある意味」と言ったのだろう。
『それじゃあ、男女としては?』
「ぶぼっ!?」
それでも、いきなりの言葉にお茶を吹きかけた。
いや、心を読める人だから、彼らに対する複雑な心理状況って分かるんじゃないの?
『ん~? そこは、やはり当人の口から聞いておきたくって。ほらほら、恋バナって千差万別、多種多様じゃない? 自分とは全然違うし、その時の感情の動きも楽しめるから、ワタシは大好物なんだよね。魂が響く、響く』
朗らかに笑っているけど、なんだろう?
これまでで一番、逃がさないゾという妙な気迫を感じる気がするのは……。
『まずは、坊やね。どうよ? 実際』
逃がさないのですね。
了解しました。
九十九……かあ……。
「好きですよ」
わたしがそう言うと、モレナさまは、何故か、目を見開いた。
でも、わたしが九十九のことを好きなのは本当のことだ。
「ただ、それが男女間の話になると、ちょっとよく分からないんですよね」
九十九は初恋の人だ。
でも、あの頃はもっと分かりやすかった。
近くにいると、ドキドキしたし、話していても楽しかった。
じっと見られると、落ち着かない。
目の前からいなくなると淋しい。
そんな典型的な小学生の恋。
だけど、この年齢になると、出会う人も増えたせいか、それと似たような感覚が湧き起こる相手が多くなる。
九十九だけでなく、雄也さんやソウ、ライトとかもそんな感じになるのだ。
それだけじゃなくて、恭哉兄ちゃんや楓夜兄ちゃん、下手するとトルクスタン王子にまでドキドキしてしまう。
恐らくは、この先、ローダンセで会うことになる階上くん、アーキスフィーロさまにもそんな反応が起こるだろう。
これって、わたしの気が多いだけかもしれないけど、単純に九十九が言う「異性への耐性」が低すぎることが原因だと思う。
それ以外なら、この世界、顔の良い殿方が多すぎる! ……ってことかな?
『あ~、え~、うん』
モレナさまが言葉に詰まった。
恋バナを期待したのに、方向性が違って申し訳ない。
『それなら、ディドナフという男には?』
意外な言葉に胸が跳ねた。
しかも、顔や頬、耳にまで熱が集まっていく。
あ、あれ?
分かりやすく心臓もおかしくなった。
いつもよりもずっと早い鼓動。
まるで、中学校の時の部活動紹介の前みたいだ。
何故か、先輩たちに推されて、当時、生徒会長だった水尾先輩と簡単な打ち合わせしかできなかった一発勝負の大舞台。
あの時もかなり緊張していたけれど、その時の心臓の音によく似ている。
これは一体……?
『ああ、ちょっとあの「封印の聖女」の感情に引き摺られちゃっているのか。どれだけ、夢を視せらているんだか』
「引き摺られ……?」
自分の胸を押さえながら聞き返す。
『分かりやすく言うと、感情移入ってやつだね。あの「封印の聖女」とラシアレスは魂が似ている。だから、普通よりも感情を重ねやすくはあるのだけど……』
そう言いながら、モレナさまはわたしの額に触れてきた。
それだけで、激しい動悸は治まり、熱も引いていく。
『いや、どちらかと言えば、これは、「分魂」の影響かな』
「ぶんこん?」
前にも聞いたことがある。
その時はよく分からなかったのだけど、後で、神から力の一部を分けてもらうことだと恭哉兄ちゃんから説明を受けた。
『ラシアレスは生まれる前に、祖神である導きの女神から力を分け与えられ、そのために破壊の神に目を付けられている。ここまでは知っているね?』
「いえ、導きの女神ディアグツォープさまからさらに力を与えられていることは知りませんでした」
加護があるとは聞いているけど、それは単純に祖神であるためだとしか思っていなかった。
『死によって聖霊界に送られた魂は、そこで神の試練を受けた後、生前の記憶や罪過などを洗い流して浄化され、新たな誕生まで待つ。そっちについてはオッケ~?』
「はい」
それは、神官とか関係なく、この世界の常識とも言われるほどのことだ。
仏教などの転生に考え方は近いと思う。
尤もこの世界の葬送の仕方は土葬でも火葬でもないけれど、同じ肉体に復活するという考えはないから。
『その魂が生まれる待機状態の時に、破壊の神の本体が加護を与え、さらにそれに気付いた導きの女神が、自らの力を分け与えた。導きの女神の方が「分魂」と言って加護よりももっと強い力かな』
「母にある創造神からの加護みたいなものですか?」
母の創造神の加護はかなり強いと聞いている。
だから、「創造神に魅入られた魂」と呼ばれるのだ。
『いや、あれは加護止まり。ラシアレスの母親が生まれる前から目を付けていたわけじゃないからね。創造神自体が、全ての神の親であり、それらを蹴散らすだけの力を持っているだけの話』
神々の頂点に立ち、全ての始まりでもある創造神は、やはり格が違うらしい。
『だから、ラシアレスの場合、神力が視える神眼を持っていると、魂が二重、三重に視えるだろうね。基の魂に、導きの女神が後付けした魂によく似た神力。そして、「聖女候補」の残留、いや、「魂の欠片」が生まれる前から溶け込んでいるから』
そんなとんでもないことを、なんでもないことのように、モレナさまは一口パイとともに口にするのだった。
一応、補足として……。
これまでに触れたことはありませんが、このお話……というか主人公が人間界にいた時代は、平成の中期辺りと設定しております。
そのために「女子会」という言葉がまだありません。
少し前に出た「ワイドパンツ」をもっと分かりやすい「ガウチョパンツ」と呼ばないのもその辺りにあります。
他にも現在ではもっと分かりやすい単語に置き換えられる単語もできるだけ控えめにしております。
具体例として、「イケメン」という単語を使わず、「美形」「見目の良い殿方」と近年の若者らしくない言葉に置き換えています。
それでもうっかり、近年の単語が出ることはありますが、そこは今を生きる人間なので、ご了承ください。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




