兄からの話
『とりあえず、終始まとまりのない話になったことだけは分かった』
兄貴は開口一番、そんなことを口にした。
「オレのせいかよ?」
どちらかといえば、高田が一番、話を逸らしていた気がする。
まあ、魔界のことについて知らないことが多すぎるせいなんだろうけど、あの様子だと、性格が多数を占めている気がする。
『たわけ。もっと深刻で重くなる空気を想定していたから拍子抜けはしたが、あの状況が悪いとは思わん。彼女自身もあの雰囲気に流されて、恐らくは言うつもりのなかったことまで口にした可能性もあるからな』
「あ~、確かに……」
オレは先ほどまで話していた客人……水尾さんを思い出す。
その境遇の割に、あまり悲痛な顔はほとんどしていなかった。
「でも、帰る国がなくなったにしては明るい顔をしてたぞ」
話し始めた時は、流石に重苦しそうな顔をしていたが、話が弾んでいくに連れてかなり自分を取り戻していた印象をオレは受けた。
『その辺は微妙なとこだな。実感がないためかもしれん。話を聞いた限りでは、彼女は完全に何もなくなった国の跡地を目にしたわけではないだろうからな』
そんな兄貴の言葉で気付いた。
「……そんなに、酷いのか?」
『酷いと思うこともできんな、あの状態では』
それは、つまり……。
「もう兄貴は見てきたんだな」
見てきたからこそ、兄貴は「あの状態」と口にしたのだ。
『見てきた。他国からも数名ほど、同じように調査と思しき人間たちがいたな。偶然ではあったが、お前たちの話はアリッサム跡地で聞かせてもらった』
跡地……、人だけではなく、本当にそこには何も残っていないということを察する。
「その辺りは、まだ水尾さんには言わない方が良さそうだな」
恐らく、目覚めた後、彼女が暴走したのはその時のことを思い出したからだったのだろう。
それならば、心の整理がつくまではこちらから何も告げないほうが良い。
『当然だ。言っておくが、そこで聞くことになったのは意図的ではないぞ。俺が行った時に、狙ったようなタイミングで連絡してきたのはお前の方なのだからな』
流石にそこまで計算尽くだったら、気味が悪いだろう。
「……で、何か分かったのか? その……襲撃者たちの手がかりとか……」
そんなのオレが知ったところでどうしようもない話だ。
それに、分かったところで彼女に伝えようもないことなのだが、それでも、多少なりとも関わってしまった以上、知っておきたくはあった。
『明日は我が身というのを避けるため、どの国もそれを目指してきたのだろうが……、完璧な後処理だったよ。襲撃者たちは特徴的な残留魔気を残していない。あれでは今後も難しそうだ』
「兄貴でも……分からなかったのか……」
どんな微かな手掛かりでも、子細に調べ上げるのに。
『俺は知覚がそんなに優れているわけではないからな。ただ、違和感はあった』
「違和感?」
『彼女も言っていただろう。襲撃者たちは魔気が混ざっていて、どの国の人間だったのかは分からなかった……と。それと同じようなことは感じたな。残っていたのも、純粋な魔気とは少し違う気がする。それがどんな手によるものかは現時点では分かりかねるがな』
「魔気が……混ざってる?」
そう言えば、水尾さんはそんなことを言っていた。
ただ、混乱していたためとは言っていたが、実際、そうではなく、本当に混ざりものの魔気だったのかもしれない。
そして、そう言ったことが起こる可能性があることを、オレたち兄弟は知っているのだ。
「それはつまり……、遺伝的な魔気と、出身大陸が異なる可能性があるってことか?」
『さあな。その辺に関しては襲撃者しか分からないことだ』
そう兄貴は言ったが、オレにはその可能性しか考えられなかった。
基本的に魔気というモノは、生まれた場所でその加護を受けるらしい。
それが、魔気の属性と呼ばれるのだが、それとは別に、親が持っている属性も多少受け継ぐのだ。
尤も、魔界人は他国へは行く機会が少ない。
だから、親と出身大陸が違うというのは別大陸出身者の夫婦間に生まれた子ども……ぐらいだろう。
「水尾さんが言っていた『黒い服』の集団って……やっぱ、ミラージュのヤツら……なのかな?」
あの時、高田もそう思ったのだろう。
だからこそ、少々不自然ながらも服装に言及したのだ。
今まで、オレたちの前に現れたミラージュという国から来たと思われる人間は、例外なく黒い服に身を包んでいたのだから。
『それも俺には判断がつきかねる。大体、ミラージュの人間とお前は対峙しているだろう? その時の魔気に何か、不自然なところはなかったか?』
そう言われて、記憶を辿ってみる。
だが、分からない。
「人間界で会っただけ……だからな。魔界ならもっと魔気がはっきり区別できるとは思うんだが……」
人間界では魔界に比べ空気中に含まれる大気魔気の濃度が酷く薄い。
自分の身を護る魔気は大気魔気の影響を受け、身体にある体内魔気と合わせて防護魔気とするのだが、基本的に属性の判別はその防護魔気で判断することが多い。
体内魔気は意識しない限り表に出てこないため、普通は分からないのだ。
『役に立たん奴だな……』
「意図的に抑えているだろうからな。オレだって風属性魔気を表面に全開で出して人間界で生活はしてねえよ」
尤も……、あの紅い髪の男は……、何度か接したためか炎の属性だという気はなんとなくした。
でも、それ以上に大きな何かが邪魔していた気はするが……、それがはっきりなんとか属性だとは思えなかった。
オレが知る限り、「火」、「風」、「光」、「地」、「水」、「空」のどれにも該当する気がしなかったからだ。
それは、兄貴にも伝えているが……、やはり反応としては微妙なものだった。
『仮にミラージュだとしても、だ。行動が読めない点に置いて、大差はない』
それは確かにそう思う。
高田と魔界に来て一ヶ月経つというのに、まったく何も反応がなかった。
人間界での温泉での出来事を最後に、何の音沙汰もなかったのだ。
何らかの行動を起こすことを考え、いつでも、この国から出る準備をしていたのに。
そうなると、この国に高田が来たことでミラージュが手を出す必要がなくなったということなのだろうか?
だが、それではやはり、ミラージュとこの国はどこかで繋がっている形になってしまうわけだが……。
「アリッサムを襲撃したのが、ミラージュだと仮定すると……、あの紅い髪の気障な男が関わっている可能性もあるって事か」
この国も、アリッサムも大陸の中心国だ。
そう考えると何らかの繋がりが見えてくる気が……。
『いや、仮にミラージュだったとしても国自体の考えとは別にお前が言っている男は動いている気がするな。自分の意思が強すぎる感がある。仮にも一国であれば、国王を中心とした考えで動くはずだが、その中でも指揮系統、派閥が一つしかないわけではないだろうからな』
「派閥~?」
あまり好きではない言葉だが、兄貴の言っている意味は分かる。
要は、この国で言う「親衛騎士」、「近衛騎士」、「守護騎士」たちの水面下の争いみたいなモンだろう。
『それに……、噂の男は一国の王としては歳が若そうだ。世界から外れたミラージュに魔界の常識があてはまるかは分からんから絶対に国王ではないと言い切れはしないがな。それでも、十代かそこらで国を完全に掌握するのは無理があると俺は思う』
「しょうあく……」
単語が出てこない。
この兄貴はどうしてこうも難しい言葉を使おうとするのか?
『……まあ、実権を握ることはできても、全ての支配はできていないということだな。特に末端ほど細かい指示は届きにくい。まあ、それが原因で若く未熟な国王に従わぬ一部の国民の暴走と考えることもできるが……、それは少々、現実的ではないな』
「アイツ……、偉そうだったけど、国王陛下って感じではなかったな」
オレ自身の勝手なイメージだが、国王って存在は、もっと堂々として余裕があるもんだと思う。
『普通は『王』と言う存在は簡単には動かんものだからな。臣民に指示を与え、手足として操り、国を導く。今回の件がどこの国の仕業であっても、魔力の強さはともかく、その国の国王は資質がないとしか言いようがないな』
「どうしてそうなるんだ?」
王の資質とか言われても、正直、よく分からない。
『質の高い王は人を思うがままに動かし、無駄な動きは一切させない。今回は誰の指示であっても愚策としか言いようがないのだ。国民が集団で好き勝手に動いた結果なら、それを抑えきれない国王に人を従わせる能力がなく、国王の命令により動いたなら問題外ってことになる』
兄貴はオレのちょっとした疑問にも細かく答える。
ある程度は自分で考えもするが、兄貴の視点とはやはり違うのだ。
「だが、結果として、大国……、それも中心国の一角を堕としているわけだが?」
『だから、阿呆なんだ。中心国を滅ぼしたとしても同じ大陸にいるならともかく、無関係の国にどれだけの益があるんだ? 仮に意味があっても、得られる恩恵が多いとは思えん』
確かにそうかもしれない。
だが……、一般的に考えられないような利があったとしたら?
「滅ぼすならどこでも良かったんじゃねえか? 無差別テロで、その力を示す……、とか」
『そこまで阿呆なら救いはないな。名乗らない以上、誰がどこに力を誇示しているかが分からん。ただ…………』
そこで、兄貴が少し間を置く。
その考えをオレに話して良いか、悩んでいるのだろう。
基本的に推論段階ではあまり話したがらないのだ。
もっと確信してから口にしたいらしい。
そして……、兄貴の中で結論が出たのか、その重い口を開いた。
『俺は襲撃対象にアリッサムを選んだこと……、あの魔法国家を狙ったことにこそ意味があると思っている』
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