その想いは時を越えて
先ほどモレナさまは、死ぬ直前に思ったことって言った。
占術師の能力って他人のそんな思いまで分かってしまうのだろうか?
でも、それって、随分、苦しくて辛い話じゃないのかな?
死ぬ直前の気持ちって、絶対、穏やかなものは少ないよね?
『ワタシは、「魂響族」の血が流れているから、普通の人間よりも魂の声を聞き取りやすいんだよね』
「こんきょ~ぞく……ですか?」
「族」が付いているってことは、恐らく、精霊族だと思うのだけど、申し訳ないが、わたしは聞いたこともなかった。
『まあ、200年ぐらい前に純血は、この世界からいなくなったとは聞いているから、知らないのは仕方ないね。分かりやすい性質としては、生きている、死んでいるに関わらず、魂の声が聞こえるってやつかな』
「死んでも、魂の声って聞こえちゃうんですか?」
死の直前だけではなかったことに驚くしかない。
それって、死者の声が聞こえるってやつだよね?
そして、またもや、さりげなくホラー要素がぶっ込まれたことはよく分かった。
『正しくは思念によるものかな。だから、その娘の魂の声も、その場所で聞いたことがあるよ。貴女の母親が会ったのはその十数年後ぐらい? その場所に立ち入る人間が少なすぎて、余計な気配で掻き消されることもなく、思念が薄まらなかったみたいだね』
えっと、思念……、人の思いが体内魔気の残り香みたいなものだから、他の人の体内魔気で掻き消されることもなかったってことかな?
それでも、その後、さらに母が来るまで残っているほど強かった思いってどれほどのものでしょうか?
『何、言ってるんだい? この世界の人間の想いは六千年を超えることを、貴女は知っているだろ?』
六千年……。
その数字はこの世界では特別な意味を持つ。
かつて、現れた「大いなる災い」を封印した「聖女」がいた時期だ。
『生半可な思いで、六千年もの間、神にも等しい存在を封印し続けるなんてできると思うかい?』
その言葉にわたしは首を振って応えた。
魔法は思いを形にするモノ。
それならば、それだけの年月を封印し続けている「聖女」の「魔法」はどれほどのモノだっただろうか?
『まあ、当人は「邪魔するな」ぐらいの感覚だったと思うけどね。今も昔も色ボケの意思は強い、強い』
モレナさまはそう苦笑する。
しかし、「色ボケの意思」とは。
だが、そんな思いで六千年経った今も封印され続けている神さまは、ある意味、気の毒だと思う。
『そんな「封印の聖女」の思念も、一部、今もまだ残っているよ。場所は教えられないけどね』
「どれだけ、あの方は心が強かったんですか?」
いや、そんな感じだったけれど、そこまでとは思わなかった。
『ラシアレスも似たようなモンだと思うけどね』
なんか、酷いことを言われた。
わたしは、あの聖女と同じくらい思い込みが激しい人間ってことだろうか?
そんなことはないと思いたかったが、なんとなく、護衛だけでなく、わたしを知る人たちが集団で納得している光景が何故か目に浮かんだ。
『いやいや、普通の人間の意思では、六千年の時を越えるなんてできないと言っているんだよ』
「どういうことですか?」
いくらわたしでも、そんな長い年月を旅した覚えもないのだけど。
『人類で「過去視」と呼ばれる現象を起こすのは、自分の意思の届く範囲だ。精々、数十年規模。それを貴女は優に超えているだろ?』
その言葉に納得する。
「アレが本当に過去に起きた出来事だと言うのなら、確かに超えていますね」
わたしの「夢視」と呼ばれる能力は、過去を視るものだということは分かっている。
そして、モレナさまが言っているのは、この世界に来てから何度も見せられている夢のことだろう。
確かにあの夢が本当に六千年も昔にあったことなら、わたしの意識はそれだけ過去を旅しているということになる。
でも、あの夢が、周囲の言う「聖女」のことだって、わたしが気付くのには、少しだけ、時間がかかった。
それだけ、伝わっている「聖女伝説」と、わたしの見せられた聖女の姿が全く違ったから。
そして、それに気付いてから、わたしは伝えられている「聖女伝説」から興味を失ったのである。
それでも、最低限、恭哉兄ちゃんからは聞いているのだけど、その聞いたことも少し、わたしが知っている事実とは異なっているので何とも言えない。
「でも、時々、本人、自らが会話しに来るんですけど」
わたしは自分の夢の中を思い出しながらそう言う。
わたしが視る彼女の夢は二種類あるのだ。
彼女の過去を映像で淡々と見せられるパターンと、その上映中に彼女自身が現れて少しの言葉を交わすパターン。
いつもは思い出せないことの方が多いのに、何故か、今ははっきりと思い出せてしまうのは、会話をしている相手がモレナさまだからだろうか?
『ラシアレスとあの「封印の聖女」は、この上なく縁付いているから仕方ないよ。同じ血が流れ、同じ祖神を持ち、その能力も似ているんだ。それに夢は「境界」でもあるから、死んだ人間や神が現れやすい場所ではあるね』
そして、能力が似ているから、同調もしやすいらしい。
でも、夢とはいえ、勝手に訪問されるのはなんだかな~とは思う。
『でも、能力はラシアレスの方が強くなる可能性が高いよ』
「え……?」
『ラシアレスは周囲に恵まれている。だが、あの姫さんは味方が少なかった。緑の姫さんと藍の坊やぐらいしか味方がいなかったんだ。まあ、藍の坊やは分かりやすく下心から手助けしたみたいだけど、その下心が今もこの世界を支えているのは皮肉だよね』
……藍の坊や。
えっと、藍は空属性……、カルセオラリアは当時なかったと記憶している。
あの時、聖女を助けたのは、その前身であるキルシュバオムという国の王子だった。
その王子が、聖女のために創ったモノが、今も世界各地にある「転移門」や「聖運門」となっているわけだが……。
「下心……、だったんですか?」
なんとなく、トルクスタン王子が重なった。
いや、似ているんだよ、あの過去に出てくるキルシュバオムの王子と、トルクスタン王子のお顔。
でも、下心?
それは気付かなかった。
わたしが視る夢の視点は、聖女のものではないのに。
『懸想は十分、下心だよね?』
微妙ではある。
なんとなく、その言葉から邪心のイメージが強いけど、心の底に眠っている本心でもあるのだ。
せめて、「恋心」と言って欲しい。
『隙あらば押し倒したいと思っている男は十分、邪心だよ』
うん、邪心ですね!!
「今度、もっと観察してみます」
意外と、聖女の功績は綱渡りだったみたいだ。
一歩間違えれば、歴史が変わっていただろうし、わたしを含めたセントポーリアの王族が生まれなかった可能性も出てきた。
『そうだね。ラシアレスは、もっと男心を勉強した方が良い』
そんな九十九みたいなことを言われた。
そんなにわたし、殿方のことを分かっていないかな?
『だから、坊やが「発情期」になってもすぐに気付かないんだろ?』
ぐっ!!
確かにそうだ。
その危険性があったから「ゆめの郷」に行ったのに、通路で倒れていた九十九を見た時、そんなことは全て吹っ飛んでいた。
あの時、わたしが助けようなんて考えなければ……?
でも、それはそれでどうなんだろうとも思う。
見たら、やっぱり手を貸そうとしちゃうだろう。
それだけ、九十九にはお世話になっているのだ。
倒れて顔色が悪かったなら、どうしても心配してしまう。
何度、その前からやり直せたとしても、わたしはあの時の九十九に手を差し伸べてしまう気がした。
そう考えると、あの「発情期」は仕方ないのかなとも思う。
わたしは確かにかなり痛い目を見たけれど、その結果、九十九の気持ちも少しは分かった気がするから。
『いや、結局、分かってないんじゃないか』
モレナさまは呆れたようにそう言うけど……。
「どんな状況にあっても、自分より主人を優先してくれる護衛って凄くないですか?」
わたしはそう思っている。
少なくとも、あの精神力は誰が見ても驚くべきことだろう。
それだけ、「発情期」で、一時的とは言え、思いとどまった九十九は凄いのだ。
まあ、わたしの魅力がその程度だってことだったのかもしれないけど。
『この辺に関しては、あの坊やにも、あの色男にもなんとなく同情したくなるよ』
何故か、モレナさまはそう肩を落としたのだった。
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