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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 暗闇の導き編 ~

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そこに残る想い

『かなり方向が逸れたけど、話を、「聖女候補」だった娘に戻そうか。これは、貴女が知っておくべきことだから』


 モレナさまは微かに笑みを浮かべる。

 確かに自分にとって、衝撃的な話が多すぎて、そのことを忘れかけていた。


 彼女が言う「聖女候補」だった娘とは、セントポーリアの王族であったルキファナさまのことだ。


 わたしが生まれるよりもずっと前に亡くなったという方。


『かの娘は、生まれる前よりも神に目を付け……、いやいや、神の目に止まり、神力を得たけれど、同時に粘着……、あ~、深く愛されて、普通の人間よりも死にやすい運命にあった』

「無理に取り繕わなくても、良いと思いますよ」


 モレナさまの言葉の端々に、隠しきれないナニかが漏れ出している。


 でも、割と今更の話だ。

 この方は神さまや神官という存在をあまりお好きではないようだから。


『そう言えば、「今代の聖女」も、あまり神に好意も敬意も持っていなかったね』

「普通の人間より死にやすい運命にあるのが、神のせいだと分かっていて、敬愛の情も尊敬の念も抱けるほどわたしは聖人ではありませんから」


 先ほどのルキファナさまの例から考えると、危ない目に遭うのは、この左手首に宿っている神のせいではないだろうか。


『いや、そっちはあのクソ坊主が隠してくれているから、そこまでの影響はないよ。実際、ラシアレスの魂の汚染は止まっているみたいだ』

「え……?」


 それは……、本当に?


 わたし(ワタシ)の中から、ナニかが確認をする。


『言っただろ? ラシアレスがちょっとばかり死ぬ目に遭いやすく、その割に助かっているのは、創造神の気まぐれだって』

「…………」


 確かに言っていたけど、それについてはあまり、深く考えたくはなかったというか……。


 恭哉兄ちゃんからも聞かされてはいたけれど、創造神という神さまは本当によく分からない。


 気まぐれで、面倒くさがりで、でも、この人間たちがいる世界が滅ぶことは望まない神。


『ああ、それに暇を持て余しているというのも追加しておいて』

「はい」


 わたしの思考にも突っ込まれた。


 えっと……、気まぐれで、面倒くさがりで、常に暇を持て余していて、でも、この人間たちがいる世界が滅ぶことは望まない神……かな?


『まあ、基本的に神は皆、暇を持て余しているけどね』

「そうらしいですね」


 だから、人界の人間たちを観察……、いや、見守り、時として、様々なモノを遣わして、干渉しようとするのだ。


 本当に迷惑極まりない話である。


『この世界で生まれた人間は、神に対してある程度の畏敬の念を抱くことが多いのに、ラシアレスは本当に、クソ坊主よりの思考だよね』

「畏敬の念はありますよ。ただ同時に得心できない感情が強いだけです」

『神々に振り回される身としては、当然の考え方か』


 モレナさまはそう言いながらフッと笑う。


『その「聖女候補」の娘も、理不尽な死に納得できなかったんだろうね。だから、残留思念がその場所にずっと残っていたわけだ』


 残留思念……、確か、生きている、死んでいるにも関わらず、その場所に強く残る思いだったっけ?


 この世界の人間は、魔力……、魔気というものを持っているから、残りやすいとは聞いている。


 聞いた時は、ホラーとしか思えなかったのだけど。


 つまりは、地縛霊みたいなもんだよね?


『そして、その場所に、()()()()()()()()()()()()……』

「待ってください!!」


 地縛霊と自分の母親……。


 どう考えても、ホラーな展開としか思えない。


 ……って、いうか、何、やってんだ、母!!


 夏のホラー特集を観ながら、亡くなった人とか、そう言ったものには深く関わるなってわたしに教えてくれたのはあなたでしたよね!?


『事故や事件で人が亡くなった現場に行って、祈りを捧げる文化が人間界にはあるんじゃないかい?』

「ありますけど!!」


 どの宗教なのかは分からないけれど、交通事故や殺人現場に花が置かれたり、お菓子が置かれたりするアレですよね?


 小学生時代に見たことはあった。


 生花だったものが、気が付けば、造花に替わったところが妙に印象強かったのだ。


 まあ、人が亡くなったような場所にはあまり近付きたくはないので、かなり時間が経っていたこともあるのだけど。


『貴女の母親は「聖女候補」が転落した場所に行った時、その娘の残留思念に出会ったんだ。橙の血が濃く流れていた娘。物の道理を知る前に死しても、その意思は強かったんだろうね』


 母が出会った……。

 出会ったってつまりはそういうことだよね?


 なんで、この世界は忘れた頃にホラー要素をぶっ込んでくるんですかね!?


『そこで、まあ、残った思念……、魂の欠片ってやつをしっかり()()()()()()()()わけだ。それも()()()()()宿()()()()()()()()()()で』


 その言葉が意味するところは……?


「少しだけ大きな声で叫んでも良ろしいでしょうか?」


 一応、確認をとる。


『……どうぞ』


 許可が下りた。


 それでは、失礼して……。


「母は、何やってんだああああああああああああああっ!!」


 わたしは心の底から、ここにはいない母に対して叫んだ。


 それって、憑りつかれたとかそんなやつではないの?


 しかも、腹に子が宿った状態って、どう考えても、その中にいるのはわたしだよね!?


 え?

 何?


 わたしは生まれる前から神に目を付けられていただけじゃなく、殺されたセントポーリアの王族の霊にも憑りつかれていたってオチ!?


『殺した相手への恨み言や邪心もないし、強化されてラッキーぐらいの感覚で良いんじゃないかな? もともと血の繋がりはあるんだからさ。ああ、でも、自分の魂以外の力が混ざっているわけだから、ちょっとばかり、魔法(ちから)の制御が難しくはなっているかもしれないね』


 さらに、明かされるわたしの魔法の制御の甘さの理由。


『あの建物自体にそんな思念がいっぱい迷っているからね~。その思念も取り込んで、あの一族はどうしても制御が苦手になっちゃうんだよ。一体、どれだけ親族間で殺し殺されているんだろうね』

「知りませんよ!!」


 そして、楽しそうに言わないでください。


『貴女の母親が創造神に目を付けられたのも、その「()()()()()()()によるものらしいよ』

「……は?」

『死ぬ直前にその娘が思ったことは、自分が生まれた地のこと。自分を殺すような相手の思い通りにさせないこと。何よりも、会うこともなかった婚約者候補のことだった』


 モレナさまは事もなげにそう言った。


『「神力」が籠った強い願い(思い)は、「創造神」に届いた。そして、それに応えたわけだ。だけど、この世界の人間ではその想いに応えられなかった。だから、遠く離れた地で生まれた強い魂を持つ人間が()()()()()()()()、この世界に呼び寄せた上で、加護を与えたんだよ』


 その言葉が差す意味は……?


「そ、それは……、いつから?」


 母は15歳でこの世界に来たと聞いている。


 そして、この世界で15歳は成人だ。


 でも、()()()()()()()ということは、目を付けられたのは、もっと昔ってことになる。


 これまでの話を聞く限りでは、それは生まれる前からではなかったかもしれないけれど、生まれて間もない頃、もしくは、母親のお腹に宿った頃だった可能性は否定できない。


『さあ? ワタシに分かるのは、古今東西この世界での出来事のみ。遠く離れた惑星(ほし)のことまでは想像、推測するしかないかな』


 その割には人間界のことも詳しい気がするのだけど……。


『近年、人間界に行った人間が多いからね。いや~、知らない世界の情報が増えるって楽しいよね?』


 そんな情報国家のようなことを言われても困ります。


 ああ、でも、黄の大陸(ライファス大陸)出身って言ってたか。

 もしかしたら、実は、情報国家出身なのかもしれない。


『え~? ワタシはあんな()()()()()()が治めるような国は嫌だよ』


 えっと、もしかしなくても、どちらかがイースターカクタス国王陛下で、どちらかがイースターカクタス王子殿下のことでしょうか?


『好色男の方はちっとはマシになったけど、人間の本質って、そう簡単には変わらないからな~。欲しい物は手に入れようとする。貴女の母親も創造神の加護があそこまで強くなければ、横から攫おうとして、ああ、それだと橙の色男が全力で拒否している』


 その言葉で、好色男が国王陛下であることが確定してしまった。


『貴女も気を付けなよ、ラシアレス』

「え?」

『あの好色男は欲しい物はどんな手を使ってでも手に入れようとする。それは「聖女」も例外ではない。貴女も創造神の加護の影響はあるけれど、そこまで強いものではないのだからね』


 見た目はともかく、現実的には親子ほどの年の差があるけれど、いや、手に入れるって別にそういう意味でもないのか。


 単純に捉えて、逃がさないだけで良い。


『上も下も30年差があっても気にせず口説くような男に、普通の倫理観を求めてはいけない』

「……理解しました」


 モレナさまに真顔でそう言われては、真面目に受け止めざるを得ない。


 30年前後の年の差をものともしないって凄いけど、上もおっけ~なのか。


 いや、30歳下もおっけ~なのは問題じゃないですかね?

 それって、わたしよりも年下も大丈夫なわけですよね?


 そう言えば、あの方から「寵姫にならないか? 」と言われたことがあった。


 あの時は半分、冗談だと思ったけど、実は、違ったのかもしれない。

 近くにいた九十九も冗談だと判断しなかったみたいだし。


 それならば、気を付けるにこしたことはないのか。


 だけど、この時のわたしは、ちょっとだけ他人事の感覚だった。

 そこまで自分に関係することになるとは思わなかったのだ。


 そんなわたしが、この時の会話を思い出し、身に染みて理解するのはちょっとばかり未来の話。


 そして、わたしは激しい後悔を抱くことになるのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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