真実はいつも……
占術師ではないけれど、占術師としての能力を有していると思われるモレナさまは、わたしに向かってこんなことを言った。
『貴女の父親は、生まれた頃にある女から、告げられた。「この御子が御歳20に血を継ぎ、生を享けし者。ありとあらゆる数多の人間を導く者なり」と』
わたしの父親が……20歳の時?
血を継いで生を享けた者が多くの人を導くって……、これ以上、考えたくない。
そう言いたいところだったが、実は、その言葉には、聞き覚えがある。
確か、リヒトと出会った「迷いの森」でライトから聞かされた言葉だったはずだ。
昔、セントポーリア国王陛下が生まれた時に、「盲いた占術師」からそんな予言を告げられた、と。
あれ?
でも、本当に「迷いの森」だったっけ?
ちょっとだけ、違うような気がするけど、それを教えられたのは、あの時期だったことは間違いない。
だから、あの時と同じようにこれだけは言わせてもらおう。
「現セントポーリア国王陛下が20歳の時に、わたしは存在していません」
わたしが生まれたのは、セントポーリア国王陛下が21歳の時だと聞いている。
『貴女は、『生を享ける』って正しくどういう意味か分かるかい?』
そして、あの時と同じ言葉が返される。
ああ、今のわたしには分かっている。
その答えを教えてくれた人がいるから。
「『この世に誕生する』、あるいは、『天から命を授かる』という意味もあります。ですが、その占術師がどちらの意味で言ったかは分かりかねますね」
どうせ、言葉を返されるならば、……と、わたしはあの時の自分の言葉とライトの言葉を混ぜて伝える。
『それ以外にもあるよ。『命を他から与えられる』とか、他には、『その系統や血筋などを引く』とかもね』
そんなわたしの考えを見透かしたかのように、モレナさまは別の言葉を……、それも、いろいろと複雑な心境になるような言葉を返してきた。
『まあ、実際、それがどんな意味合いを持って告げられたのかはその女自身も分からない。あれは、神の言葉だから』
「え……?」
神の言葉?
ああ、戦国武将みたいな名前の……、「神言」のことか。
確か、占術師自身の意思とは無関係に、口から出てくるとされていたやつだ。
あの時、リュレイアさまも、わたしに対して、よく分からない言葉を口にしたけど、先ほどの言葉はそれよりは随分と分かりやすい。
『まあ、そんな予言をされてしまった御子だった。だから、その20歳という年齢になるまでに、婚約者を宛てがえ、子供を作らせなければならなかったんだ。それに逆らうことは、神の意思に逆らうこと……らしいからね』
ぬう。
理屈としては分かるけれど、現代日本の知識が基本となっているわたしには、ちょっと受け入れがたいことではある。
でも、政略結婚は基本的に、血筋とか、立場とか、相互利益の話になるから仕方ないのか。
『その婚約者の有力候補が、年下の従兄妹でもあるルキファナって娘だった。尤も、その話が纏まる前に、死んだから立ち消えたわけだ。ここまではオッケ~?』
「はい」
血族婚のセントポーリアで、従兄妹が相手となるのはそこまで驚くことでもないし、日本の法律にあわせても、4親等だから結婚はできるほどその血筋は離れているから問題はない。
まあ、いとこ同士で何度も婚姻を繰り返せば、結局かなり濃くはなってしまうのだろうけど。
だが、そのルキファナさまに関しては、気になることはある。
『その気になることを言ってごらん?』
モレナさまはわたしの心を読めるのに、さらにそう促した。
言葉にしろということか。
「先ほど、モレナさまは、ルキファナさまが亡くなった原因を『塔から落とされた』と言われました。でも、わたしは病死……『胸の病』だったと聞かされました」
『公式的にはそうせざるを得なかったから……だね。人間は面子? 体面ってものを気にする。御大層な立場にある人間が、住居で事故死とか簡単に言えるはずはないだろ?』
神の眼を欺くことなんてできやしないのに……と、モレナさまはそう呟いた。
だが、それも違う。
「事故死ではないからでしょう?」
『お? 良い所に気付いたね』
「『塔から落とされた』のに、事故死とかおかしいですから」
寧ろ、わたしに気付かせるために、その言い回しをわざと選んだとしか思えない。
『だが、気付いて良かったのかい? それは、貴女の生国の闇だ。それも、貴女の父親すら知らない話になる』
「もともとわたしに聞かせたかったのでしょう?」
そうなれば、覚悟を決めるしかない。
わたしには何も関係のない話だと言い切れなくもないのだけど、乳飲み子とも言える年代の子が、何者かによって殺された。
それが、最近見た、幼い子に重なってしまったのだ。
あんな頼りない存在を手にかけるなんて許されるはずがない。
『なるほど……。これが、「導きの神子」か』
「え?」
『覚悟が決まった時の貴女は本当に手強そうだと思っただけだよ。いやいや、結構、結構』
何故か、モレナさまは朗らかに笑った。
『なあに、難しい話じゃないさ。それに、この話は、貴女の母親も知っている』
「は?」
思わず、素の返事をしてしまった。
毎回、毎回、叫びたい。
母上~~~~~~~~っ!?
あなたは、一体、どこまで、何を知っているのですか!?
でも、母は、ルキファナさまの黄色いリボンを持っていた。
ぬ?
でも、よくよく考えれば、計算、合わなくない?
母がこの世界に来たのが、15歳の時。
えっと……、20と少し年前。
でも、そのルキファナさまが亡くなったのは、それよりもっと昔だった。
どこで接点があった?
『接点は、一応、黄の姫さんかな。まさか、本当に繋がるとは当人も思っていなかっただろうけどね』
黄の姫さん?
黄って……、光属性のライファス大陸の王族のことだよね?
でも、情報国家イースターカクタス国王陛下には今、一人しか御子がいないし、その子は男性だ。
まさか、隠し子!?
いやいやいや、その考えは失礼か。
そうなると、他の……アストロメリアとかオルニトガルム?
でも、その二か国よりは、あの母と接点がありそうなのは、やっぱりイースターカクタスだと思う。
イースターカクタスの国王陛下と友人しているわけだし、過去には城にだって……。
「ミヤドリードさま!?」
そこに行きついて、思わず、叫んだ。
そうだ。
あの方は母の友人であったけれど、現イースターカクタス国王陛下の妹だった。
つまりは王族、「姫さん」と言えなくもない。
そして、それなら、母から渡された黄色いリボンと、もう一つの装飾品も同じ方に渡せと言われた理由が……?
いや、それは、おかしい。
装飾品については理解している。
寧ろ、その流れに納得はできるのだ。
母から受け取った当時は、特に深く考えず、その方に会えたら渡すと受け取ったあの黄色いリボン。
だけど、もしかしたら……?
『まあ、その黄の姫さん繋がりで、貴女の母親は知ることとなったわけだ』
そんなわたしの思考を遮るかのように、モレナさまはそう結論付けた。
「それでも、『塔から落とされた』には繋がりません」
それは、事故ではなく事件だ。
しかも、ルキファナさまはセントポーリアでは貴重な女性の王族でもある。
そんなものを万一、誰かが目撃していたとしても、その目撃者が無事だとは、逆に思えなかった。
推理漫画とかでは、目撃者って犯人に消されることが多いよね?
『目撃者が消されなかった理由はいくつかある』
「ほ?」
『目撃者がその現場を見た時は、それが何を意味しているかを理解できないほど幼かった』
人間界でも、幼い人間の目撃証言は証拠とされないって話を聞いたことがある。
それは、人間界よりも成長の早いこの世界の人たちも同じってことか。
『そして、一緒に目撃した人間が半狂乱になって、そちらに意識を割かれた』
目撃したのは、事故現場ではなく、事件現場だ。
相当、場慣れしている兵や探偵、警察でもない限り、正気を保つのって難しいかもしれない。
しかも、城の、あんなに高い塔の窓から落ちたのなら、その現場は凄惨なものだっただろう。
わたしは、落ちた人を見ることができなかったから。
『そして、落とした方も、結果を見届けていないんだ』
「結果って……」
つまりは、落とした相手が、ちゃんと絶命したかどうかってこと?
そんなのまじまじと見ることができる人って、逆に精神がおかしいと思うのです。
『いや、そこから下を覗き込むことができなかったんだよ。あの塔の窓は高い位置にあったからね』
それでも、あの城の窓は、身長の低いわたしでも覗き込める程度の高さだった。
一度、あの城で、王子殿下の部屋から脱走しようとした時に、確認した覚えがある。
無理だったけど。
つまり、あの当時のわたしよりももっと低い人間の所業か、もしくは、高所恐怖症などの理由があって、高い所を見下ろせないとかそんな理由だろう。
なんだろう?
この推理漫画や小説を思い出す不思議な気分。
不謹慎だけど、ちょっと心臓がドキドキしている。
でも、ワクワクとは違う。
変な緊張であることは間違いないのだけど。
『犯人については、今となっては証拠もない。そして、既に、目撃者は証言できない。まあ、事件は迷宮入りになった……かな?』
その言葉で気付く。
目撃者は、母に伝えてくれた人は、既にいない。
だから、誰も真実を語ることはできなくなったのだという事実に。
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