「聖女候補」となりながらも
『自分一人と世界。果たして、貴女はどちらを選ぶ? ……って話さ』
そんなことを言われて、迷わず「自分一人」だと答えられる人間は、どれだけいるだろうか?
『ワタシなら、迷わず、「自分一人」を選ぶよ。ワタシは自分より大事なものなんてないからさ』
あっけらかんとモレナさまは言うが、それは特殊事例過ぎて、参考にならない。
『結構、ラシアレスも心の声が辛辣だよね』
モレナさまはそう言って笑うが……。
「それは、どうしても、選ばないといけないのでしょうか?」
わたしとしては、先ほどの問いかけの方が頭を占めていて、反応できない。
『うん』
そして、あっさり返される答え。
『その「世界」って言葉の解釈にもよると思うけど、少なくとも、貴女は自分の目が届く世界と自分の命を秤に掛けることになる』
さらにそんな確信めいた言葉が続けられる。
ああ、だから聞きたくなかった。
占術師という人種たちは本当に、わたしに訪れる未来を告げるから。
『でも、そんなこと。今までに、何度もあったことだよね?』
「え……?」
『「卒業式」、「ストレリチア城下」、「カルセオラリア城」。いずれも、貴女は目に映る光景を否定するためにその命を懸けている。ああ、最近なら、「音を聞く島」でも……、かな?』
それなら理解できてしまう。
彼女が口にした時は、自分が死ぬかどうかを考えるよりも、先に身体が動いてしまったのだ。
目の前の光景の先にある、誰でも予測できるような未来を否定したくて。
『その辺り、貴女は本当に占術師の天敵だよね』
わたしのそんな考えを読んだ上で、モレナさまは肩を竦める。
『だけど、ワタシはそっちの方が好きだよ。ごちゃごちゃ考えるよりも、まず、行動って考え方は分かりやすいよね。それに一見、短絡的に思われるけど、余計なことを考えない分、かなり強い意思を持つし、その方が未来を変えられるからね』
モレナさまは歯を見せながら、茶目っ気のある笑いをわたしに見せた。
『多分さ。貴女にとって、目に映る世界、手が届く世界は自分と同じぐらい大事なんだよ。だから、天秤に載せることも迷わない』
そこまで言って……。
『いや、自分の大事なものが、自分が手にしている、自分を構成している全てのモノが、ほんの僅かでも欠けることを許せない……かな? それって、ある意味、究極の我儘だよね?』
そう言い換えた。
でも、その言葉は酷く納得できるものだ。
わたしは、決して、自分が無欲な人間だと思っていない。
欲しい物は全部欲しいと素直に思うし、今、持っているものが無くなってしまうのは嫌だとも思っている。
確かに究極の我儘だ。
形あるものはいつか壊れる。
そんな自然の摂理すら、許せないのだから。
『だが、知っての通り、世に言う「封印の聖女」さまも同じような人間だ。まあ、あの娘の方がもっとずっと狭い世界だったけどね』
「『封印の聖女』……?」
世に言うってことは有名な方なのだと思うけれど、わたしはそこまで聖女たちについては詳しくない。
『ああ、紫の大陸に「大いなる災い」ってやつを封印した聖女のことだね。だから、「封印の聖女」。この世界で一番有名な聖女であり、「聖女」とされた中でも、悲劇的な一面もあるかな』
さらりと告げられた言葉にどれだけの情報が盛り込まれていたのか?
やっぱり、紫の大陸……、今は亡きダーミタージュ大陸に「大いなる災い」が封印されていたのかとか、あの聖女にも聖女としての異名はあったのかとか、あの人は別の人間の視点から見ても悲劇なのかと思うことはいろいろある。
『でも、「聖女候補」になりながら、「聖女」へと至れなかった人間は、若くして命を落としていることが多いよ』
でも、わたしの思考はそんな言葉によって粉砕された。
『益体無い坊主たちはそれを神の加護を失ったからとか、随分と勝手なことを言うけれどね』
その言葉には分かりやすく棘があった。
やはり、この方は、神官がお嫌いらしい。
今よりも、もっと前時代的な神官たちの世代も知っているだろうから、多分、わたし以上に神官たちから嫌な思いをしてきたかもしれない。
『結局、「神力」を持って生まれても、それはちょっと普通と違った能力のある人間でしかないんだ。だから、普通の人間のように死ぬ時はあっさり死んでしまう。それは知っているだろ?』
「はい」
わたしが知っている占術師のリュレイアさまも、「神力」を持っていたと言われている。
だが、崖から落ちれば、普通の人間のように死ぬ。
しかも、あの方はジギタリスの王族でもあったのに。
『まだ、あのリュレイアは自分で死を選べただけマシかな。セントポーリアの……ルキファナって子は、「神力」の所持者であり、セントポーリアの王族でもありながら、乳飲み子の段階で塔から落とされて死んでいるよ』
「え!?」
わたしはその「ルキファナ」さまを知っている。
何故なら……。
「で、でも、その方は、病気で死んだと伺いました」
『母親から手渡されただろ? 黄色い古びた布』
この人は本当にどこまでお見通しなのか?
確かにわたしはこの旅に出る前、母から黄色い布を渡されていた。
元はリボンだったというソレは、かなりの年月を経過しているためか、一見、古びた布にしか見えない。
下手に触ると自分がトドメを刺してしまいそうなので、母から手渡された小箱をわたし専用の袋に入れて、九十九に預かってもらっている。
預かったのはその黄色いリボンだけでなく、もう一つ装飾品があったけれど、それも一緒に小箱に入れてあった。
いつか……、何かの縁があった時、ある方に渡すために。
現時点では会える気がしない、雲の上の方。
でも、直接渡せという指令と、その方へと伝言も預かっているため、その身内であっても渡せないものだった。
確かに旅しているわたしの方が出会う可能性はあるかもしれないと思って引き受けたけれど、現在の身分的には母の方が面会できる可能性は高いと思っている。
そして、その黄色いリボンの持ち主が……、「ルキファナ=ラウイ=オーランド」さま。
その方は、セントポーリアの王族であると同時に……。
『その娘さ~、貴女の父親の婚約者候補だったのは知っている?』
知らなかった。
いや、セントポーリアは王族が少ないのに、純血主義で、中世の欧州のような血族結婚を繰り返してきた国だ。
だから、その可能性はゼロではなかったと気付くべきだった。
でも、わたしですらなんとなくショックなのだから、母はそれを知った時、もっと衝撃を受けたのではないだろうか?
それなのに、わたしにそのリボンを託したのは不思議である。
『今の妻である「毒蟲」は、その娘が亡くなったから、これ以上血族の数を減らす前に……と、慌てた周囲が婚約者として祭り上げられた。そして、僅かな事故も許さないように、念入りに保護されることになったんだよ』
ああ、念入りに保護。
それで、素敵に苛烈な性格になられたということだろうか?
雄也さんからも、九十九からも、滅多に他人を悪く言わないあの母ですら、良い評価を口にしない。
しかも、今、何気にモレナさまからの呼称も、「クソ坊主」以上に酷かった。
『それだけ、貴女の父親が重要視されたってことでもある』
「え?」
いや、当時、あの方は王子だから、それって当然のことだとは思う。
でも、ちょっと疑問もあった。
あの方は当時、第二王子なのだ。
そして、セントポーリアは性別に関係なく、王位継承権は生まれた順だって聞いている。
それなのに、当時、まだご存命だった第一王子には婚約者がなく、第二王子には幼い頃からの婚約者がいた。
そして、その事実に当時も随分、騒がれたらしい。
実は、当時の第一王子は国王の血を引かないのではないか……、と。
実際は、第一王子はほとんど部屋から出ることができないほど病弱だったことが理由だったことが、婚約者がいなかった理由だったと聞いている。
事実、その方は、わたしが生まれる前に夭折しているらしいし。
『貴女の父親は、生まれた頃にある女から、告げられた。「この御子が御歳20に血を継ぎ、生を享けし者。ありとあらゆる数多の人間を導く者なり」と』
そろそろ、本気で、思考を放棄しても良いですか?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




