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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 暗闇の導き編 ~

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必要な犠牲

「創造神の彫像については理解しましたが、それ以外の現象についてはどうでしょうか?」


 あの魔法書を売る店で起きた奇妙な体験は、あの彫像だけの話ではなかった。


 店に客どころか店員すらいないような店は客商売としてはおかしい。


 それに、わたしが聖歌を歌っただけで、何故か自分の肉体から魂が抜け出るとか、いろいろ理解できないことしかなかった。


『うん、うん。全てを創造神のせいだと思い込まない所は、見た目よりもずっと慎重だってことだね。()(かな)()(かな)


 それって、見た目は感情直進型ってことでしょうか?

 そんなに無謀そうに見えるのかな?


『無謀って言うよりも、無防備、無警戒には見えるよ』


 何故だろう?

 わたしの護衛たちが兄弟揃って大きく頷いているような気がしたのは……。


『ただ、実際の貴女は違うよね? 警戒心はちゃんとあるし、自身の身を護るための立ち回りは心掛けている。まあ、その判断基準が自分の直感だから、周囲には理解されないとは思うよ』


 そんなにわたしの考えって、周囲に分かりにくいかな?

 これって、この世界で育ってないから?


『いや、自分の直感を信じているからだよ。そして、貴女にとっては敵意に当たらないことが、周囲の目にはそう見えないだけ』


 ぬ?

 なんとなく、中学時代の菊江(あきこ)さんのことが頭をよぎった。


 確かに、わたしの判断基準は、この世界に限らず理解されにくいかもしれない。


『貴女は基本的に八方美……いや、博愛主義に見えるからね。理解はされにくいと思うよ』


 言いかけたのは「八方美人」だろう。

 その自覚はある。


 でも、「博愛主義」?

 そんな考えは持ったこともない。


 確か、身分とか宗教とかを越えて、全ての人を平等に愛するとかなんとか?


 無理無理無理。


 わたしは、右の頬を打たれたら、自分が悪ければ多少、我慢はするけれど、左の頬を差し出す気にはなれない人間だ。


 それどころか、その理由に納得できなければ、相手の左頬を利き手で引っ(ぱた)くぐらい感情は持つ。


 そんな人間を「博愛主義」とは言わないだろう。


『周囲にそう思われてしまうのは、自分の命を脅かすような相手でも、時間を置けば平然と会話しているからだよ』

「それは『博愛主義』とは言わないと思いますよ?」


 単純な話だ。

 その理由に納得しただけ。


 わたしの命を脅かそうとするような人は少なくはないが、多くもない。

 だけど、各々に理由はあることを知っている。


 それは、互いの正義(言い分)がぶつかり合っているだけで、特に意味なく、理由なく、命を狙われているわけではないのだ。


「どちらかといえば、今回の魂を抜かれたことの方が納得できてないんですよね」


 その原因と思われる女性に目を向ける。


 藤色の綺麗な髪を持つ女性。

 綺麗な透明感のある薄く青い瞳は、わたしを見ているようでやっぱり見ていない気がする。


『ああ、それは意味がちゃんとあるよ。あの光の兄弟との話に貴女の魂が邪魔だったからどかしただけ』


 そんな荷物を()けるかのような気軽さで、わたしの魂は身体から引っ張り出されたらしい。


 解せぬ!!


『貴女は意識を失っていても、その魂が周囲の様子を覚えていることがあるから、必要な犠牲だったんだよ』


 必要な犠牲とは一体……。


 でも、身体が周囲の様子を覚えていることがあるからとは、どういうこと?


『いや、本来は、誰でもそうなんだよ? 睡眠学習っていうのはそういうことだからね。でも、それを自在に取り出す方法を持つ人間は少ないんだ』

「自在に……、取り出す?」


 わたしに……、そんな能力がある?


 いや、覚えがないのだけど……。


『そう。貴女は自分の能力(ちから)だけで、人間の肉体に近しい存在を創り出す可能性がある。勿論、様々な条件が重ならないと無理だけど、それでも既に何度か成功させている事実がある以上、確率はゼロではない』


 その言葉で、九十九が「分身体(ライズ)」と呼んでいた存在を思い出す。


 自分の身体から抜け出た自分のそっくりさん。


『そんなことは、「救いの神子」たち時代にも無理だった。神々の力を借りて、肉体はなんとか創り出せたけど、魂を込めることができず、その身体は動くこともなかった』


 救いの神子たちの時代?

 ああ、人口衰退期の話か。


 わたしの魔名と同じ「ラシアレス」という神子や、その他にも6人の神子たちが集って、世界を救ったという遠い昔の物語。


『……遠い昔、ねえ……』


 だが、何故か、モレナさまは難しい顔をした。


 あれ?

 何か違う?


『いやいや、今は余計なことは言うまい、言うまい。でも、ラシアレス。貴女もその神子たちと無関係ではないとは言っておくよ。特に、風の神子ラシアレスと、火の神子アルズヴェールは()()()()()()()()()ね』

「え?」


 風の神子ラシアレスさまについては分からなくはない。


 恭哉兄ちゃんから見せられた姿絵は、わたしに似ている気がしたし、何より、かなり遠いご先祖さまでもある。


 でも、火の神子アルズヴェールさまも?

 どういうこと?


『それについては、いずれ、分かることだよ』


 そう言って、モレナさまはじっとわたしを見つめた。


 わたしから少しずれた場所を見ているその瞳には、一体、何が映っているのだろうか?


『まあ、そんなわけで、光の兄弟との内緒話に、貴女の魂が近くにあるのは邪魔だったから、この世界から強制退場してもらったってわけ』


 この世界から強制退場って、それは死んだも同然なのでは?


『魂を本の中に閉じ込めたからね。でも、そのおかげで楽しいものを見ることはできただろ?』

「楽しい……もの……?」


 あの店に似た誰もいない世界は本の中だったのか。

 それなら、もう少し楽しんでも良かったかもしれない。


『あれは、人生の記録(レコード)ってやつだよ』

「人生の……、記録(レコード)?」


 もしかして、あの走馬灯のような文字列?

 割とはっきりと思い出せるけど、あれって、夢じゃなかったの!?


『読めるのは、貴女の出生(しゅっしょう)から現時点までの記録であり、不確かな未来については、はほとんど読めなかったと思うけどね』


 確かにシルヴァーレン大陸言語と、日本語で書かれた記録以外の、不鮮明な文章も流れていた。


 数字すら読めなかったのだ。


 あれがわたしの未来……なのか。


 それなら、読めなくて正解だと思う。


『まあ、貴女なら、読めなくて悔しいと思うよりも、読めなくて良かったという安堵の方が強いか』


 モレナさまは困ったように笑う。


 まるで、わたしが自分の未来を知りたがらないことが、不都合であるかのように。


『いやいや、そうじゃないんだよ。ただね。未来を知りたいと願うのは、現状で足掻き、その先に生きる希望を見出している人間に多いんだよ。逆に未来を知りたくないのは、現状に絶望し、将来の展望を抱けない人間に多いかな』


 ああ、未来を知りたくないという考え方は、未来(そこ)に希望を持つことができないように見えてしまうわけか。


「別にそういう理由で未来を知りたくないわけではないのですけれど……」


 先に未来を知ってしまうと、努力を怠りそうで、頑張ろうと踏ん張る気力が持てなくなりそうなのだ。


 努力してもこうなるから無駄だと。

 現状で踏ん張っても、その先には何もないと。


『貴女がそうだと言っているわけではないのだけど、まあ、これについては、考え方の相違だね』


 モレナさまは肩を竦める。


『ワタシもそれでメシを食っているわけじゃないから、他人の未来なんて本当にどうでも良いんだけどさ。その他人に全ての未来が掛かっているとなれば、老婆心ながら何か一言ぐらい言いたくなるってことは理解できる?』

「え……?」

『貴女の存在がこの惑星(ほし)の未来の存続にかかっているんだよ』


 なんだろう?

 急に話が重くなったような?


 しかも、なんとなく、重要なことを言われているような気がする。


 どうしよう。

 これ以上、聞きたくない。


『逃げずに聞きなさい、ラシアレス』


 わたしの退路を断つかのようにモレナさまはそう言った。


 これは逃げ?

 わたしは逃げているの?


『そして、聞いた上で判断なさい』


 迷うわたしに対して、さらに、モレナさまはそう続ける。


『それだけ、貴女の未来は不確定で危ういんだよ』

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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