少し匂わせただけでも効果覿面
『創造神の彫像についてはこれ以上追究しても仕方がない。ワタシは創造神を代弁してやる気はさらさらないので、次行こう、次』
モレナさまは気持ちを切り替えるかのように軽く両手を叩いた。
でも、その言葉から、モレナさまには創造神の考えが分かるってことだ。
本当に何者なのだろう?
寿命が長い精霊族の血を引き、未来を見通す占術師の能力を持ちながらも、彼女自身は占術師ではないと言う。
はっきりと分かっていることは、面白い文章と綺麗な絵を描く人だってことだけ。
そして、創造神の彫像の話。
それについては、用意したのはこの方ではなかったみたいだけど、その理由についてはご存じのようだ。
でも、モレナさまは教えてくれる気はないようだし、わたしには分からないので、雄也さんに伝えておこう。
もしくは、恭哉兄ちゃんに会えた時……かな?
『じゃあ、次の話だね。ラシアレスから、護衛である光の兄弟を引き離して話しているけど、その理由は分かるかい?』
「二人に内緒で話したいことがあるのかなと思いました」
寧ろ、それ以外に考えられなかった。
『いや、別にワタシとしては、内密に話さなくても良かったんだよ?』
だが、モレナさまはそんなことを言った。
『だけど、貴女たちの方が困ると思って、外させたんだ。実際、少しそれっぽいことを言っただけで、すぐに二人して、快く承諾してくれたからね』
九十九は、モレナさまのことを伝えられた時に、雄也さんも自分も「質」を取られたと言っていた。
だから、二人とも何かの弱みを握られたと思ったけれど、これまで話を聞いた限り、この方がそんなことをするだろうか?
そんなタイプには見えないのに。
そして、モレナさまの言う「それっぽいこと」ってなんだろう?
『世の中には誰かに隠したいことがあって、ワタシはそんな事情なんか知ったこっちゃないって話』
それはそんなに清々しいほどの笑顔で言って良い言葉だろうか?
でも、それならば腑に落ちる。
この方は、相手が話して欲しくないことまで口にしてしまう可能性があるってことだ。
それならば、余計なことを口にせず黙るしかないが、自分たちが黙ったところでこの方は話すのをやめてくれるとも思えない。
確かに、互いに場を外すしかないだろう。
『特に色男の方は、弟にこそ聞かれたくないことを両手に抱えきれないほど持っているからね。少し匂わせただけでも、効果覿面ってやつさ!』
ああ、雄也さんが九十九にこそ隠したいことはあるね。
それについては、わたしにも心当たりがある。
情報国家の国王陛下の血族という話は、九十九に伝えるつもりがないことからもそれがよく分かっている。
『そんでもって、坊やの方にも色男や主人であるラシアレスに隠したいことがあるみたいだからね』
「え!?」
それはかなり意外なことだった。
九十九は、わたしに対して話せないことはあっても、雄也さんには何でも報告していると思っていたから。
普通なら隠しそうな「発情期」のことすら報告していたらしいよ?
だけど、九十九から話を聞いた時に、確かに、本人もそんな感じのことを言っていた覚えがある。
自分にだって、言えない言葉の一つや二つはある……、と。
でも、あれは、「兄に情報制限されていること」だったはずだ。
つまり、雄也さんが知っていることではあると思う。
そうなると、雄也さんにも隠したいことって何だろう?
そして、それを隠し通せているのだろうか?
相手は、あの雄也さん……だよね?
『貴女たちはそれぞれ信用し合っているけれど、自分でも非だと思うようなことは、相手にも隠したいみたいだからね。嫌われるのが怖いとか、知られてしまうと信用がなくなるとか? その辺、ワタシには分からないんだよね』
軽く言われているけど、その言葉には妙に説得力があった。
確かに好意を持っている相手にこそ知られたくないことはあるのだ。
知られて反応が変わるのは誰だって怖いだろう。
『ワタシは人の心が読める。でも、どうしてそんな考えを持つのかは本当に分からないんだよ。色男が周りに出自を隠したがるのも、坊やがラシアレスの名を隠し続けているのも、ラシアレスが……っと、いけない、いけない』
モレナさまが慌てたように口を両手で塞いだ。
だが、そこまで言って止められる方が気になる。
しかも、言いかけたのは明らかに自分のことだ。
九十九がわたしの魔名を周囲に隠しているのは、危険性を考えてだとは思う。
雄也さんにも伝えていないのは意外だったけれど、それも九十九なりに意味はあるのだろう。
でも、わたしについては、何を隠していると言うのだろうか?
そんなわたしの考えは……。
『妄想絵日記』
たった一言。
「……申し訳ありません。わたしが悪うございました」
だが、その一言だけでも、わたしは土下座したくなった。
まさか、わたし自身がすっかり忘れてしまったほど昔の話が出てくるとは思わなかった。
人間界で、絵を描くのが好きだった友人から見せられて始めた影響で、空想上の人間たちの絵日記を書いていた時期があった。
確か、小学四年生ぐらいの頃である。
まあ、好きな漫画のキャラクターたちの、紙面には描かれていない日常をいろいろ想像して描くような感じだった。
今にして思えば、二次創作というヤツに当たるだろう。
そして、不思議なもので、自分の日記は三日と続かなくても、ネタがあれば、絵というは描けてしまう。
結果、まあ、少女漫画チックな空想上の絵日記が大量生産されてしまったわけで、中学に入って暫く経ってから正気に戻り、処分して、ついでに自分の記憶からも消していた。
アレを後世に残す気はなかったし、万一、人目に触れたら、恥ずかしくて死ねる気がしたのだ。
それだけ、小学生の感性は率直で荒っぽいけど、良くも悪くも自分に素直だったということだろう。
だが、モレナさまの言葉はここで終わってくれなかった。
『護衛観察日記』
さらに無情な一言が追加される。
「本当に申し訳ございません」
これは、五体投地すれば許されるでしょうか?
今度は逆に、まさか、そんな最新のネタが来るとは思わなかった。
しかし、アレに表題を付けるなら、確かにその言葉は見事なまでに体現している。
その表題から分かるように、わたしは最近、九十九や雄也さんを見て気付いたことを記録するようになったのだ。
彼らが報告書を毎日記録しているようなものである。
こちらについては、あの島からなので、そんなに数がない。
だが、これにも絵はある。
絵があった方が、その様子について詳しく書かなくて良いから楽なのだ。
そして、彼らにバレないようにこっそりと、いつもの絵を収納する箱を二重底にして、さらに袋で封印している。
それがうっかり見つかっても怒られることはないだろうが、九十九の方が数も多いし、いろいろと複雑な顔はされそうである。
また勝手に自分のことをかくなと言われちゃうよね?
『こう普通に話している時は、相手が内緒にしていることは、言っちゃ駄目なことって分かるんだけどさ~。どうしても、勢いがつくと止まらなくなっちゃうんだよね。だから、余計なことを話しても大丈夫なように、彼らを外させたってわけだよ』
「ご配慮、ありがとうございます」
そう言うしかなかった。
確かにアレが見つかるのは恥ずかしい。
「わたしから、魔力の籠った装飾品を外させたのにも、何か理由があるのでしょうか?」
話題を変えたくて、そう問いかけてみた。
御守り以外、体内魔気を押さえる装飾品とか、何も装備していないのは久しぶり過ぎて、どこか落ち着かない。
いくら何でも、話をしたぐらいで簡単に自分の魔力が暴走をしないと思うけれど、意識してここまで抑え込むのは結構、大変なのである。
『この場所に、他の気配を混ぜたくなかったから。まあ、クソ坊主の気配はあるけど、それは性質上、我慢してあげよう』
どうしても、恭哉兄ちゃんは「クソ坊主」らしい。
この御守りはあの島で新たに法珠を作ってもらった最新版だ。
これは、単純な御守りだけというだけではなく、わたしの魂に「神隠し」という術が施されているために、それを強化する意味もある。
モレナさまはそちらの方を言っているのだろう。
でも、「クソ坊主」……、「クソ坊主」ねえ……。
九十九の「坊や」、雄也さんの「色男」は受け入れられても、どこか、その言葉だけ受け入れにくいものがある。
恭哉兄ちゃんは、全然、「クソ」じゃないから!
いつも、わたしを助けてくれているから!!
そう心の中で強く思った。
そんなわたしを見て……。
『あの緑の姫さんもそうだけど、あの不愛想で可愛げの欠片もないクソ坊主なんかに「今代の聖女」まで懐いてくれたのか』
と、何故か嬉しそうに笑ったのだった。
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