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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 暗闇の導き編 ~

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【第92章― 過去から始まる未来へのミチ ―】現れた女性

この話から92章です。

よろしくお願いいたします。

 その存在は突然、現れた。

 まるで、始めからその場所にいたかのように。


『初めまして、今代の聖女』

 

 その女性は、移動魔法の気配すら感じさせずに、わたしから2メートルと離れていない位置に立ったのだ。


 わたしは慌てて、ベンチから立ち上がる。


「初めまして。畏れ多くも『聖女の卵』という称号をいただいた……、『ラシアレス=ヴェロナ=セントポーリア』と申します。以後、お見知りおきください」


 そう言いながら、わたしはスカートの裾を軽く摘まんで片足を後ろに下げて一礼する。

 ワカから叩き込まれた誰にでも失礼にならない礼ってやつだ。


 少し迷ったが、わたしはこちらの名を名乗った。

 

 「高田栞」は人間界での名であり、この世界には本来、存在しない名前だ。


 まあ、母みたいな例外はあるだろうけど、あれは本当にかなり特殊事例である。


 サードネームのこともあるが、心を読める相手に対して、いちいち隠す理由などないだろう。

 だから、誤魔化さずに、真っ向勝負をしてみた。


 でも、この名前を誰かに向かって名乗るのは初めてだから、ちょっと違和感があるのは否めない。


『おや、意外。「ラシアレス」の方を名乗ったか』


 わたしの目の前にいる人は、少し楽しそうな声色でそう言った。


「自分は記憶していませんが、これが、わたしの魔名らしいので」


 この時点で、この方には「高田栞(もう一つ)」の名前の方も、知られているのだということも分かる。


 尤も、わたし自身は魔名を、九十九が「ゆめの郷(トラオメルベ)」で口にするまでは、本当にその存在すらも知らなかったのだけど。


『結構、結構。三日前に会ったあの()()()()()()()()より、素直で好ましいね』


 そう言って、目の前の女性は笑った。


 しかも、この方。

 今、さり気なく、九十九と雄也さんのことを主属性の「風」でなく、「光」って言った。


 それも、ごく自然に。


 この女性は、恭哉兄ちゃんの髪の色のような濃藍のフードの下に、大神官が身に着けるように真っ白で長いローブを着ていた。


 寒い季節ではないのだけど、フードを目深に被っているために、鼻から下しか見えないけど、それだけでも美人さんだと思う。


 この世界は本当に整った容姿の人が多い。

 そのフードから薄っすらと見える髪は、薄紫……、藤色かな?


『おっと、失礼』


 そう言いながら、目の前の女性は……、そのフードを外した。


『今代の聖女に向かって、顔を隠したままで挨拶しようなんて、非礼だったね』


 そう言いながら、微笑まれたのだけど……。


 ―――― ん?


 なんか、今、()()()があった?


 フードを外して出てきたその顔はやはり美人さんだった。

 そして、思ったよりも若い。


 この世界の人間の年齢って本当によく分からないけれど、多分、わたしとそう変わらない年代、それも年下のような印象だった。


 大人の女性のような妖艶な感じはあるのだけど、同時に、少女のようなあどけなさもある。

 少女から大人の女性に差し掛かるような年代ってやつだろうか?


 髪は、藤の花を思わせる薄紫のグラデーションが見事で、波打つように長かった。


 そして、その薄く青い瞳は、少しだけ何かが違うような気がする。


 でも、その「何か」がこの時のわたしには分からなかった。


『では改めて、初めまして、ラシアレス。ワタシの名は「モレナ=バーダン=テシュタイン」。()()()()()()()()()()()けれど、とりあえず、よろしく』


 そう言いながら、頭を下げられた。

 それも、シルヴァーレン大陸の最敬礼で。


 でも、その名前って確か、最近、どこかで見たような?

 どこだったっけ?


『それで、ラシアレス。貴女は彼らから、ワタシのことをどれだけ聞いている?』

「魔石も売る占術師とは伺っております」


 彼らから事前情報はほとんど与えられなかった。

 口止めというか、「(しち)」を取られたらしいから。


「それ以外では、神や法力に精通し、幅広い知識を持ち、他者の心も未来までも見通す、とも伺いました」

『うん、うん。あの坊やと色男は、貴女に必要以上の話はしていないようだね。感心、感心』


 ぼ、坊やと色男!?


 え?

 どっちがどっち?


 どちらも若いし、良い男だよ?

 ああ、でも、どちらかというと、九十九が坊やかな?


 単純にイメージの話。


 雄也さんを坊や扱いするような女性って年上でも少ないと思うけど、九十九を坊や扱いする女性は、年上ならぼちぼちいるような気がする。


 身長は確かに雄也さんより少しだけ高くなっているけれど、弟って感じはどうしても抜けないのだ。


 そういう話かな?


『余計な固定観念はない方が良い。余計な事前情報を貴女に吹き込まなかった彼らに感謝しよう』


 まあ、確かに思い込みで話をするのは良ろしくはない。


 でも、割と事前情報は貰っているような気がする。


 恭哉兄ちゃんと情報国家の国王陛下と、リヒトと……、ワカが加わったような相手というのは十分すぎるほどの情報だと思うよ?


 法力や神に強く、幅広い知識を持ち、心が読めて……、この世は我が物な人だっけ?


 わたしがそう思った瞬間……。


『ぶほっ!!』


 目の前の占術師……、モレナさまが結構な空気の量を口から吐き出した。


 ……なんだろう?


 この「モレナ」という名前が先ほどから頭に引っかかっているのだ。

 わたしはこの名前をどこかで聞いた……、いや、見たことがある。


 それもごく最近!!


 あれは確か……。


「あ……」


 ようやく、思い出した。


 間違いない!!

 その瞬間、先ほどまで笑っていたモレナさまが涼しい顔に戻して、わたしを見た。


「『暗闇の中で光を求めて』という旅行記の作者と同じ名前です!!」


 わたしがこの町に来て購入した古書の作者名が確か、「モレナ=バーダン=テシュタイン」という名だったはずだ。


 さらに、女性の作家さんだったことも一致する!!


()()()!?』


 だけど、何故か、驚かれた。


 え?

 違った?


 これは恥ずかしい!!


『いや、間違ってないよ。ソレは確かにワタシが昔、書いた記録だけどさ。それを知っている方がかなり稀少で驚いただけ』

「そうなんですか?」


 そうは言われても、それ以外に心当たりはない。


 あれ?

 でも、あの旅行記って確か100年ぐらい前の記録だったはずでは?


 あれれ?


『あの本なら……、確か、127年から118年ほど昔の記録を、115年前に纏めたんじゃなかったけ?』


 ふぎょ!?

 思った以上に昔だった!?


 あ、あれ?


 でも、そうなると、この方は現在、おいくつでいらっしゃるでしょうか?


『年齢? 確か……、200を超えた辺りで数えるのは止めたかな。いちいち覚えているのって面倒なんだよ』


 さらりと言われましたが、想像以上に人生の先輩でした。


 でも、どこか懐かしい、この感じ。

 わたしの思考も読んだ上で、答えてくれている。


 そして、ここまでわたしの心が読めるってことは、この方は、精霊族の血が入っているのだと思う。


 精霊族の血が流れているならば、別に人間よりも長寿でもおかしくはないのだ。


 リヒトだって、ああ見えて、わたしたちよりもずっと年上なわけだし。


 そして、それならば、この方が「神力」を持っている理由にも繋がる。


『なるほど……。これは、神や精霊族に好かれるわけだ』

「え?」

『貴女は考えが読めない人間なんだね。納得、納得』


 読めない?

 さっきから、めちゃくちゃ思考(頭の中)を読まれている気がするのに?


『思考……、心の声については確かに大きくて聞き取りやすいんだ。でも、何故、そんな流れになるのかが分からないんだよ』


 心の声は読める。

 でも、その文章の組み立て方までは分からないってことかな?


 ああ、リヒトもそんなことを言っていた覚えがある。


『ある程度、人間の考え方は似たようなものになる。勿論、性格を含めたいろいろな要素などで変化はするけれど、ある程度、数十種類程度の定型はあるんだよね』

「はあ……」


 なんとなく分かるけど、曖昧な返答となってしまう。


 わたしが人間界で育ったせいで、考え方(じょうしき)がこの世界の住人たちとは大きく異なるって言われているやつと似たようなものだろうか?


『違うよ』

「え?」

『多分、貴女の考え方は、人間界でもかなり型破りだと思うけどな』

「ええっ!?」

『他者のために動くって、口では言えてもなかなかできることではないんだよ』


 モレナさまはそう言って肩を竦める。


『一番分かりやすいのが()()()とカルセオラリア城。あれは普通の神経では無理じゃないかな? それ以外なら、ストレリチア城下とか、迷いの森とかも()()()()()()()()()()()()()()を……。ああ、港町の酒場でも、首を突っ込んだ結果、厄介ごとが広がってるね』


 ―――― ふおおおおおおっ!?


 いつもの調子で思いっきり叫ぶところだった。


 いや、心の声が読めているのだから、叫んでも大差はない気がするけど、ここは屋外。

 誰が見ているか分からない。


『ああ、大丈夫だよ。今のワタシたちの話に邪魔は入らないから』

「え?」

『こんな面白い相手は久しぶりだからね。人払いには万全を期している』

「えっと?」


 混乱しているわたしを前にモレナさまは怪しく微笑む。


『さあ、ワタシを存分に楽しませてくれるかい? 「導きの聖女」ラシアレス』


 どこか尊大な口調。


 そして、その反面、不思議な柔らかさを持った笑みに、何故か全然、髪色も、瞳の色も、性格すら、違うはずの誰かの姿が重なるのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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