微妙な成長
「オレたちが付き添えるのはここまでだ」
九十九は、中央広場の少し手前でそう言った。
「うん、分かった」
わたしはそう答えるが、九十九は不安そうな顔を隠さない。
どこまでも、過保護で甘い護衛は、わたしにバスケットを手渡してくれた。
その中には、九十九のとっておきが入っている。
持ち込み制限は、意図的に魔力が込められていない物に限られるそうだ。
だから、法力が込められ、わたしの魔力で印付けられてしまっている御守りはセーフという扱いらしい。
まあ、この御守りは「神隠し」の封印補助の意味もあるので、持ち込み禁止となるとかなり困ってしまうところだったから助かったのだけど。
「栞ちゃん、本当に大丈夫かい?」
もう一人の護衛である雄也さんも微笑んでいるけど、その笑みにいつものような余裕は感じられない。
「少なくとも、またこの身体から魂を引っこ抜かれることだけはないのでしょう? 死ななければ、多分、大丈夫だと思います」
わたしには教えてもらえなかったけれど、仮死状態にされたのにはそれなりの理由があったらしい。
九十九は理不尽だと感じたらしいが、雄也さんは納得できないけれど、あの状況では已む無しと思ったそうだ。
そして、流石に一対一の話し合いでそんな愚を冒すようなことはしない人らしい。
何より、単純な娯楽だけで健康的に生きている人間の魂を身体から外に出すなんて本来は考えられない。
大神官である恭哉兄ちゃんですら、心身ともに大変、負担が大きかったようだし。
「それに、万一の時は、雄也も九十九も、占術師との約定を破ってくれるのでしょう?」
「「勿論だ」」
わたしの言葉に護衛たちは声を揃えてくれる。
占術師は、わたしと二人だけで会うために、護衛である九十九と雄也さんに「絶対に話の邪魔をするな」と約束させたらしい。
普通なら、他人からそんな指図を受けることのない二人ではあるが、かなりの弱みを握られたようで、従わざるを得なかったようだ。
今からわたしが会う相手は、一般的な占術師のように未来を視るだけでなく、心が読める占術師だという。
だから、隠し事の多い秘密主義の雄也さんの方が弱みを握られ放題だっただろうなと思っている。
わたしが知るだけでも、雄也さんは、結構、表沙汰になると大変な事態になる秘密を抱えているのだ。
具体的には、実は彼ら兄弟が情報国家の王族であることが最たるものだろう。
これって、あの情報国家の国王陛下以外が知ると、かなり大事になると思われる。
情報国家の王位は、国王が譲位する意思を固めた時点で、王位継承権所持者の中で現王から見て直系・傍系卑属の中から最年長の人間が任命されることが多いらしい。
そして、厄介なことに、傍系卑属に当たる雄也さんは、情報国家の王子殿下よりも年上なのである。
さらに情報国家の国王陛下唯一の子は……、その……、なんかいろいろ問題のある方らしい。
情報国家の国王たちは代々、浮名は多々あれど、意外と少子化のようで、王族らしい王族は、公式的にはその方しかいないために、まあ、かなり驕っているそうな。
それは、カルセオラリア城下で九十九を強制的に拉致しようとしたことからも分かっている。
そんな所に、亡き王兄殿下の出来の良い息子たちが現れたらどうなるかなんて、考えたくもない話だ。
だから、雄也さんは隠したがっているのだと思っている。
実の弟である九十九にも教えていないことを、わたしに伝えてくれたのは、主人として信頼されたと喜ぶべきだろう。
そして、雄也さんの指示には基本的に九十九は従う。
勿論、何も考えず、盲目的に従うわけではないが、自分では判断が付きかねるような時には雄也さんを頼っている。
多くの知識と情報を握っている兄の方が、自分より精度の高い判断ができるということだ。
「それじゃあ、いってきます」
そんなわたしの言葉に対して……。
「気をつけて」
と、雄也さん。
「何かあったら、呼べ」
そう言ったのは九十九だ。
あの「音を聞く島」で「嘗血」行為を行った二人は、わたしの体内魔気に酷く敏感になっている。
だから、何かあったら、「魔気の護り」の乱れ撃ちを使うだけで、飛んできてくれるだろう。
尤も、九十九はそれ以前から敏感なのだけど。
二人の心配そうな顔を背に、わたしは中央広場に向けて、歩き出した。
屋外で、護衛であるこの二人から離れて行動するのは、いや、誰かから離れること自体、随分、久しぶりな気がする。
実際は、「ゆめの郷」以来だからそこまで前の話でもないのだけど。
それでも、年単位のような感覚になるのは何故だろう。
「えっと、中央広場のベンチで座って待つんだっけ?」
二人きりで話したいと言う割に、随分、目立つ場所での待ち合わせだと思う。
そして、この中央広場にはベンチがいっぱいあるのだけど、どこのことだろう?
まあ、わたしはともかく、向こうはわたしのことを知っているみたいだから、ベンチのどれかに座っているだけで十分なのだろうけど。
数日前に、菊江さんと出会った時には、あんなにも大勢の人がいたのに、今日は全く、誰もいなかった。
周囲を見るが……、人っ子一人いない。
いや、いくらなんでも不自然すぎる!!
これって、あの本屋さんと同じ?
思わず、創造神の彫像を探してしまったが、ごく普通の広場だった。
「まあ、考えても仕方ないか」
出たとこ勝負はいつものこと。
ここまで来たら、なるようになるしかないのだ!!
わたしはそう思って、木陰にあるベンチの一つに腰掛けた。
外なのに、人の気配が全くないって、凄く不思議だ。
自室で一人というのとも全く違う感じがする。
考えてみれば、この世界に来てから誰かと一緒に過ごすことが増えたけど、人間界にいた頃は、そこまでずっと誰かと一緒に過ごしていたわけではなかった。
母親だってずっと仕事で休日ぐらいしか家にいなかったし、ワカや高瀬のような友人たちとも常日頃から一緒に遊んでいたわけではない。
本屋にだって一人で行ったし、何だったら、ゲームセンターだって一人で行っていた。
行った先で誰かに会うことはあっても、意識的に誰かと行動なんてことはあまりしていなかった気がする。
そう考えると、実にいろいろ変わってしまったわけだ。
まあ、住んでいる惑星そのものが違うのだから、生活環境が変化しただけって単純な話でもないのだけど。
あれから、いろいろあって、それで今の自分がある。
ここで後輩と再会した時から、ずっと考えていることがあった。
わたしは、ちゃんと成長できている?
周囲の人たちは成長している。
特に、一番近くにいてくれている九十九の成長は本当に著しくて、時々、凄く眩しく感じてしまうぐらいだ。
でも、わたしは?
この世界の人間と知ってから、様々な肩書だけは無駄に増えていったけれど、その中身は成長した気がしない。
魔法は確かに使えるようになった。
では、それが成長かと問われたら……、微妙?
実際、記憶がない幼い時代には魔法は使えたらしいし、その時も、幼馴染をふっ飛ばしていたらしいから。
もしかしなくても、その頃と大差がないような?
ああ、そうか。
一人になると、自分の思考の中でグルグルしちゃうんだ。
それで、悩みに悩んで出た結論が、大抵、今、思うと碌でもないものばかりで。
それが変わったのはいつから?
いや、自分は何も変わっていないけど、少なくとも、悩んでいるわたしに向かって笑いながら手を伸ばしてくれる人たちが傍にいてくれるようになった。
わたしの拙い考えを、ちゃんと言葉にしてくれる人たちがいるようにもなった。
自分自身はそこまで大きな変化はない。
でも、わたしは、昔と違って、伸ばされた手を掴もうとするようになった。
―――― 信じられるのは母さまだけ
そんな風に思わなくなった。
少なくとも、周囲にいる人は信じられる。
そう思えるようにもなった。
だから、大丈夫。
一人でも、なんとか頑張れる。
今のわたしの支えとなる者も、物も、全て遠ざけられた。
寄る辺なく、たった一人でこの場所にいる。
だが、これだけは言える。
―――― それだけでわたしが弱くなると思うなよ
どこにいたって、何をしたって、これまでわたしが「高田栞」として生きてきたことに変わりはないのだから。
この話で91章が終わります。
次話から第92章「過去から始まる未来へのミチ」です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




