病み上がりの思考
「うん。今日も美味しかった。ごちそうさまでした」
わたしは寝台に座ったままというちょっとお行儀の悪い状態で、目の前にあった朝食……、いや、時間的には夜食を全て食べ終え、手を合わせた。
一応、病み上がりみたいなものだから、すぐに動くのは良くないと、九十九が寝台に食事を準備してくれたのだ。
自分の方に病み上がりという意識はないけど、わたし以上にわたしの体調を気にする九十九がそう言うのなら従った方が良いだろう。
「どういたしまして」
九十九はそう言いながら、食器を片付けていく。
食事をするにはかなり中途半端な時間だというのに、しっかり消化が良く、栄養価の高い薬膳スープを作ってくれるわたしの料理人は、いつもながら、本当に有能だと思う。
わたし自身は全く覚えていないのだけど、この身体が一時、仮死状態になり、無事、魂が肉体に戻ってきた後、三日間も寝込んでしまったらしい。
雄也さん曰く「魂を抜くというのはそれだけ身体に負担がかかるのだろう」とのことだった。
その雄也さんは、再び、いろいろ調べ物中らしい。
その間、わたしの身体の管理は九十九に一任されたそうだ。
でも、それっていつも通りの役割分担だよね。
水尾先輩と真央先輩は、その雄也さんが調べ物をしている先……、魔法書、魔石、魔法具を売る店巡りだと知ってから、一緒に出掛けているそうだ。
あの三人が共に行動するって、今まで、ほとんどなかったからちょっと不思議。
「身体の調子はどうだ?」
先ほどもされた質問をもう一度された。
さっきは「お腹がすいた」と返答したが……、今度は……。
「ちょっと眠い」
そう素直に答えさせていただく。
お腹も心も満足したら、眠くなるよね?
「それなら、寝るか?」
三日も寝続けて、まだ眠るのかと呆れられると思ったのだけど、九十九は普通にそう言った。
「九十九はどうするの?」
「兄貴には先ほど連絡入れたから、まあ、いつものように報告書を作成するかな」
「どこで?」
「本来なら自室……と言いたいが、ちょっとここを借りて良いか?」
「ほ?」
「まだお前から目を離したくないんだよ」
……誤解してはいけない。
これは、観察、監視、看護的な意味であって、それ以外の理由はないのだ。
「えっと……? まだ危険があるの?」
「魂はしっかり収まっているみたいだし、危険は暫くないと思うが、オレの気分の問題だな。傍にいたいんだ」
他意はない。
だから、こんな言葉で喜んではいけないのだ。
そう言い聞かせているのに、嬉しくて仕方ない。
「だが、お前が落ち着いて眠れないなら、退散するぞ」
「大丈夫。寝れる」
寧ろ、九十九がいてくれた方が安心できる。
「……そうか」
何故か、九十九がなんとも言えない視線を寄こした。
「それに、もっとさっきの話を聞いておきたいから、眠いけど、もう少し頑張りたい」
「さっきの話?」
「占術師の話」
わたしがそう口にすると、九十九がその表情を変えた。
それまでの気分を切り替えて、気を引き締めた時の顔。
友人から護衛になる瞬間。
この仕事人の顔は好きだな~。
いつもの九十九の顔も勿論、好きだけれど、この時の顔はまた一段と、男前度合いが上がるのだ。
異性としてではなく、人間として尊敬できる表情。
そして、同時に主人として誇らしく思える顔でもある。
「占術師の話をしても大丈夫なのか?」
九十九は気遣いの色を見せながら、わたしに問いかける。
「へ? 大丈夫だけど」
先ほどの話の続きをするだけなのに、なんでそんなことを聞くのだろうか?
「仮死状態になる前まで、『占術師』という単語だけで過剰な反応を見せていたから」
「言われてみれば、そうだね。でも、大丈夫っぽい」
数日前は、「占術師」という単語や、リュレイアさまのことを思い出すだけで、身体の調子が崩れていた。
だけど、今はなんともない。
これって、一度、仮死状態になったから……、かな?
でも、それを口にすると、九十九が不機嫌になりそうだから冗談でも言わないけど。
彼はわたしの護衛だ。
自分がいない場所だったとはいえ、主人の身が危険に晒されたことを仕方がないとは思わないだろう。
「うん。大丈夫そうだから、さっきの話の続きをしてくれる?」
わたしはそう言って笑ってみせた。
九十九は大きく息を吐く。
「まあ、その方が話も早いか」
そして、そう小さく呟くと、そのまま、寝台の近くにある椅子を引いて腰掛けた。
「さて、何が聞きたい? 勿論、答えられないことはあるからな」
そう言えば、先ほど占術師に「質」を取られていると言っていた。
それは、今も継続中なのかもしれない。
でも、九十九に対する「質」ってなんだろう?
話によると、その占術師は未来だけでなく心も読めるっぽいし、そうなると単純に弱みとかそういったものでもないような気もする。
「その占術師は結局のところ、何しに来たの?」
これまでの状況と、話を聞いた限りの判断となるが、正直、わたしにはその狙いがよく分からなかった。
あの魔法書を売る店に創造神の彫像を飾ったり、わたしの魂を肉体から引き離したり、やりたいことが理解できないのだ。
人間界で言う世間を騒がせて喜ぶ愉快犯的な思考の持ち主なのだろうか?
でも、占術師でその思考って、かなり厄介じゃない?
その人の未来を読んだ上で、先回りして罠を仕掛けることも可能となってしまう。
「……話がしたいそうだ」
「話?」
「栞と」
「は?」
どうしてそうなった?
「その占術師は栞と話をしたいと言っていた」
「……言っている意味が分からない」
そして、何故、ご指名されたのかも理解できない。
「これまでの回りくどいやり方は全て、お前と二人っきりで話す空間を作り出すための前座だとよ」
わたしと話したいというただそれだけのために、何故、こんなことをしているのか?
「占術師は基本、狙われている」
「え? ああ、そうらしいね」
この町の管理者だって探しているし、雄也さんだって探していたみたいだからね。
「だから、普通に招待状を送っても、面識がないため警戒されるし、特に栞にはオマケがついてくる。それは排除したかった、と」
会ったこともない人相手に警戒するのは当然だろう。
例え、相手が「占術師」と分かっていても、その保証もないのだ。
「オマケ?」
「オレたち兄弟のことだよ」
「オマケって……」
九十九たちは護衛なのに。
「言っただろ? 誰も邪魔されない空間で、お前と二人だけで話したい……と」
それはつまり、完全に二人きりで会うことを望まれているということだ。
「でも、いきなり面識のない相手の魂を引っこ抜くような人……なんだよね?」
そんな相手に警戒しないことは難しい。
「しかも、通信珠と魔力珠の持ち込みは禁止された。左手首の御守りだけは許すと」
それだけで、わたしのことをしっかり知られていることは分かる。
しかも、完全に単身で赴けと言うことだ。
誰の助けもない空間で?
九十九や雄也さんと引き離されて?
さらに助けを呼ぶことも許されないだと?
「完全敗北する未来しか見えないのだけど……」
占術師でなくても、それだけは分かる。
わたしだけで勝てるような相手ではない。
「鈍器の持ち込みはおっけ~かな?」
武器を隠し持っても、読まれるよね。
最近、買った分厚い本なら、持ち込んでも武器と判定されないかな?
「いや、何故、戦うことが前提の話になっているんだ?」
「あれ? そんな話じゃなかったっけ?」
「待て待て待て? そんな話は一切していない。その占術師はお前と話したいと言っただけのはずだぞ?」
「え? 能力で語れってことじゃないの?」
「どうしてそうなった?」
「……問答無用でわたしを仮死状態にするような相手だよ?」
それって、喧嘩を売られていると思ったけど、違うの?
「まずは落ち着け」
「落ち着いているつもりだけど」
「気が昂っている。今の栞は、明らかに普通の状態じゃない」
九十九にそう言われて、自分の胸に手を当ててみる。
鼓動がかなり早く、確かに正常ではないことに気付いた。
「ん。なんかイライラしているみたい」
「まあ、当然だよな」
九十九が困ったように笑った。
「だけど、それを承知で、そいつの招待を受けてくれないか?」
九十九はその占術師に会えと言う。
わたしの魂をあっさり肉体から引き離せるような相手だというのに。
いつもなら危険だと分かっている相手に対して、近付くことを避けたがる九十九が、そんなことを言うなんて思ってもいなかった。
「九十九は、一緒じゃないんだよね?」
「ああ、悪い」
そう言って、九十九は顔を伏せた。
そのどこか痛々しさすら感じる姿に……。
「ちょっと眠った後に、返事して良い?」
そう言葉をかける以外になかった。
「ああ、ゆっくり休んで考えろ」
九十九はわたしの頭に手を乗せて軽く撫でる。
それだけで、少しだけ落ち着いた気がした。
わたしは、仮死状態にさせられたことに対して、苛立ったのかと問われたら、そちらは別に何の問題もないのだ。
寧ろ、油断した自分が悪いし、あっさりと相手の手の中に落ちることとなった自分が未熟なだけだ。
じゃあ、何に苛立っているか?
それは目の前の青年にあった。
九十九はわたしが目を覚ました時からずっと、どこか泣きそうな顔をしているのだ。
そんな顔をさせた自分が許せないし、その原因を引き起こした相手も許せない。
わたしは、やられっぱなしは嫌な女だ。
だから、会うことに決めた。
九十九や雄也さんも勝てないようなその手強い相手に、必ずや、何らかの形で一矢報いるために!!
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




