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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 過去との対峙編 ~

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どこまで覚えている?

 なんか不思議な夢を見た気がして、目が覚めた時……。


「ふぎょおおおおおおおおおおっ!?」


 思わず叫ぶしかなかった。


「ん? 起きたか?」


 すぐ近くで聞き慣れた声がする。


 時間、外が暗いから多分、夜。


 場所、自分が借りている部屋の寝台。


 状況、なんか、九十九がわたしの手を握って……、多分、さっきまで絶対、寝てた!!


 九十九はわたしと違って、目覚めが良い人だ。

 先ほどの叫びで起きた……、というより、起こしてしまったのだろう。


 わたしは寝台で寝ていたっぽい。


 そして、九十九はわたしの手を握った状態だったために、足元は寝台から降りていたけれど、上半身だけ寝台に乗っかって伏していたようだ。


 だが、どうしてこうなった!?


「大丈夫か?」


 九十九がわたしを上目遣いで見上げる。


「な、何が!?」


 くっ!!

 顔の良い男は寝起きでも顔が良い。


「栞は三日近く意識が戻らなかったんだよ」


 九十九は自分の身体を起こしながら、そう言った。

 でも、手は握られたままだ。


「へ? 三日? 三日ってあの三日?」

「三日という言葉にそんな多くの意味があるとは思えんが、少なくとも二夜は越したな。このまま寝ていたら、三日三晩を達成するところだった」

「な、なんで?」


 え?

 わたし、いつ寝た?


「栞はどこまで覚えている?」

「どこまで? どこまでって……?」

「兄貴と出かけた後のことだ」


 九十九から言われて、思い出す。


 そう言えばわたしは、雄也さんから誘われて……。


「確か、商業区画の宝石店に行った?」


 確か、宝石店に行った覚えがある。

 キラキラした世界だった。


「それは聞いてねえな」


 九十九が不機嫌そうな声でそう言った。

 今回は報告し合っていないらしい。


「宝石店で何した?」

「いろいろな石を見た」


 そこで……。


「確か、そこで、雄也が白い宝石を買った……かな?」


 わたしが妙に気になった石だったが、まさか、即金で買うとは思わなかったのだ。

 明らかに金額がおかしかったのに。


「白い宝石?」

「えっと、雷撃魔法に似た名前の……ああ、『雷水晶(ライトニングクォーツ)』だったはず」

「『雷水晶(ライトニングクォーツ)』!?」


 わたしの言葉に九十九が驚きの声を上げた。


「ド高かった」

「そりゃ、本物なら高ぇよ。人間界では始めから傷入りだし、装飾品には向かないからそこまで高額じゃねえけど、この世界では別だ。雷に打たれてできる奇跡の宝石だからな。大気魔気の多分に含んだ物が多く、宝石としても価値が高い」

「魔石……とは違うの?」


 人間界でも「宝石」は聞き覚えがあるけど、この世界の鉱物は基本的に「魔石」、もしくは「錬石」と呼ばれていたはずだ。


「天然魔石の高ランクが宝石だな。人工魔石だと……錬石としてはA級以上、そこに込めえらる魔力は混じり気無しの王族クラスでようやく同じ質に届くかどうか……のものだな」

「よく分からないけど、凄いことは分かった」

「そろそろお前もその辺を理解しろ」


 確かに、この世界において、魔石の知識は日常生活に必要なものだ。


 この世界は、電気がないため、自分の魔力や魔石に籠められた魔力を使っていろいろな生活用品を動かしている。


 そして、魔法を使う者たちにとっても、その魔石の性質によって自分が使う魔法の補助となったり、自分が使えない魔法の代わりとなったりもする。


 つまり、魔石は、魔法の代用となるものであり、様々な機械や道具の動力にもなるのだ。


 いや、それぐらいは分かっているのだけど、見極めとかそういったものが、わたしはまだまだらしい。


「それで、宝石屋で『雷水晶(ライトニングクォーツ)』を買った後はどうした?」

「えっと、聖堂のような雰囲気の魔法書を売る店で……、あれ?」


 あの後の記憶が曖昧だ。

 魔法書を売る店に雄也さんと入った。


 それは間違いない。


 そこで……?


「青い背表紙の……、ウォルダンテ大陸言語で『同じ(В одно )羽根の(перо и )鳥は(птица)(не)まれない(родится.)』と書かれた本を見た」

「あ?」


 九十九が奇妙で短い言葉で問い返す。


「あ、あれ?」


 自分で思い出したことに自信が持てない。

 あれは……、夢の話?


 いや?


「繰り返し、同じ本棚を見続けて……?」


 なんだろう?

 わたしの記憶が混在している。


 あれは、どこまでが夢で、どこまでが現実だった?


「魔法書を売る店に入って、他に視たモノは?」


 九十九がさらにそんな不思議な問いかけをしたけど、それなら覚えている。


「並んだ本棚の奥に創造神アウェクエアさまの彫像があった」


 本来なら魔法書を売る書店にあるのは不自然に思えるはず彫像は、聖堂のような空気の中に、自然に備え付けられていた。


「その彫像の近くには行ったのか?」

「いや、雄也に近付くかどうか確認したら、止めておこうって言われた……、はず」


 何故、あの場所にあったのか?

 それすらも分からない。


 だから、気になったけれど……、止められたのだ。


「その後は?」

「その後は確か……、聖歌を歌って……、雄也と引き離された?」


 どうしても、疑問符がついてしまう。


 でも、本当にその辺りが曖昧(あやふや)なのだ。

 模糊(ぼんやり)なのだ。


 つまりは四字熟語で言う「曖昧(あいまい)模糊(もこ)」なのだ。


「何故、聖歌を歌おうと思った?」

「周囲が聖堂っぽい雰囲気だったのと、創造神の彫像を見て、神官関係者による罠かなと思ったから……かな?」


 あの時、わたしは確かに何かの罠だと思った。


「魔法書を売る店に、わざわざ神の彫像っぽい物を飾ること自体が不自然なんだよ」


 魔法書を売る店に、その対極となる法力に関するものを置く理由などない。


 それも神の彫像など、普通は、ストレリチア城下にある神殿や、各国の聖堂にしかないのだ。


 確かに魔法は神との契約とも言われているけど、彫像……、偶像を前にすることはない。


 魔法を契約する人たちのほとんどは、常日頃から神の姿なんて意識しないから。


 今、この瞬間も、神は「聖神界(別世界)」で生きているなんて知らないから。


 神の血を意識することはあっても、神の存在は深く考えないから。


 だが、神官たちなら話は別だ。

 神官たちは常に多かれ少なかれ、神の存在を意識している。


 それが「法力(ちから)」の源だから。


「なるほどな」


 九十九は一言、そう口にする。


「その聖歌を歌った後、栞は、どこに行った?」

「へ?」


 どうした? ではなく、どこに行った?


 それは一体……?

 でも、聖歌を歌ったけど……。


「最後まで歌いきる前に、雄也がわたしの名を呼んで……」


 あの時は、目を閉じていた。


 そして、雄也さんの声で目を開けたら……。


「気付けば、同じように本棚が並んでいたのに、雄也がいなくなっていた」


 目に映る物に大きな変化はなかった。


 ただそこに、雄也さんがいなかっただけ。


「何度も名前を呼んだけど、返事もなくて……」


 その気配すらなくて……。


「同じように本棚が並んでいた場所か。それなら、さっき言っていた創造神の彫像はあったか?」

「創造神の彫像?」


 九十九の問いかけで、思い出してみる。


 あの時、あの場に創造神の彫像は……?


「多分、なかったと思う」


 そうだ。

 雄也さんだけでなく、あの存在感があった創造神の彫像もなくなっていた。


 いくらわたしが混乱していたとしても、あんなでかい像を見落とすほどだったとは思えない。


「あれ? もしかして、雄也さんがいなくなったわけではなく、わたしがどこかに移動させられていたってこと?」


 いや、そんな気はしていたのだ。

 あの本棚だけの世界は、どんなに歩いても、同じ種類の本しか置いてなかったから。


 あの魔法書を売っている本屋は、最初に雄也さんとその中を歩いていた時は、もっと種類はあったと記憶している。


「そうなるな」


 九十九は握ったままだったわたしの手をさらに強く握る。


「だが、栞の身体は、こっちに残ったままだった」

「ほへ?」


 えっと……?

 それは……?


「栞の意識だけが別世界に飛ばされたらしい」

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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