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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 過去との対峙編 ~

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流れる文字

 走馬灯。

 別名、回り灯籠とも言う。


 伝統的な日本の照明器具の灯籠の一種で灯籠の中にある影絵が回りながら写るようになっている。


 だが、照明器具が発達した現在では、お寺という場所だったり、お盆という期間だったりと、限定された状況でしか使わないだろう。


 その影絵の回る様子が、自分の人生の移り変わりを表現しているようにも見えるため、懐かしい過去の記憶や思い出などを表現するときに使われるようになっている。


 そして、その中でもよく耳にするのが……。


「死ぬ間際に見るという……、走馬灯ってやつ?」


 死ぬ直前に自分の人生を振り返る現象のこととして使われる表現である。


 そして今、わたしは過去の自分を映像ではなく、何故か文章で強制的に振り返らされていた。


 文章が自分の周囲に映し出され、文字が流れ続けているという不思議な状況なので、一応、映像ということになるのだろうか?


「いや、ここは、『走馬灯』という言葉通り、流れるのは文字だけでなく、絵も一緒に回想願いたいのだけど」


 いくら本が好きでもこの扱いは酷いと思う。

 わたしは文章だけでなく、絵だって好きなのだ。


 自分の人生の振り返りを絵や漫画で表現されるのはどうかとも思うのだけど、文章だけという味気なさよりもずっと良いだろう。


 だが、人生の振り返りを経験中ってことは、わたしは死んでしまったのだろうか?


 あの不思議な本棚に吸い込まれて?


 人間界にいた頃は、自室の本棚に潰される夢は見たことがあったけれど、本棚に吸い込まれて死ぬなんて考えたこともなかった。


「いや、いろいろとおかしい」


 本棚に吸い込まれるというのも謎な展開だし、それまでの過程が既にいろいろおかしいことは分かっている。


 何よりも……。


「この白い世界には覚えがある」


 時代とか常識とか、いろいろなものを飛び越えてわたしと会話したい人たちが現れる不思議な場所。


 わたしが眠りに就いた時に、意識だけが招待される白い世界。


 文字通り、夢のような世界は、わたしが目を覚ませば消えて、そのほとんどを忘れてしまうのだ。


 その世界にとてもよく似ていた。

 いつもと違うのは、不思議な文章が流れていることだ。


 これは、今までにない展開である。


 しかも、このわたしの過去っぽい文章は、自分が記憶していることだけでなく、過去に封印されてしまった部分も書かれている。


 惜しむべくは、それがシルヴァーレン大陸言語で書かれているため、ゆっくりと流れていても、文字の空き方が一定ではないせいか、勉強中の我が身では、単語の全てを理解できてない点にあった。


 シルヴァーレン大陸言語は、一応、この世界ではわたしの母国語に当たるはずなのだが、住んでいる期間も、滞在している期間も、そして、勉強していた期間も短いため、意外と理解できていないことに気付かされる。


 こんなことなら、もっと本腰を入れて学んでおくべきだった。


 本や書類に書かれている文章として読むのには不便はなかったのだが、このように強制的に文字が流れているような状況では日本語ほどしっかり読めるわけではない。


 いや、日本語は文字が可視化され、それが映像として流れることも珍しくなかった。


 テレビやパソコンの画面だけでなく、街中の電光掲示板など、文字があちこちで流れていた、今となっては本当に凄い世界だったのだ。


 よく考えなくても、科学って、ある意味魔法以上に不思議だよね。


 自分の身体のどこかにはシルヴァーレン大陸言語の知識については記憶の封印という形で眠っているはずなのだけど、どうやら、この世界でも思い出すことはできないらしい。


 さて、困った。


 本当にわたしは死んだのか?

 それとも、誰かに呼ばれたのか?


 その判断が付かない。


 でも、なんとなく死んではいないのだろう。

 そう思った。


 左手首にある「御守り(アミュレット)」から確かな「神力(ちから)」を感じることもある。


 だが、それ以上に、わたしの頭にあるものの存在。

 この存在が意外と大きかった。


 九十九がくれた魔力珠のヘアーカフス。


 胸元には二つの通信珠や、ソウからもらった魔力珠が同じ小袋に入っているけれど、それらに比べて、段違いの存在感をアピールしている。


 特に周囲から大気魔気や、他者の体内魔気の気配を感じないことも理由だろう。


「ふむ……」


 何度も繰り返し流れる文字。

 これに何の意味があるかも分からない。


 それでも、自分がここにいる意味はあるのだと思う。


 聖歌を歌おうとしたら本屋を模した空間に呼び込まれ、さらに本棚の本に触れようとしたら、この白い世界に誘われた。


「光れ」


 わたしが呟くと、小さな光の球が浮かぶ。


 ここでも魔法は有効らしいが、どことなく光が弱く見える。


 まるで、「音を聞く島」の結界のようだ。


 だが、魔法が使えたということは、少なくとも死後の世界ではないと思う。


 死後の世界……、「聖霊界」と呼ばれる世界は、精霊族たちが住む場所であり、神々が出入りできる領域でもあるそうだ。


 肉体から離れた人間たちは、魂だけの存在となって、少しずつ生きていた頃の形が保てなくなるとも聞いている。


 それは生きていた頃の意思の強さに左右され、精神的に弱く自分の意思を持たない者ほど、短時間で生前の姿が薄れ、魂だけの存在となる時間は早いと言われているが、実際、「聖霊界」には時間の感覚がないため、この世界と同じように考えるのは難しいらしい。


 さらに「葬送の儀」を行うと、魂は迷うことなく聖霊界へと送られるため、生前の肉体は惑星(ほし)の大気魔気に溶け込んでいくとか。


 その大気に溶け込むという表現が、どことなくホラーちっくだと思ってしまうのは、わたしの基本的な知識が人間界の死生観によってある程度形成されているためだろうか?


 まだ火葬によって骨だけが残るとか、土葬によって土に還るとかの方が理解もしやすいのだけど。


 まだわたしはまともに人の死に立ち会ったことがないので、何とも言えないところだ。


 この世界に来た頃に、何度か強制的に見せられた過去(ゆめ)の世界では、死者やその身体から流れる血で河が作られる様も見ているが、その肉体は残ったままだった。


 あれは過去であり、夢でもあるので、数に入れてはいけないのかもしれない。


 ストレリチア城でウィルクス王子殿下が亡くなった時は、わたしは見ていないが、九十九はその亡骸を見たとも言っていた。


 ジギタリスで占術師であるリュレイアさまが亡くなった時も、その肉体はすぐに消えていなかった。


 それらから考えると、大気中に溶け込むのは、存外、時間がかかるのかもしれない。

 そう言えば、昔、楓夜兄ちゃんが言っていたね。


 ―――― 神官に依る「葬送の儀」を行えば、肉体は残らん


 その言葉から考えると、「葬送の儀」を行わなければ、大気魔気に還らないってことになるのかな?


 その後に、雄也さんが楓夜兄ちゃんにした質問を思い出す。


 ―――― 神官による「葬送の儀」を受けなければ、遺体は通常通り腐敗するのか?


 それに対する明確な答えはなかった。

 楓夜兄ちゃんがそんな事例を知らないと言っていたから。


 でも、あの後、雄也さんのことだから、ちゃんと調べたとは思っている。

 疑問をそのままにしておかない人だから。


 その辺り、情報国家の血を感じるよね。


「ぬう」


 魔法は使える。


 でも、この場所には自分しかいない。

 そんな白く広い世界にただ一人。


 不思議な文字は止まることなく、繰り返し、流れていく。


 けれど、先ほどから同じ出来事が何度も回るようになっている。


 全ての出来事ではなく、わたしの人生に影響があったような主な出来事だけのようだから、そこは仕方ないね。


 まだ18年の人生だ。

 それでも、自分の知らない時代のこともある。


「シルヴァーレン大陸言語ではなく、日本語なら、もっと読めるのだけど……」


 残念ながら日本語で流れている文章の方は自分でも覚えていることが多い。


 だが、シルヴァーレン大陸言語の文章は、まず近年なのか、記憶を封印している頃なのかがさっぱり分からない。


 日付はあるのに、年代がないのだ。

 まるで、わたしを混乱させるかのように。


「ぐぬぬぬ……」


 思わず、歯噛みする。

 不勉強な自分が悪いのだけど。


 まさか、こんなことになるなんて思わないじゃないか。


 ―――― 赤い(capelli)( rossi)


 ―――― 怪我を(stato)した( ferito)


 ああ!!

 さっきから、なんとなく意味深な熟語が!?


 それ以外にも気になる言葉が続々と流れていく。

 まるで、忘れていたナニかを埋めるかのように。


「え……?」


 さらに、自分にとって信じられない文章が流れた。


 思わず、その文章を再確認しようとして、追いかけたが、文字の流れる速度はわたしの足よりも速いし、何よりも走りながら翻訳なんてできるはずもない。


 観念して、同じ文章が流れるまで待つ。


 記憶を封印する前の自分はそのことを知っていのだろうか?

 それとも、知らずに、過ごしていたのだろうか?


 何よりも、()は、知っているのだろうか?


 そんなモヤモヤした気持ちを抱えながら、わたしは再び、先ほどの文章が流れるまで、その場所で翻訳に努めるのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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