続く本棚
「羽ばたけ、朱雀!」
わたしの声と共に現れたのは、炎をその身に纏う、巨大な火の鳥。
「よし!」
実は、あの「ゆめの郷」だから、できた魔法だったかもしれないと不安だったが、この場所でもできたことで拳を握ってガッツポーズをとる。
「いっけ~~~~~~っ!!」
わたしがそう命じると、朱雀はあまり広くない本屋を覆い尽くすようにその燃え盛る紅い羽を広げ……。
『クケーッ!!』
低い声で叫びながら、本棚に突進し、消失した。
そこに驚きはない。
水尾先輩や九十九との魔法勝負でも、わたしの朱雀は負けたから、わたしよりも力量のある人間には防がれるとは思っていた。
だけど、攻撃を仕掛けられたわけではなく、普通に消えたように見えたから、防護系の魔法対策なのだろう。
幸いだったのは魔法反射系ではなかったことか。
いや、風魔法を反射しなかったから大丈夫だとは思ったよ?
だが、やはり、本棚にも何らかの耐魔法効果があるようだ。
「この様子だと、攻撃魔法は無意味だね」
あの朱雀はまだ一度も誰かに勝ったことはないのだが、少なくとも、水尾先輩の魔法と互角になるぐらいの魔法ではある。
だから、魔法として劣っているとは思っていない。
単にわたしの力量が足りてないだけだ。
空中旋回させた後、突っ込ませる以外の方法を考えないと。
いつか、勝たせてあげるからね。
「さて……」
本棚に見えて本棚ではない本棚。
訳が分からなくなりそうだが、そこはそれ。
わたしの本好きを知っている相手なら、本に罠を仕掛けていてもおかしくはないよね。
本棚を見ながら、通路を歩く。
歩く。
歩く。
……歩く?
いやいやいや?
これっておかしいよね?
ストレリチア城やカルセオラリア城の通路じゃあるまいし、こんなに長い通路ってどういうこと?
「これはゲームでいう所の……、無限ループというやつ?」
正しいルートを通らないと、何度も同じところを繰り返されるというアレではないだろうか?
何、これ。
実際、遭遇するとかなりのホラーだ。
「えっと、わたしの目線の高さにあって、この端にある本は……」
青い背表紙のその本は、ウォルダンテ大陸言語でこう書かれていた。
―――― 「同じ羽根の鳥は生まれない」
何、これ。
ちょっと面白そうな題名の表紙だ。
無事に戻れたら、探してみよう。
そして、たった数歩歩いただけで、すぐにその同じ青の背表紙に出会った。
「せめて、もっといろいろな種類の本棚を!!」
つまり、同じ本棚を並べられているだけらしい。
絵の背景をコピーすることは、ある程度仕方ないとしても、同じものしか使わないのは手抜きだと思う。
もっと努力して欲しい!!
違う。
「これは絵ではなく、現実」
わたしは自分の額を軽く叩いた。
同じ本が続くこともあるだろう。
特に本屋だし。
だが、また数歩で同じ青の背表紙。
よく見ると本の並びも同じだ。
……つまり。
「この本棚だけが延々と続く世界」
自分で口にしてげんなりとしてしまう。
出入口も見えない無限通路。
そんな場所にたった一人。
「…………」
少し考えて、頬を抓る。
うん、ちゃんと痛い。
そういえば、さっき、頬を張った時も痛かった。
つまり、夢ではないらしい。
痛覚があるような気がする夢もあるけど、そこはそれということで。
通路は、前に行っても後ろに行っても同じ本棚が並んでいる状況に変わりはなかった。
ゲームで言えば詰んだ状態?
違うな。
謎解きゲームなら、探索が足りていない状態ってことか。
再び、本棚を見る。
まだ本棚にも、そこにある本にも触れていない。
分かっている。
鍵はこれだ。
だが、同時に罠に気配もする。
「問題はどの本を手に取るか……なのかな?」
本棚には様々な本が並んでいた。
分野……いや、分類ごとに並んではいないようだ。
しかも各大陸言語で書かれているっぽい。
謎解き系のゲームなら、正解の本を選べば罠が回避できるってやつかな?
それとも順番に意味が……?
何のヒントもないので、試しに一冊、手に取ってみることにする。
その前に……。
『本でわたしを害することはできない』
そう強く祈った。
この言葉でどれだけの効果があるかは分からない。
何より、相手は多分、自分より格上の力を持って人間だ。
でも、何もしないよりはずっとマシだろう。
そう思いながら、本に手を伸ばすと……。
「あれ?」
わたしの右手はそのまま素通りした。
その勢いのまま、自分の身体ごと本棚に吸い込まれていく。
「ちょっ!?」
なんとなく、人間界で小さい頃に聴いた夜の美術館の歌を思い出す。
あれは最終的に大好きな絵の中に閉じ込められるとかなんとか!?
確かにわたしは本が好きだけど、本棚に吸い込まれるってなんか違うんじゃないですか!?
そんな思いも空しく……、視界が変化する。
そして、わたしは、気付けば真っ白な世界にいたのだ。
様々な文字が自分の周囲を通り過ぎていく。
まるで、わたし自身が本の一部になってしまうかのようだった。
だが、不思議なことにここ数年ずっと目にしていたアルファベットや数字もあるが、それ以上に漢字、ひらがな、カタカナの方がずっと多い。
これは一体……?
それらの羅列されている文字は、よく見ると文章を作り上げていた。
文字と文字との間隔がちょっと空きすぎていて、アルファベットの方はすぐ単語に反応できなかったが、日本語は多少隙間が空いたところで不思議と理解できる。
漫画の表現には多いしね。
それらの文章は何もないところから次々と現れ、浮かんではわたしの傍を通り過ぎて消えていく。
「14日……、双月宮……」
一際大きくシルヴァーレン大陸言語で浮かび上がったその日付に覚えがあった。
しかも、「生まれる」まであるのだから、間違いないだろう。
その前にある「ラシアレスは」の表記があるのだから、まあ、誰のことを差しているのかは考えるまでもないのだけど、少しぐらいは思考を逃避させたい。
―――― ラシアレスは双月宮14日に生まれた
あの「ゆめの郷」にて、わたしは、九十九から「ラシアレス=ヴェロナ=セントポーリア」という魔名を持っていることを聞かされた。
嘘を吐かない九十九が口にしたのだから、彼の勘違いでない限り、わたしの魔名に間違いはないのだろう。
そして、「双月宮14日」は人間界で言えば、「3月3日」。
つまり、わたしの誕生日である。
それらの情報を繋ぎ合わせると、この「ラシアレス」とは、わたしのことだと考えられる。
そんなシルヴァーレン大陸言語で書かれた文字よりも、やはり日本語で書かれた文字の方が読みやすいと思ってしまう。
でも、不思議。
この流れている文字が、シルヴァーレン大陸言語の時は、主語が見覚えのない「ラシアレス」。
でも、日本語の時は、何故か見覚えのある「栞」と書かれている気がする。
いやいやいや、それよりも問題はこの流れている文章の内容だ。
流れているのは誕生日だけではない。
これまでの自分の主な行動が文章化されている気がする。
例えば、この世界から人間界へ行った日だったり。
例えば、人間界からこの世界に来た日だったり。
例えば、この世界での護衛兄弟との出会いの日だったり。
例えば、小学校の入学式の日だったり。
記憶を封印している部分の出来事については、その文章から推測するしかないが、自分が覚えていない部分までご丁寧に文章として流れているのはかなり複雑な気分になってしまう。
それらを見る限り、この世界での出来事の主語が「ラシアレス」、シルヴァーレン大陸言語で書かれている。
そして、人間界の出来事の主語は「栞」、日本語で書かれていることは分かった。
ちょっと納得いかないのは、この世界に来てからの自分の名前が「ラシアレス」表記な点だ。
馴染みのないその名に、まるで他人事のような気がするが、その「ラシアレス」がストレリチア城門の近くで「聖歌」を歌ったという文章も先ほど流れていたので、まあ、自分のことだと納得するしかない。
だから、年代別というよりも、人間界でのわたしは「栞」であり、この世界のわたしは「ラシアレス」という人間であるということなのだろう。
これは、九十九や雄也さんの報告書か?
いや、彼らの記録はもっと細かいか。
こんな箇条書きのような一文では終わらないと思う。
だが、これで分かった。
ここに流れている文章は、わたしのこれまでの行動の記録だ。
あの本棚に吸い込まれて……?
あれ?
過去の記録が映像として流れているってことは、これはもしかして……。
「死ぬ間際に見るという……、走馬灯ってやつ?」
夜の美術館の歌は子供心に怖かった覚えがあります。
それ以外なら、真っ暗な森の歌も絵と相まって怖かった覚えが……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




