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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 過去との対峙編 ~

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歌った結果

「それでは行きます!」


 わたしは目を閉じて、大きく息を吸った。


 今から歌う歌は大聖堂で正午に歌われる3つの聖歌の内の一つ。


―――― 我らが神よ


―――― 我が祈りをお聞き届けください


―――― 人は誰もが罪へと(いざな)われる


―――― 赤罪(せきざい)橙罪(とうざい)黄罪(おうざい)緑罪(りょくざい)青罪(せいざい)藍罪(らんざい)紫罪(しざい)


―――― 七つの色に七つの罪


―――― その輝ける御羽(みはね)を持って


―――― 人が背負いし罪状を解き放て


 聖歌は不思議だ。

 本気で歌い出すと、自分がどこかに飲まれていく気がする。


 なんとなく口遊んでいる時にはそこまでの感覚は得られないけれど、気合を入れるとそれだけで自分が変化する。


 だから、わたしは気付かなかった。


「栞ちゃん!!」


 近くにいた誰かが叫ぶその瞬間まで。


「はっ!?」


 そのどこか切羽詰まったような声だったために、「聖歌」の途中だったが、思わず目を開けて歌うのを止めた。


「雄也?」


 わたしの傍にいた護衛の名を口にする。


 だが、その姿は見つからず、本棚が並んだ無人の店内だけが目に入った。


 そのあまりの静けさに、一瞬、自分が一人だけ取り残されたような錯覚を覚える。


 そこまで広くなかったはずの店の中は、無限に広がる回廊のように思えて、少しだけ身震いしてしまった。


 何気なく、近くの本棚に手を近づけると……。


「うわっ!?」


 直後に眩しい光と大きな衝突音、そして、空気を震わせるような衝撃があり、わたしの身体が後方に吹っ飛ばされた。


 その状況に、なんとなく、九十九の雷撃魔法を思い出す。


 あの時、「ゆめの郷」の広場で自分に容赦なく向けられた雷撃魔法が、これによく似ていたからだ。


 いや、あの時、雷撃魔法は当たらなかったし、今回の光を伴ったナニかも、わたしに直接命中したわけではない。


 その眩しいナニかは、自分から結構離れた場所に落ちたような振動があったのだが、その時に起こった衝撃波のようなものでふっ飛ばされたのだと思う。


 推量なのは、わたしはソレを見た時、あまりの眩しさに目が眩んでしまったからだ。


 わたしがふっ飛ばされたのは、あの島で綾歌族の男に会った時以来だ。


 あれ?

 意外に最近だった。


 勢いよく、すぐ傍の本棚に叩きつけられた気がしなくもないけれど、今は、それすらも些細なことだった。


「雄也!!」


 身体を起こしながらも、今度はその名を強く呼んだ。


 ―――― 名前を呼べ


 いつか、誰かはそう言ったから。


 だが、その呼びかけに応えてくれる声はない。


「雄也!!」


 わたしはもう一度、名を呼ぶ。


 だが、この場所にあるのは本棚と、そこに詰められた本だけしかなかった。

 わたしの名を呼んだ護衛の、その姿は見えない。


「も、もしかして、一人だけ結界みたいな場所に閉じ込められた?」


 それはちょっと予想外過ぎる。

 そして、仕掛け人は外からわたしを見ているということか?


 それなら、ここで慌てる姿を見せるのは相手を喜ばせるだけなのかもしれない。

 そんな思惑に付き合ってなんかやるものか。


 ぱぁんっ!!


 わたしは両頬を張った。


 大丈夫。

 雄也さんは姿が見えなくなっただけで絶対に無事だ。


 仮にも情報国家の王兄の息子。

 それならば、同じ王族や神でもない限り、どうにかできるような相手ではない。


 どうする?

 雄也さんからすれば、逆にわたしの姿が見えなくなっている状態かもしれない。


 もしくは、わたしをこの場所に閉じ込めた後、雄也さんがいる現実世界には既にわたしに似たナニかがいて、すり替わろうとしているとか?


 どちらにしても、ホラーの基本だよね?


「よし」


 わたしは拳を握り直した。


 とりあえず、ここからなんとか出る方法を考えるしかないのだ。


 さっきは、「聖歌」を歌ったら、この場所に閉じ込められた。

 そして、わたしは先ほどの「聖歌」を最後まで歌うことができなかった。


 雷撃魔法のような激しい攻撃を食らったからだ。

 それは、わたしに聖歌を歌わせたくなかったためだと考えるべきだろう。


 もう一度「聖歌」を歌うべきか否か。

 何もせずにこのまま助けを待つべきかどうか。


 自分の頭を撫でた。

 そこにはヘアーカフスが付いている。


 魔法珠がついた髪飾りは、この場所においても確かな気配を感じさせる。


 そして、頭上へと動かした左手首からはシャラリと小さい音がなった。


 この世界で最も超常現象(オカルト)に強いはずの人間が、神という存在からわたしを護るために、法力を込めてくれた「御守り(アミュレット)」がそこにある。


 大丈夫。

 わたしは一人じゃない。


 まず、落ち着こう。


 先ほどは、「聖歌」を歌おうとして攻撃されたっぽいから、ここで「聖歌」を歌うことは駄目なのだろう。


 でも、それならば攻撃するよりも前に口で言って欲しい。

 駄目と言われた時、その理由に納得できたら、わたしは強行しないのに。


 「聖歌」以外の歌を歌うという選択肢もある。

 童謡、唱歌、邦楽……、意外とまだ覚えているのだ。


 だが、歌うこと自体が駄目ならまた攻撃されちゃうよね?


 そうなると、もう一つの手段……魔法の方が良いかもしれない。


 相手が法力か神力を使いそうな人だということで神力が滲み出るという聖歌を歌う選択肢をしたが、本来、わたしは神力もそこまで強くはないのだ。


 それならば、血筋のために強大と言われる魔力と、無駄に豊富と呆れられる魔法力を使って、規格外と言われるほどの魔法を使った方が良い気がしてきた。


 ここが本当に結界ならば、魔法の対策もされているだろう。


「光れ」


 試しに害のなさそうな魔法を口にしてみる。


 丸い光球が手のひらに浮かんだ。


「燃えろ」


 今度は指先に小さな炎が灯る。


 今のところ、特に大きな変化はない。

 自分のイメージから大きく外れることもなく、魔法が形となっている。


「ふむ……」


 それならば……。


風魔法(うぃんど)


 わたしが両手を突き出してそう唱えると、いつものように轟音を巻き起こし、無駄に大きな竜巻が発生した。


 だが……。


「本棚に影響はない……、か」


 念のため、本棚から離れて魔法を放ってみたのだが、変化は全くなかった。


 わたしの「風魔法(wind)」は、ストレリチア城の地下にある契約の間でも少し離れた場所にあった机や椅子、たまに九十九を巻き込む程度の力はある。


 本棚にみっちりと詰め込まれて抜きだすのも大変な本ならともかく、ゆとりも隙間もあるような本棚だ。


 一切の影響がないとは思えなかった。


 さらに本棚に積み重ねられている巻物も、風に煽られているはずなのに、少しのずれがない。


 本棚自体に状態保存の魔法がかかっていることはあるので、それだけでは確信できないが、そもそも、目に見えている本棚(これ)が、本当に本棚かも怪しく思えてきた。


 もしかしたら、自分だけが幻覚を見せられている状態で、実は雄也さんも傍にいるのか?

 いや、少なくとも、雄也さんは今、わたしが放った風魔法の範囲外にいるはずだ。


 風魔法に耐性があっても、自分に向けられた魔法ならば、それに抵抗するために大小に関わらず、「魔気の護り(じどうぼうぎょ)」が発生するはずだ。


 だが、この場所にはわたし以外の気配を感じない。


 凄く集中すれば、頭のヘアーカフスから九十九の気配と、左手首の「御守り(アミュレット)」から恭哉兄ちゃんっぽい気配を感じる程度だ。


 つまり、この空間にはわたし以外の人間は存在しないと思う。

 まあ、魔力感知は苦手だから断定するのは危険だとも思うけど。


「この本棚が本物かどうかを確かめるには……」


 本棚に向き合う。

 流石にいきなり触れるのは駄目だろう。


 それぐらいわたしにだって分かる。


 だが、この世界にはどこの本屋でも、図書室のような書物庫と呼ばれる場所でも、とても便利な機能が本棚には備わっているのだ。


 その名も「検索機能」。

 本棚に向かって、欲しい本の種類を考えるだけで、その本が本棚から出てくるのだ。


 言語表記、時代、作者名、題名、分類、登場人物名、内容……。


 細かく考えれば考えるほど絞られるために出てくる本の冊数は減る。


 逆に大雑把な区分け……、例えば「美味しい料理が出てくる本」、「綺麗な挿絵」など、いろいろな分類に該当しそうなものを考えると、大量の本が出てきてしまうわけだ。


 まあ、使い方によるけど、やっぱり一冊ずつ手に取るよりはずっと早くて便利だよね。


 わたしは少し考えて……。


「占術師に関する本」


 と、直球の言葉を呟いてみる。


 本棚に向かって考えるだけでも働く検索機能なのだから、わざわざ口にする必要はない。

 でも、本棚からは何も出てこなかった。


 結論、これは本屋の内装を模しただけの、別空間である。


 もし、本棚を模して、検索機能に似たような幻まで再現していれば、今度は口にせず考えるだけというのもやるつもりだったが、その必要もなかったようだ。


 本物の本棚ではないと分かれば、別に()にしても問題はないよね?


 そう思って、わたしは久々に全力を尽くすことにしたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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