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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 過去との対峙編 ~

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視えているのは同じもの

「ちゃんと同じものが視えているようだね」


 雄也さんは手に持った二枚の絵を見比べて、息を吐く。


「……ですね」


 わたしも横から覗かせてもらって確認する。


 雄也さんとわたしの絵は、その筆触……、作風こそ違うものの、同じものを描いたことはよく分かるものだった。


 ……雄也さんの絵はやはりお上手でした。


 わたしは別の意味で溜息を吐きたくなる。


 なんて、素晴らしい絵なのだろう。


 とても、同じ条件下で描かれた絵とは思えず、自分の描いた絵をひったくりたくなる衝動に駆られる。


 どうして、白と黒だけでそんな効果が出せるのでしょうか?

 まるで、木炭画のように見事な陰影の付け方だ。


 同じ筆記具、同じ題材のはずなのに、どうしてもこうも違いが出るのだろうか?


 こうしてみると、見たままの静物画を描く時のわたしの線って、本当に無駄に細かいことがよく分かる。


「しかし、何者の仕業か分からないが、俺たちにこの彫像を見せる意図は全く分からないな」


 今にも動き出しそうなほどリアルな彫像。

 でも、それに生命力は感じられない。


「試しに近付いて、触れてみます?」


 それで動き出したら怖いけど。


「いや、それは止めておこう」


 だけど、わたしの提案に雄也さんは首を振った。


「不測の事態が起きても対処できるほどの準備をしていない」


 それは準備していれば、ある程度のことは何とかなると言うことでしょうか?


 一般的に知られているはずのない創造神の彫像を持ち出した以上、法力や神力が絡む話となるだろう。


 そんなものに対して、どんな準備をすれば対応できるというのか?


 この人なら対応してしまいそうだと思わせるところがちょっと怖いね。


 でも、本当に誰が、こんなことをしたのか?


 いや、発想の転換だ!


 実はこの彫像は創造神ではない!!


 わたしの勘違い説の方が可能性としては高い。


 いや、普通の店に、神っぽい彫像が飾られている時点で大掛かりなことをしている事実には変わりないのか。


 しかも、雄也さんが一人で訪ねた午前中にはなかったという話もあるわけで……。


「ここが聖跡の一つという可能性はあるかもしれないけどね」

「聖跡……」


 神官たちが巡礼として向かう先だ。


 聖跡や聖地と呼ばれる場所であり、そこにある神の遺物に触れるとその神の加護を得て、法力や神力が向上するらしい。


 但し、その場所は自分で調べて行くしかないそうだ。


 文献に載っている聖跡はともかく、地元民しか知らない遺物や、地元民すら知らない隠された物もあって、大神官である恭哉兄ちゃんですら、この世界に残されている全ての遺物(神の痕跡)に触れていないという。


「ここが、かの神の聖跡だと?」

「可能性の話だね」


 聖跡については、わたしも詳しく聞かされていない。


 わたしがうっかり興味を持って触れることにより、左手にある「神のご執心」とやらの力が増大しないとも限らないというのが理由の一つである。


 それ以外の理由なら、わたしの中に僅かながらも存在する神力が望まぬ方向にパワーアップされるのも困るということになるだろうか。


「そうなると、やはりアレに触れない方が良いことは確かですね」

「そうだね。栞ちゃんが今の肩書きよりも上の地位を目指すなら、触れた方が良いとは思うけど、それは望まないだろう?」


 雄也さんの言葉にわたしは大きく頷く。


 わたしが持つ肩書き「聖女の卵」よりも上の地位は、聖堂から聖女認定をされて「聖女」となるという意味だろう。


 そんなものは望まない。


 人間として生まれたわたしは、「聖人」として「聖神界」に行くよりも、「人間」として「聖霊界(あの世)」へ向かいたいのだ。


「しかし、そうなると、ここで本の購入はできませんね」

「え?」


 わたしの言葉に雄也さんが目を丸くした。


 あれ?

 なんか変なことを言ったっけ?


「別の場所に他の会計があれば良いのですが、あの場所だと本を買おうとする時に多少、真上にある彫像の影響を受けそうな気がするんですよね」


 これは勘だった。

 あの場所……、会計の場所に立つだけで、なんらかの影響を受ける気がしたのだ。


 直接触れなくても、厄介なことが起きそうな……、そんな予感だった。


 自分の勘が当てになるかはともかく、別にこの場所で無理して今、本を買う理由もないのだから、少しでも気になるところは避けた方が良いだろう。


 わたしは今回、雄也さんの付き添いで、この店に立ち寄っただけで、もともとこの店の存在すら知らなかったのだから。


「なるほど、それで会計の真上……、なのか」

「ほ?」

「どうも、この仕掛け人は、栞ちゃんのことを知っているかもしれないね」

「ほげっ!?」


 ど、どういうこと?


「少なくとも、栞ちゃんが本を好きだということは知られているだろう。だから、気に入った本があれば、それを買うために会計すると思っていた……、かな?」


 つまり狙いは……、わたし?

 いや、違う。


「それなら、雄也さんが狙われた可能性の方が高いのでは?」


 そんな気がした。


「……俺が?」

「雄也さんは既に、午前中、この店にやってきました。加えて、わたしの護衛もしてくれています」


 この仕掛けた相手がわたしの行動を含めて、本当にいろいろ知っているのなら……。


「わたしの本好きが知られているのなら、普段、わたしが自分で支払いをしないことも知られていると思うのです」


 九十九や雄也さんと行動する時、基本的に、わたしは自分のお財布を出すことがほとんどない。


 そのためのお金は雇用主から渡されているからと言って、彼らはわたしに支払いをさせないのだ。


「……そうだね」


 雄也さんが考え込む。


 だが、やはり仕掛け人の意図が読めない。


 狙われたのがわたしなら、聖跡にある神の遺物かもしれない彫像に近付けようとする意味は分かるのだ。


 触れなくても、力が込められているならば、その近くに寄るだけでも効果がありそうだから。


 だけど、護衛である雄也さんを巻き込もうとする理由は分からない。


「栞ちゃんは法力の素養の持ち主は分かる?」

「いえ、さっぱり」


 それが分かれば、長耳族であるリヒトに神官の素質があることに気付くことができただろう。


 わたしは神力についてならば、なんとなく分かっても、法力を感じることがほとんどできないようだ。


 そして、大神官である恭哉兄ちゃんは法力使いでもあるけど、神力使いでもある。

 だから、わたしは恭哉兄ちゃんの凄さは少しぐらい分かっているつもりなのだ。


「では、法力の素養を持つ理由は?」

「…………」


 それを尋ねられると、ちょっと閉口してしまう。

 いや、恭哉兄ちゃんから聞かされてはいるのだ。


 だから、高位の神官ほど警戒しろと。


 それを言っているのが、この世界の最高位の神官にいる人間というのはどうなのかとも思うのだけど。


「雄也さんも、ご存じですよね?」


 少なくとも、九十九は知っている。


 だから、その弟からマメに報告書を渡されている雄也さんが知らないはずはないのだ。


 この世界において、魔力を有しない人間はいない。


 魔法を使いこなすことができない人間はたまにいるのだが、魔力を全く持たないというのは、この世界ではありえない話とされている。


 何故なら、この世界で生まれる時に、膨大な大気魔気の影響を受ける。


 自身で魔力を有しなければ、その空気中に存在する魔力に侵食され、生まれて数日足らずで死んでしまうそうだ。


 だから、魔法抵抗力がまだ低いはずの赤ちゃんも、生まれる際は、全力でこの世界に抗うかのように力強く生まれてくることが多いらしい。


 世界に抗うとは一体……。


 でも、法力や神力となれば、僅かでもその力を持っている方が珍しい。


 世間一般では、法力は生まれる前に神から授けられたもので、その神への信仰心が形となったものだと言われている。


 だから、神への祈りが強ければ強いほど、法力が強いとされているのだ。

 でも、それは法力の才能がない人たちが口にしていることで、実際は違う。


 神へ縋った(祈った)ところで、法力という奇跡は育たない。


 それでも、神への祈りが力となっていると思われているのは、高位の神官ほど神への執着が見られることや、神力と考え方が混同されているためらしい。


 いや、普通の人は法力と神力の違いなんて知らないとは思っている。

 力を得る経緯としては似たようなものだし。


 法力は生まれる前の魂が、神に目を付けられ……、もとい、神の目に止まって、その加護を与えられたことによって宿るらしい。


 それに対して、神力は生まれる前の魂が、神の目に止まった際、その神の力をなんらかの形で分け与えられたものだそうな。


 そして、目を掛けられた程度の加護よりも、力の一部を譲渡する方がずっと強いのは当然である。


 そんな法力と神力の違いについてはともかく、いずれの力も、神に目を付けられ……、いや、目を掛けられた結果である。


 そして、神は凡庸な人間に興味を持たない。


 数奇な命運にあるもの。

 具体的には不幸な生い立ちや、一風変わった出自を好むらしい。


 まあ、つまり、とある中心国の王族と、創造神に魅入られ、遠い星へと召喚されてしまった女性との間に生まれた子が神の目を引くのは当然であり、どこかの中心国の王族でありながら、神女と駆け落ちした後、他国で生まれた子たちが、神の目を引いた可能性が全くないとは言えないのだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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