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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 過去との対峙編 ~

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相違点はないか?

 この世界は、神秘に満ちている。

 神の存在は確かにあり、魔法と呼ばれる奇跡が息を吸うように行使される。


 だけど、なんで、わたしが毎回、ピンポイントで狙われるんですかね?


「俺が午前中にこの店に来た時は、あの場所には何もなかったはずだけどな」


 わたしをこの店に連れて来てくれた雄也さんはそう言いながら、首を傾げていた。


 どうやら、彼は既にこの店に一度足を踏み入れていたらしい。

 それも本日の午前中。


 いやいやいや、この世界は剣と魔法、そして、神秘の世界。


 会計場所の真上に無駄に神秘的な彫像をポンと召喚するぐらい朝飯前の現象だ。


 いくらこの町が「花と芸術の町」と呼ばれていても、店の中に無駄に大きな彫像を飾るなんて、そんなことをする意味なんかどこにもないと分かっていても、わたしは現実逃避をしたかった。


 自分の知識と、当てになるかは微妙な勘を総動員させて出た結論として、あの彫像は恐らく創造神アウェクエアさまだろうと考えられる。


 おかしい。

 何故、そんな大物の彫像が、ごく普通の店にあるのか?


 いや、この店の構えはどこか聖堂を思わせるものではあった。

 だから、その彫像の神秘さに惹かれて何気なく飾っている……とか?


 だが、その創造神の絵姿すら出回っていないのに、その彫像を知らずに作ったこともおかしいし、さらには飾るなんて不思議な趣味を持つ人間がいるとはあまり思えない。


 しかも、現役の神官すらその創造神の姿を知るのは稀だという。

 それでは、何故、こんな偶然が成り立ってしまったのか?


「栞ちゃん」

「ほ?」


 雄也さんがわたしの手を握る力を少しだけ強めた気がした。


「キミの肩書きを知った上で確認させてほしい。あの彫像に該当するモノはいるかい?」


 わたしの肩書き、それは「聖女の卵」のことだろう。


 そして、わざわざそれを濁しているってことは、この場で大っぴらに口にしない方が良いと考えたのだと思う。


 その「聖女の卵」の知識を必要としたってことは、雄也さんは、あの彫像が神さまだと当たりを付けたようだ。


 まあ、その背には翼がある。


 だから、人型である以上、神か精霊族の可能性が高く、しかも彫像となればストレリチア城にいた経験があるわたしたちが、神を模した像を連想するのは自然な流れだ。


 神の背にある羽は一部を除いて黒いため、姿絵のほとんどはその背に黒色がべったりと塗られているが、あの彫像は全体が真っ白で、その背の羽の色が何色であるかが分からない。


 少し考えて……。


「種族こそ違いますが、恭哉兄ちゃんの立ち位置と同じ方ではないかと思います」


 わたしはそう口にすると、雄也さんが目を見張った。


 予想外だったのはわたしの言葉か、その内容か。


 恭哉兄ちゃんは神官たちの中で、唯一にして最高でもある「大神官」の神位(かんい)にある。


 そして、唯一にして最高の地位にある神といえば、この世界を創り出したと言われる創造神に他ならない。


「参ったな」


 雄也さんが苦笑する。


「これは、思った以上の大物を引き当ててしまったか」


 どうやら、あの彫像は予想外のことだったようだ。


 だが、周囲の景色は変わっていない。

 白い世界へ招かれたわけでもないのだ。


 人気は全くないが、あの場所にちょっとばかり場違い感溢れる彫像があるだけで、様々な本や巻物が置かれている普通の店である。


「何を引き当てるつもりだったのですか?」

「人間……のはずなんだけどね」


 人間を狙っていたはずが、何故か、神の彫像。

 雄也さんが困るのも分かる気がした。


「とりあえず、本を探しません?」


 だから、わたしは別の提案をする。


「本?」


 雄也さんが不思議そうにわたしを見た。


「本屋に来て、本と向き合わないのは本に失礼でしょう?」

「あの彫像を見た上で、そちらを気にしない栞ちゃんは大物だと思うよ」


 そう言いたくなる気持ちも分かるけど、気にしても仕方ない。


 雄也さんは彫像のない状態の店を見ているから余計に混乱しているのだろうけど、わたしはこの店に初めて入り、そして始めからあの彫像があるのだ。


 だから、そこまで不思議な現象とは思わなかった。

 強いて言えば、何故、創造神? という疑問はある。


 でも、今、自分が考えてもその謎が解けるわけではない。


「何か理由があって、狙いがわたしたちだというのなら、多分、この本屋にいる間に仕掛けてきますよ」

「仕掛けてくる?」

「わたしのことを知った上で、こんな大掛かりなことをする人間は、そう多くはないでしょう」


 まず、神の知識を持っている人間であることは間違いない。

 この時点で神官やそれに関わる人だ。


 可能性として大神官やそれに近しい人間がやっていることだと考えられるが、その理由が分からない。


 何より、恭哉兄ちゃんはあの島の後始末でまだ忙しいはずだ。


 そうなると、それ以外の高神官たち?


 でも、どちらにしても「聖女の卵」であるわたしに、こんな所で何か仕掛けるのは不思議な気がする。


 何より、これは、わたしが創造神の姿を知っていることが大前提の上、かなり大掛かりな仕掛けだ。


 わたし自身、この彫像を見るまで知らなかったのだから、仕掛けとしてはちょっと仕込みも見込みも甘い気がする。


 いろいろ考えたいけれど、それよりも先に確認しておかなければならないこともあった。


「雄也さん、紙と筆記具をここで出せますか?」


 そう言いながら、わたしは手を差し出す。


「紙と筆記具? ああ、なるほどね」


 わたしの狙いが分かったのか、雄也さんは紙と筆記具を召喚してくれた。


 しかもご丁寧に、小さな木製の画板まで装着されている。


 そのことから、どうやら、この場所は普通に魔法が使える空間ではあるようだ。


「お店の中でお絵描きするなんて、ちょっと礼儀に反している気がしますけど……」


 しかも本屋だ。

 常識外れの行動にも程があるだろう。


「ここには栞ちゃんと俺以外、誰もいないみたいだから、そこは気にしなくても大丈夫だと思うよ」


 だけど、そんなわたしの言葉に雄也さんが笑った。


 そうなのだ。

 この場所は人気(ひとけ)がない。


 つまり、本来、いるはずの店員の姿すらなかったのだ。


 大きい本屋でない限り、店内の様子を確認する店員がいないことは分かるのだけど、流石に会計する場所……、あの彫像の下の空間にも、誰の姿も見られないというのは不自然だろう。


 バックヤードに引っ込んで何かをしている可能性もあるけれど、店に誰かの気配がある状態で、その場所で作業する理由はあまりないと思う。


 まあ、盗難防止措置はしているとは思うけどね。


 でも、他者の気配に敏感な雄也さんが誰もいないと判断しているなら、少なくとも、この場所には誰もいないとも思っている。


「ぬ?」


 見ると、雄也さんも同じように紙と筆記具を準備して、わたしと同じように絵を描いている。


 見たい!!

 素直にそう思った。


 そんなわたしの欲深い視線に気付いたのか。


「描き終わったら相違点がないか、互いにちゃんと確認しようね」


 雄也さんは笑いながらそう言ってくれた。


 こんな超常現象だ。

 誰かからの幻覚の可能性もある。


 だから、本当に互いが視えているものが同じとは限らない。

 そんなわたしの考えに気付いてくれたらしい。


 そうなると、気合を入れなければならない。


 見たままを忠実に。

 でも、できるだけ早く。


 いつまで、あの彫像がわたしたちの前に視えているかも分からないのだ。


 ああ、でも、できれば椅子に座って、机で描きたい。


 画板があるとはいえ、手に持っているような状態はちょっとばかり描きにくかった。


 軽い走り描きならともかく、互いに見せ合う予定の絵だ。


 だが、雄也さんも条件は同じ。

 それならば、「台がないので描けませんでした」などと泣き言など言えるはずがない。


 それに、もともとわたしの絵は上手いわけではないのだ。


 九十九は毎回、褒めてくれるけど、それは社交辞令だと思っている。

 もしくは、主人に気遣っているとか。


 あの人の性格上、それはありそうだよね。


 今回は、上手に描けと指定があるわけではなく、互いの視覚情報に誤りがないかを確認するだけのこと。


 そして絵なのだから、多少の違いは誤差の範囲。


 わたしは開き直って、目の前の彫像を睨みつけ、手に握った筆を走らせるのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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