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商業区画にあった宝石店から出た後、わたしたちは再び手を繋ぎ直した。
今も人通りは多く、普通に並んで歩けば、背の低いわたしはあっというまにその人波に呑み込まれることは分かっているからだ。
「納得いかないって顔をしているね」
雄也さんがそう言いながら、笑った。
「別に納得できないわけではないのですが……」
あの宝石店で、雄也さんはわたしが見ていた白い宝石を購入した。
だけど、それは自分で使うものだったらしい。
何故、わたしは自分に購入してもらったと勘違いできたのか?
図々しいにも程がある。
あんなにド高い宝石……、いくら主人のわたしが望んだからといって、雄也さんが購入するのはおかしいと思わないのか?
思わなかったんだよ!!
雄也さんなら一緒にいる相手に、自然と買って渡しそうだとうっかり思ってしまったんだよ!!
そして、そのことを雄也さんも気付いているのだろう。
先ほどから楽しそうに笑っている。
ふぬうっ!!
「栞ちゃんが気にかかった宝石だからね。何かあると思ったんだよ」
「ほ?」
「古来より女性の勘というのは年齢に関係なく、侮れないものだからね」
そんなどこまで本気か分からないことまで言う。
でも、雄也さんのことだから、嘘でもないのだろう。
わたしがあの宝石店で妙に気にかかったのはあの白い宝石だけだった。
白いのに地属性の魔力が籠っている不思議な石。
「でもあの石……、傷だらけではなかったですか?」
白く見えたのは無数の細かな傷だった。
それがなければ、水晶のような透明感のある石なのだと思う。
その形もどこか六角柱っぽかったし。
「本物の雷水晶だからね。傷は仕方ないかな」
「雷水晶?」
クォーツ?
確か……、石英……。
つまりは水晶のことか。
ライトニングってことは、稲妻? とか雷光?
「特殊な条件下で生まれる石英のことだよ。栞ちゃんが見たのは落雷時の電流が走った跡だと言われている傷だね」
「落雷!?」
「雷に打たれた奇跡の石らしいよ。俺も本物を見たのは初めてだけどね」
比喩表現ではなく、本当に雷に打たれた石らしい。
「でも、それなら、光属性になるのでは?」
九十九が得意とする「雷撃魔法」は、確か光属性系の魔法だったと思う。
でも、先ほど見た商品説明の札には「地属性」とあった。
「単純に雷の魔法を受けたのだったら光属性の魔力を帯びるとは思うけど、落雷は自然現象だからね。その石が取り込んだ大気魔気次第で変わってしまうんだよ」
そして、落雷の瞬間に取り込まれたのか、もともと持っていた属性なのかは分からないという。
「まあ、かなり珍しい石ではあるよ。栞ちゃんが見つけてくれたおかげだね。ありがとう」
雄也さんはそう言って笑った。
「偶然ですよ」
単に目についただけのだ。
それが結果として、珍しい石だったのは本当に偶然でしかない。
「その偶然が大事なんだよ。あの店で全ての宝石を視るには時間がかかるからね」
その言葉で、あることに気付いた。
「雄也さんは珍しい石を探していたんですか?」
雄也さんはあの石を手に入れたら、すぐに店から出たのだ。
でも、あの石を見つけたのは本当に偶然だった。
だから、あの石を探していたわけではないと思う。
そうなると、稀少な石を探していたってことになるのかな?
「珍しい石というか……」
そこで雄也さんはちょっと言葉を濁した。
あの店で特に稀少な石を探していたというわけではないらしい。
でも、わたしには言いにくいようだ。
なるほど、これは「囮」の一環なのだろう。
宝石店と「囮」の組み合わせがよく分からないけれど、女性からおねだりされて、高額な買い物をポンッと買っちゃう金持ちを演じ中とか?
その役目って、別にわたしじゃなくても良い気がする。
それなら、わたしがまだ気付いていない何かがあるのだろう。
「次はどこに行きます?」
そうなると、変な質問を繰り返しても仕方ない。
サクサクっと次に行った方が、雄也さんにとっても良いだろう。
「この前とは別の、古書を扱っている店なんかどうかな?」
「それは素敵ですね」
本当に良い提案だと思ったから、自然と言葉が出てきた。
この前みたいな心が躍るような本との出会いがあればもっと良いね。
「栞ちゃんは本当に本が好きだね」
「はい」
でも、わたしぐらいの本が好きな人間なんていっぱいいるだろう。
水尾先輩や真央先輩だって、本がかなり好きだし。
ああ、でも、それが漫画と呼ばれるモノとなれば、我を忘れてしまう自信はある。
実際、あの「ゆめの郷」では、ソウが準備していた漫画につられてしまった。
それを提供してくれた人の方が呆れるぐらいだから相当ダメなヤツだったのだろう。
でも、もう二度と読めないと思っていた漫画が目の前にあれば、つい、読み耽って時間を忘れてしまうのは、漫画が好きな人間にとっては仕方のない話だと思う。
「古書と言っても、今度は魔法書が中心の店なのだけど、大丈夫?」
魔法書?
それこそ、真央先輩や水尾先輩の得意分野ではないだろうか?
でも、「囮」だからな~。
そこにわたしを連れて行く必要があるのだろう。
理由は、まあ、なんでも良いか。
「大丈夫です」
正直、魔法書にも興味はあるのだ。
これまで自分が読んだことがある魔法書は、雄也さんや水尾先輩が厳選したものである。
そして、そこに載っていた魔法の数々は……、契約できるものもあったが、使えなかった。
今は独自のやり方であるが、魔法が使えるようになっている。
でも、もしかしたら、魔界人らしく、魔法書で契約した魔法が使えるようになるかもしれない。
雄也さんに手を繋がれたまま、不自然なほどあちこちとうろついた後、どこか聖堂を思わせるような雰囲気の白い建物に入った。
商業区画にあるお店のほとんどは独特な雰囲気を持つ建物ばかりだが、この店は聖堂として紹介されても納得してしまうような建物だった。
物珍しさにキョロキョロとしてしまったが、わたしの視線はある一点で固定されることになる。
そこには、大きな翼を広げ、さらさらストレートの長い髪を持ち、どこかぼんやりとした雰囲気の瞳を持ち、少女にも中性的な若い男性にも見える不思議な容姿をした人が、何かを言いたげに微笑んでいる彫像があった。
「創造神……?」
わたしは思わず、そう口にしていた。
この建物の奥、本来、会計する場所の真上に、創造神アウェクエアさまと呼ばれる神さまを模したと思われる彫像があったのだ。
わたしは法力国家ストレリチアにいた間、神さまの逸話はいっぱい聞かされたが、全ての神さまの絵姿を見たわけではない。
「聖女の卵」として、神々の特徴を教えられてはいるが、神の絵姿は簡単に見せてもらえるものではないのだ。
大神官である恭哉兄ちゃんによると、神の絵姿を見たい時、法力を持っていない人間ならば、祖神であったり、加護を持っているなど、その会いたい神に対して、何らかの形で縁付いている必要があるそうだ。
わたしや九十九が導きの女神ディアグツォープさまの絵姿を見る許可が下りたのは、わたしは彼女が祖神であり、さらには「神降ろし」しているから問題ないらしい。
そして、九十九は「神降ろし」の現場に立ち会っていることが大きかったようだ。
そんな縁付き方は稀らしいけど、それ以外なら、他にはその神の聖跡に触れたり、その縁付いた神と関係がある神でも良いらしい。
因みに九十九の祖神である努力の神ティオフェさまは、導きの女神ディアグツォープさまと縁付いている方なので、こちらからでも問題はなかっただろう。
法力を持っている人間……、まあ、神官の素養がある人は、正神官に上がるための選定を受けるまでは大聖堂の一室にある神々の絵姿を見ることは許されないとは聞いている。
そして、創造神の絵姿についてだが……、大聖堂には絵姿がないらしい。
恭哉兄ちゃんが言うには、創造神の姿はこの世界の至る所にあり、見つけた人間の目にしか触れることがなく、神官の素養を持っている人間が見てもそれが創造神だとは気付かない方が多いそうだ。
だから、わたしは、創造神の絵姿を見たことはない。
だけど、その彫刻を見ただけで、それが創造神を模したものだと何故か理解できてしまった。
その理由は分からない。
「栞ちゃん?」
雄也さんが不思議そうな顔でわたしを振り返る。
「雄也さんは、あの上に何か視えますか?」
もしかして、わたしにしか見えていなかったらどうしようと思いつつ、顔を上に向けると、雄也さんも同じ方向を見た。
「上? ああ、綺麗な彫像があるね」
どうやら、あの彫像は雄也さんにも見えているらしい。
創造神の彫像が特定の人間にしか見えないなんて、ホラー……、もしくは、オカルトな話だ。
そんなお約束的展開ではなかったことに、ほっとした。
だけど……。
「でも、俺が午前中にこの店に来た時は、あの場所には何もなかったはずだけどな」
そんな雄也さんの言葉にわたしは再び驚くしかないのだった。
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