護ってくれる手
「ごめんね。いきなり、付き合わせて」
雄也さんは開口一番にそう言った。
「いいえ、大丈夫です」
いきなりのお誘いに、凄く焦りはしたものの、わたしに洒落っ気がないのは今更である。
幸か不幸か、少し前に九十九から買ってもらった服もあった。
それを着ていれば、そこまでおかしくはないだろう。
「珍しい格好だね」
雄也さんがまじまじと見る。
「おかしいですか?」
本日の服装は、薄い水色のブラウスに、紺色のキュロットスカートを長くしたような服。
そして、やはりポニーテール。
これが一番、楽なのだ。
「いや、似合っているよ。その髪型も可愛いね」
「ありがとうございます」
まず服を褒め、さらには髪型まで褒める。
この人は本当に抜かりがない。
「栞ちゃんはそんな服も好きなの?」
「いえ……、『囮』と聞いたので、一般的な女性らしいシルエットの方が良いかなと思いまして」
嫌いではないが、やはり落ち着かない。
それが、ここ数日、こんな格好ばかりした結論である。
スカートよりはマシ。
でも、やはり裾が広がると不安な気分になる。
いや、スカートが広がる瞬間も可愛らしくて嫌いじゃないんだけどね。
単純に動きやすさの問題である。
「ああ、なるほど。それでワイドパンツなのか」
「ワイドパンツ?」
直訳すると、幅広ズボン?
「幅が広く、ゆったりしたシルエットのズボンのことだね。そんな風に裾がスカートのように広がるものも含むよ」
「……なるほど」
ファッション用語だったらしい。
このズボンの呼び名はキュロットスカートではないようだ。
「それでは行こうか」
雄也さんが手を差し出した。
ぬ?
これは、手を上に載せるべき?
「今、ちょっと外は人が多いからね。手を繋ぐことを許してくれるかい?」
「ほへ?」
手を繋ぐ? ……って、手?
え?
この手をぎゅっと握れと?
「そんなに人が多いんですか?」
「うん。昨日よりも人手がかなり増えているよ」
部屋の窓から見た感じはそこまで多いとは思わなかったけれど、雄也さんも九十九と同じで本当のことを隠しはするけれど、嘘は言わない人だ。
「では、お借りします」
そう言いながら、差し出された手を握ってみた。
手袋越しだけど、その固さはよく分かる。
やはり、女性と殿方では握り心地が随分違うと思った。
それに、雄也さんも九十九と同じように剣を振っている人である。
わたしの前でそれを握ることはほとんどないけれど、「ゆめの郷」や「音を聞く島」では自然に剣を手にしていた。
「武骨な手でごめんね」
わたしがじっと雄也さんの手を見つめていたためか、雄也さんはそんなことを言った。
「武骨?」
確かに男性らしく骨ばってゴツゴツしてはいるけれど、それを武骨と称するのはちょっと違う気がする。
「この手はわたしや母を護ってくれる手ですよね?」
少なくとも、母はともかく、わたしについては、わたしが記憶を封印する前から、今の今まで、ずっとこの手ともう一つの手に守られてきている。
「だから、頼もしい手だと思っていますよ」
そして、力強くて温かい手でもある。
「それは光栄だね」
雄也さんは微かに笑った。
「それで、まずはどこに行きますか?」
「商業区画かな」
「承知しました」
そんな事務的な会話の後、宿泊施設から出ると……。
「うわあ……」
確かに昨日よりも人通りが多かった。
お祭りの賑わい……というほどでもないけれど、ちょっとした喧騒となっている。
窓から見ても分からなかったのは、まっすぐ伸びた広い大通りを通る人よりも、それを横切る人の方が多かったためだろう。
思わず雄也さんの手をぎゅっと握る。
「大丈夫だよ」
人の多さに不安がっていると思われたのか、雄也さんからはそんな風に声をかけられた。
「雄也、これは巡……」
この人通りの多さは、「巡回隊の影響ですか? 」と尋ねようとしたところ、雄也さんから口を塞がれた。
それも、人差し指一本で。
雄也さんは、強い力で押さえつけているわけでもないのに、口を開くことができない。
そして、そのままにっこりと微笑まれた。
……余計なことを言うなということですね、理解しました。
どうやら詮索してはいけないらしい。
うぬう。
雄也さんは九十九以上に秘密主義だ。
だが、今回に限ってわたしを「囮」にすることは隠さなかった。
まあ、釣り餌は餌らしく、黙って釣り師の意のままに動きますか。
……って、あれ?
主人はわたしの方だよね?
わたしが混乱していると、少し上の方からクククッと押し殺したような笑い声が聞こえてきた。
何かが面白かったらしい。
雄也さんの笑いのツボは時々、分からない。
皆が笑っている時でも涼しい顔をしていることが多いし。
笑わない人ではない。
寧ろ、笑みはよく零す。
でも、その中に、本当に楽しいとか嬉しい気持ちから来る笑みはどれくらいあるだろうか?
****
そして、商業区画に来た。
専門店街とも言うらしい。
いろいろな店が立ち並んでいる中、迷わず、雄也さんに連れられて、ある店に入る。
「これは……」
そこはキラキラした眩しい世界。
比喩ではない。
あちこちから人工的な光が降り注いで、ガラスケースに入った物を照らしている。
「宝石店だよ」
「ほぎょっ!?」
宝石店……、つまりはジュエリーショップ。
人間界でも存在するその店に入るのは初めてだった。
いや、天然石を売っている雑貨屋は入ったことはあったけれど、ここまで場違い感をおぼえたことはない。
こんな普段着で入ってはいけないお店ではなかろうか?
九十九から、「これぐらい持っておけ」と、無理矢理押し付けられた、ちょっと高級志向の服で来るべきだった?
「ここは装飾品用のものではないから、そんなに身構えなくても大丈夫だよ。勿論、魔石よりもちょっと高価ではあるけどね」
よく見ると、確かに加工はされていないようだ。
キラキラしているけど、色や形、その大きさも不揃いに見える。
「栞ちゃんは、この宝石に籠っている魔力は感じられる?」
雄也さんがわたしの顔を覗き込む。
宝石の真贋とかは分からないけれど、そこにある魔力ならなんとか分かる……ような気がしたが、それは気のせいだった。
わたしと宝石の間には……。
「ガラスケース……」
そんな邪魔する存在があったのだ。
「うん。それも魔力遮断の効果付きだね」
「うぐぐ……」
「こうしておかないと、周囲の大気魔気や、近付いた人間の体内魔気に影響されてしまうからね」
ちゃんと理由もあるらしい。
それなら仕方ない。
「雄也は分かるんですか?」
魔力遮断の効果があるガラスケースがあるなら、魔法国家の王女殿下たちだって難しいのではないだろうか?
わたしが確認すると、雄也さんはすっとガラスケースを指差した。
「商品説明の札がそれぞれあるからね」
「……ホントだ」
独特の字体であるウォルダンテ大陸言語で書かれた札が、しっかり宝石に添えられている。
宝石の名についてはよく分からないけれど、その説明の方はなんとか分かる気がした。
「えっと、この白い宝石は……」
白い宝石なのでなんとなく「光」や「癒し」、もしくはだろうか? と、なんとなく思っていたら……、まさかの「地」の魔力が籠っているものらしい。
「魔石はその色の輝きで籠った魔力の判別することが多いけど、宝石はその法則に当てはまらないんだよ」
「まるで、真央先輩みたいですね」
わたしは思わずそう言っていた。
真央先輩の体内魔気は、わたしの眼には青い炎に視える。
水尾先輩は紅い炎だ。
でも、現象としての炎は、青いものもあるのでそこまで気にならなかった。
だけど、一般的な火属性の魔力が込められた魔石は赤系統の色が多いのだ。
「……言われてみればそうだね」
雄也さんが少し考え込む。
わたしは少し前、あの島で長耳族のリヒトに御守りとして、魔力珠を作ったことを思い出した。
水尾先輩や真央先輩は前にも作ったことがあるらしく、割とすぐに作ってしまったのだ。
水尾先輩は鮮やかな赤い魔力珠。
そして真央先輩も綺麗な赤の魔力珠だった。
青ではない。
真央先輩が作り上げた魔力珠は、赤かったのだ。
そうなると、背後の炎は魔力の色ではなく、単純に高温の炎が視えているということで良いのだろうか?
因みにわたしは予想に違わず、橙色だった。
それを作るまでにかなり失敗したけれど。
さらに言ってしまえば、作っている途中で、九十九に何度も心配されたけど。
九十九と雄也さんは黄色に近いオレンジ色だった。
雄也さんの方がやや黄色味が強かった気がするのは、両親と一緒に過ごした時間の長さによるものだろうか?
それすらも並べなければ分からない程度……、光の加減で違うように見えるだけのような気もするけど。
考えてみれば、彼らは情報国家の王族の血を引きながら、シルヴァーレン大陸で生まれている。
もし、彼らがライファス大陸で生まれていたら、もっと黄色成分が強かったとは思う。
「栞ちゃんはその白い宝石が気に入った?」
「いえ、そういうわけでは……」
妙に気になる石ではあったのだけど、それでもここはお断り一択だ。
いくら何でも、買っていただくわけにはいかない。
商品の解説札の下部に書かれている数字と記号。
これは、恐らく値段だろう。
数字は2桁だが、その貨幣単位がおかしいことはわたしでもよく分かる。
九十九の話によるとわたしの服飾予算とやらは余っているらしいが、それが無駄遣いをして良い理由にはならない。
わたしの生活費は、セントポーリア国王陛下の私費から出ていると聞いているから、余計に不必要な買い物はしたくないのだ。
だけど、そんなわたしの気持ちを他所に、雄也さんはあっさりとその白い宝石を購入してしまったのだった。
主人公がここ数日、外出着にしているのは俗に言う「ガウチョパンツ」のことです。
ただ、諸事情により「ワイドパンツ」という言葉にしております。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




