信じる理由
「ああ、分かりやすく民族衣装とか着てたら、国の特定はしやすかったんだけど……」
栞がアリッサムを襲撃した者たちの外見上の特徴を尋ねると、水尾はそう言いながら、ふと何かに気づいたかのように動きを止めた。
「ん? あれ? 会ったヤツは数十人くらいいたけど、言われてみれば……、確か、皆、黒い服を着ていた気がする」
思い出したかのような水尾のその言葉に、栞と九十九はそれぞれ別の意味で驚く。
それでも、栞の方は顔に出さない努力を一生懸命していた。
「す、数十人に追われたんですか?」
九十九はその数に驚きを隠せない。
勿論、相手の力にもよるが、それでも自分ならそんな数から逃げ切れるだろうか?
九十九は実戦経験がほぼない。
そして、彼を指導したのは兄だ。
だから、一般的な基準が分からない。
「ん~、大体、一度にかかってきたのは6,7人ぐらいが一斉にってとこか。それらを叩くたびに次のグループが現れた。流石に10人越えを一度に相手にはできないな。しんどいし」
その言葉はきつくともできないわけではないとも言っている。
改めて九十九は魔法国家との力量の差を思い知らされた気がした。
貴族階級の娘でこれならば、かの国の王族はどれほどのものなのだろうか。
「うん。改めて思い出してみれば、靴、フード、服、マント、全部、黒一色だったな」
「やはり、襲撃には黒なんですね……」
「それって暗殺じゃないの?」
どこかずれた栞の発言に千歳がそう付け加える。
「でも、民族衣装にしては服の形はあんまり統一感がなかった気がする。色だけ合わせたような……。ああ、血糊とかを目立たせないようにってところか?」
栞や千歳があえて避けたような言いにくいことを、襲われた当事者はあっさり口にした。
「で、相手を全滅させるつもりで始めは相手してたけれど、それでも数が減る様子がなかったからな~。残りの魔法力を考えて逃げるようにはしたんだけど……。何度か転移したのは覚えてるんだが、正直、なんでここにいるのかはさっぱり分からないんだ」
「アリッサムはフレイミアム大陸……。一応、このシルヴァーレン大陸の北に位置しているけど……、陸続きではないわね」
「大陸間移動なんて……聞いたことない」
水尾の言葉を受け、千歳と九十九がそれぞれ感想を言う。
「まあね。私だって大陸間移動なんてしたことはないよ。だから、信じてもらえなくても当然だとは思う。だけど、転移門を使ったような覚えはないし、そんな心の余裕もなかったな」
「転移門を使うのならば、もっと知り合いの多いところを目指すでしょうしね」
転移門の使用経験がある千歳が頬に手を当てながらそう言った。
「転移魔法ってどこでも好きなところにいけるわけじゃないんですか?」
「どんな魔法にも限度はある。当人の魔法の力……魔力と、魔法の使用量を決める魔法力とその人間の想像力によって魔法の質は変わるからな」
水尾は栞にも分かるように説明する。
「つまり、魔法の威力……マジックパワーと、魔法の使用回数……マジックポイントみたいな感じ?」
「そこまで間違ってないけど……それで理解されるのもなんか嫌だな」
確認された九十九は少々、疲れたような顔で栞の言葉に返答する。
「で、想像力? イメージを形にってこと?」
「そう。それが契約した後の魔法の基本形。お前みたいに思い込みが激しい人間なら、魔力の封印が解ければ、オレよりは凄い魔法が使えるようになるんじゃねえか?」
九十九はそう言った。
過去の彼女を知っているならそれは言い過ぎではなかった。
かつて、彼自身、何度、彼女の手によって吹っ飛ばされたかは覚えていないぐらいなのだから。
「思い込み。想像力が豊かなほうが有利なのか……。じゃあ、大陸を越えてきたっていう水尾先輩は相当、想像力が豊かなんですね」
そう屈託ないような顔をして少女は笑った。
それを見ると水尾の身体から力が抜けてしまう。
「だから、なんで、そう簡単に信じちゃうんだよ?」
「え? 嘘なんですか?」
同じような台詞を水尾はつい先ほど聞いた気がした。
「嘘じゃねえ。嘘ではないけど……、普通は簡単に信じない。大陸間を転移魔法で移動するなんてありえないことなんだよ。だから、魔界人は転移門を使うんだから」
「先輩の言うことですから」
そう言って再度笑う後輩。
「やっぱり親子……」
それを聞いて千歳だけがくすりと笑った。
「わたしが一般の魔界人とは違うせいですかね~。九十九はどう思う?」
「オレは半信半疑。それなりに戦闘をこなした後でそれだけの力が残っているならそれは桁外れの魔法力を持っているってことになる。でも、否定するだけの材料も今のところはない」
「じゃあ、水尾先輩が凄すぎる可能性は?」
「ゼロじゃねえ……とは言っておく」
あまり認めたくはない事実となるのだが。
「お前たち……、気楽だな。危機感とかねえのか?」
水尾は半ば呆れて言う。
いろいろと考えている自分が馬鹿らしく思えてしまうほどに。
「小難しいこと考えるの苦手ですから。自分が信じると決めたら、わたしは自分の勘を信じることにしています」
「オレはこいつほど楽観的にはなれませんが……、現時点で明確な敵意は兄に対してしか持ってないようなので、いきなりこちらに攻撃の矛先が向く可能性は少ない気がしています」
「私は娘と同じ考えかしら。信じて裏切られたらそれは仕方ないわね。でも、今までにこの勘が外れたことはないわ」
それぞれの根拠を言うが、水尾にはやはりどこか落ち着かないものがあった。
簡単に信じてしまうことに対してというよりは、そこまで簡単に信じてもらえるほど自分が善人だとは思えなかったのだ。
「ところで、ちょっと良いか? 笹ヶ谷弟?」
「九十九です」
その呼びかけが気になったのか、九十九が改めて名前を口にする。
「九十九少年、気になっているんだが、お前ら兄弟って血は繋がってるんだよな?」
「はい、時々言われますが、ちゃんと繋がっているみたいですよ」
「いや~、随分似てないなと思って」
「え? そっくり……、とまでは言いませんけど、結構、二人の顔立ちとか似ていませんか?」
水尾の突然の言葉に九十九は冷静に答え、栞は驚きの声を上げる。
「いや、魔界って人間界ほど顔とかは参考にならないから。親兄弟よりまったくの他人のほうが似ていることだってある」
そう言われると、栞も既に似たような人間を見た。
尤も片方は人間界で出会い、片方は魔界の王子様をしていたわけだが。
「確かに」
九十九は笑って言葉を続ける。
「でも、オレが生まれたときから兄貴は傍にいるんで……、間違いないと思いますよ」
「まあ……、確かにあの人が血の繋がらないヤツを傍に置いて面倒見るようなタイプには見えんけどな」
水尾はそう結論付けた。
「親が生きていたらはっきり証明できるんですけどね」
「え? 笹ヶ谷兄弟の両親って……?」
「もういません。母はオレが生まれて一月で、父は……、3歳の時に死にました」
ごく自然な日常会話のようにそう話している九十九より、その言葉を聞いていた栞と千歳の方が辛そうな顔をする。
「すまん! それは余計なことを聞いた! 許せ!」
話が意外な方向に転んでしまったために、水尾が慌てて謝る。
その時点で、彼女が悪人ではないことを証明しているように見えた。
「良いですよ。隠していることでもありませんし」
黒髪の少年にとって、本当に大したことではないのだろう。
その証拠に彼は笑いながら話していた。
だが、両親が普通に揃っていた水尾にとっては、やはり触れてはいけない部分だったと思えてしまう。
まあ、その両親はいろいろ普通ではなかったのだが。
「水尾さんの方は……、他に連れとかいなかったのですか?」
空気が重いのを察した九十九は、なんとか話を変えようとする。
正しくは、逸れていた道をもとに戻しただけだのだが。
「あ、ああ。あの時、私は一人で祝いの儀から少し離れたところにいたんだよ。あれだけの熱狂的な騒ぎだ。一人ぐらい抜けても問題はないと思ってな」
その一人になった結果がこの様だから水尾としては、笑うしかなかった。
「それで水尾先輩は一人だったんですね……。その、真央先輩も、魔界人……なのですか?」
「ああ、マオも魔界人だ。双子ってのも本当。私たちは2人で人間界に来たんだ」
「え……と……」
その言葉を聞いて、栞は言葉に詰まってしまう。
「高田は……、優しいな」
その意味を察して水尾は笑った。
「大丈夫。私みたいに単独行動していなければ聖騎士団が護りに付いている。ちょっとやそっとじゃどうにかなるはずない」
「聖騎士団?」
漫画に出てくるような単語に栞はそのまま疑問として返す。
「アリッサムの精鋭騎士団のことね。魔法だけでなく法力、剣術にも長けていると聞くわ。この国で言う親衛騎士……、主に城にいる王族、貴族たちを護る騎士団ってところかしら」
水尾の替わりに千歳が答えた。
アリッサムは精鋭騎士団として、魔法と法力のどちらも使える聖騎士団があり、その下に魔法特化型の魔法騎士団があることは、九十九も知識として知っている。
「それなら、真央先輩からすれば、水尾先輩が行方不明扱いってことになるのでは?」
「まあ、当然そうなるな。でも、生きていればそこまで心配することはない。絶対会えるはずだから」
水尾はそう力強く断言する。
「双子だから特殊能力があるんですか? テレパシーみたいな」
「通信魔法は備えてないな。……そうじゃなくて、……魔界では似たような魔気は引き合うって特性があるんだよ。居心地も良いからな」
「ほ~」
水尾の言葉に感心する栞。
だが、そこで九十九が何かを思い出したように口を開きかけ……。
「ところで、水尾さん」
千歳が先に言葉を発した。
結果として、九十九は言葉を遮られた形になったがそこは仕方ない。
「貴女はどこか行くあてがあるの?」
それは、ある意味一番重要な確認だったのだから。
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