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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 過去との対峙編 ~

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安心と安眠を

「それにしても、まさか、また占術師が関わってくることになるとは思わなかったよ」


 九十九から占術師の能力を解説された後、わたしはそう言った。


「お前が直接関わらなければ良い」


 九十九は大きく息を吐く。


「でも、いつの間にそんなに占術師のことを勉強したの?」


 少なくとも、ジギタリスで占術師と会った頃には、彼にそこまでの知識はなかったと思う。


 それに、「自分なりに学んだ」ということは、雄也さんから教えらたわけでもないだろう。


 もし、雄也さんから習ったのなら九十九は隠すことなく、「兄貴から教わった」というはずだ。


 つまりは自学自習だということになる。


「最初にストレリチアで世話になっていた頃だな。占術師の制約とかそういったものを知りたくて、調べたことがある」

「制約?」


 なんでそんなものを調べていたんだろう?


「単に好奇心だ」


 九十九がそう言って笑った。


 自分の好奇心から来た行動だから、特に深い理由はない。

 それに加えて、誰からも頼まれたわけでもないと彼は言っているわけだ。


 恐らく、これ以上は聞くなと言うことだろう。

 そして、聞くなということは、同時にこれ以上話す気はないということでもある。


 素直に別の話題を選んだ方が良いね。


菊江(あきこ)さんが言っていた『占術師』って、九十九が会った人のことなのかな?」


 九十九は水尾先輩と一緒にいた時に、占術師に会ったらしい。


「さあな」


 素っ気ない返答。

 あまり、「占術師」の話をしたくないってことかもしれない。


 うぬう。

 わたしとしては、気になることがどんどん増えていくのに、何も分からないままなので、ちょっとモヤモヤする。


「それより、お前は大丈夫か?」

「ほ?」

「顔色が悪いままだぞ」


 九十九に言われて自分のことを意識する。


 ぬ?

 確かに少し身体が重苦しい。


 体重がいきなり増えたわけではないだろうから、もしかしたら、まだ先ほどの調子の悪さが残っているのかもしれない。


「そのまま寝てろ」


 そう言って、九十九はそこから離れようとするから……。


「ちょっと待って、九十九」


 思わずわたしは呼び止めてしまった。


「どうした?」

「もう戻っちゃう?」


 わたしがそう確認すると……。


「オレが部屋にいたら、寝にくいだろう?」


 少し考えて、九十九はそう答えた。


「いや、わたしは九十九がいても眠れるけど」

「それはそれで、女としてどうなんだ?」


 わたしの答えに九十九は苦笑する。


「九十九は護衛でしょう? だから、主人に安心と安眠を齎してくれる存在であるはずなのです」


 実際、わたしは九十九の傍で寝ることは多い。

 眠らされることも増えたけど。


 だが、このままでは九十九は納得してくれないだろう。


 だから、わたしは一計を巡らせることにした。


「具合が悪いせいか、ちょっと心細いんだよ」

「あ?」

「だから、眠るまで傍にいて欲しいけど、それも駄目? 我儘がすぎる?」


 これでどうだ?

 主人からの要請であり、具合が悪い人間からの懇願でもある。


 さらに、無理矢理頼むのだから、九十九には非がないこともちゃんとアピール!


 わたしの言葉に九十九は天を仰いで……。


「オレが連れ回して調子を崩させたみたいだからな。多少の我儘なら、聞き入れてやる」


 そう言って、椅子に座り直した。


「だが、ここにいるだけだからな。お前の体力を減らすから会話もしないぞ」


 黙って傍にいてくれるらしい。


 でも、それって九十九が退屈だよね?


「それじゃあ、歌は?」

「あ?」

「どうせなら、さっきみたいに子守歌とか歌って欲しいな~って」

「あぁあ?」


 わたしの護衛は、少し柄の悪いおに~さんみたいな声を出しながら、顔を顰める。


「無理なら良いよ。九十九が枕元で歌ってくれたら嬉しいなって思っただけだから」


 どうせなら、九十九の声を聞きながら、気分良く眠りたかった。


 でも、会話も無理なら、九十九の声を聞くことは難しい。


 一方的に声を出してもらうなら、本を朗読してもらうか、歌ぐらいしかわたしは思いつかなかった。


「オレは、お前ほど子守歌は知らん」


 わたしもそんなに知っているわけではない。


 でも、この反応ならそこまで嫌がっているわけでもなさそうだ。


「それじゃあ、何でも良いから歌って」

「オレの歌なんか、平凡だぞ」

「それでも良いから」


 それに、九十九の歌が平凡?

 そんなわけないでしょう。


 わたしよりも歌が上手いことは間違いないし、何よりとても良い声なのだ。


 先ほどシオンくんを抱っこしながら歌う姿なんて、もう、本当にお金を払っても良いほど幸せな一時(ひととき)だった。


 あの場に菊江(あきこ)さんがいなければ、思わず、「紙と筆記具! 」と叫びたかったほどだ。


「へいへい、仕方ねえなあ……」


 そう言いながらも九十九は歌い始めた。


 それは人間界にて、男性2人の音楽ユニットが歌い、わたしは観ていなかったがドラマの主題歌にもなった歌だと聞いている。


 だが、その歌のチョイスは、仮にも寝台にいる人間の傍で歌うものとしてはどうなのだろうか?


 ハードロックや、ヘビメタよりはマシだと思うけど、テンポが結構速い歌で、本来なら、ギターとかで賑やかな歌だ。


 九十九は基本的に気遣う人だが、時々、ずれていると思う。

 いや、わたしが気遣われていないだけか?


 そして、人間界でカラオケに行った時に、九十九が最初に歌ったのはこの歌だったことは覚えている。


 ちょっとビックリしたのだ。


 カラオケってその人の意外な一面をみることができたりするよね?


 つまりは、九十九の好きな曲……ってことなのかな?


 でも、あの時よりずっと声が低くなっているので、前に聴いた歌とは全然違って聞こえるのは不思議だ。


 そして、男性にはきつそうな高さだけど、よく歌えるものだと感心する。


 わたしは地声が高いから、ある程度の常識的な高さまでは歌えるけれど、低くは歌えないのだ。


 低すぎると声が出なくなってしまう。

 音域が広い人は羨ましいね。


 そんな風にのんびり思っていたけれど、わたしはこの歌の歌詞をしっかり覚えていなかったから、気を抜いていたのだ。


 なんと!

 歌詞の後半に「君が好き」と入っていた。


 いや、人間界の歌の歌詞って、「好き」とか、「愛」とか、「LOVE」とか普通に使われていたことは覚えている。


 それでも九十九の声でそれを口にされると破壊力があった。


 前向きではあるけれど、ラブソングと呼ばれるジャンルの歌ではないので油断していたのがいけない。


 それは勿論、歌の歌詞なので自分に向かって言われたわけではないし、歌詞の流れ的に、どちらかと言えば友情に近い意味だと分かっていても、ちょっと照れくさくなってしまったのだ。


 九十九が歌いきるまでに、なんとか平静を装うことに全力を尽くすこととなった。


 昨日話していたような愛を歌ったバラード系の歌じゃなくて良かったと、心の底から思いながら。


「ありがとう。でも、いくらなんでも、今の歌は子守歌からかけ離れ過ぎだと思うのだけど……」

「オレは子守歌は覚えてねえって言ってるだろ。それに、この歌、高低差はあるし、あ段の母音を伸ばすから喉を開きやすいんだよ」


 どうやら、今の歌はわたしに聴かせるというよりも、ボイストレーニングの意味合いが強かったらしい。


 少しだけほっとする。


 ぬ?

 でも、それって、これからまだ歌ってくれる予定ってこと?


 しかも、喉を開いて歌うって、ここはカラオケじゃないのにどれだけ本気で歌うつもりなの?


「オレの歌を聴きたいって言ったのは栞だからな?」


 ぬ?

 さらに九十九の瞳が妖しく光ったような?


 何故に?


「寝るまでたっぷり聴かせてやるから覚悟しておけ」


 覚悟?

 寝る時に聴かされる「歌」ってそんなに大袈裟なモノだっけ?


 そんな混乱しているわたしに九十九が歌ってくれたのは、安定と信頼の「愛」が詰まりに詰まった濃厚なラブソングメドレーでございました。


 これはっ!?


 脳がっ!?


 融ける!!

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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