占術師の能力
「大丈夫か?」
九十九が心配そうにわたしの顔を覗き込む。
そんな彼に対して、あまり大丈夫じゃないと、そう言えたら、どれだけ楽だろうか?
菊江さんとシオンくんの2人から離れた後、九十九はすぐにわたしと連れて、その場から移動魔法を使ったのだ。
そして、そのまま、連続移動。
目まぐるしく変わる周囲の景色と、さらには、移動魔法独特の気配に何度も包まれ、わたしはさらに視界を揺らした。
そんな状態に気付いた後、九十九は迷わず、わたしを抱え上げたのだ。
以前のように「担ぎ」ではなく、最近はすっかり「抱え」が増えた。
先ほどまで見ていたシオンくんのような横抱きは、乳児ならともかく、一応、小さくはあるが成人女性の身ではしっかりお姫さま抱っこと呼ばれるものになる。
最近、こんな扱いが増えたけれど、九十九の顔が急接近するような状態に慣れるはずがない。
視界は移動のためにぐるぐる回るし、思考は緊張と混乱のせいでぐるぐる回っている。
結果……、わたしは、宿泊施設に戻るなり、自分が借りている部屋の寝台に突っ込まれ、そのまま九十九に看護されることとなった。
いや、九十九が悪いわけじゃないのだ。
彼が、移動魔法を連続で使ったのにも、ちゃんと理由があったことは分かっている。
菊江さんの執着みたいなものが、嫌悪ではなく好意から来るものだったとしても、これまでのことからわたしに対して害が全くないとは言えない。
そして、彼女がこの町の有力者の身内である以上、ちょっと強く出られたらその要求などを拒むことは難しい面がある。
だから、九十九が警戒するのは正しい。
自分たちの後を付けられないように、何度も移動魔法を連発するのは当然だろう。
宿泊先という休息地としている拠点にまで押しかけられても困るから。
そして、わたしたちを泊めてくれているこの宿泊施設にまで迷惑が掛かってしまうのも申し訳ない。
ただね。
九十九に抱えられるのはどうも慣れない。
まだ抱擁や腕を組む方がマシなのだ。
どれも緊張はするけど、そこまで九十九の顔を見なくて済むから。
抱えられると、顔の角度的に逸らすのは不自然だし、次々と、景色が変わっていくから、できるだけ変わらないものを見たいとも思う。
でも、九十九の顔をじっと見続けるって、目の保養にはなるけど、同時に距離が近すぎて緊張してしまうのだ。
九十九は、絶世の美形ってわけではないが、中性的な顔立ちで、もう少し背が低くて細ければ、女装が似合うぐらいの要望である。
何より、もともと九十九の顔はわたしの好みの系統に属する。
それで、全く緊張するなというのが無理だろう。
それに、まあ、あちこち触れていると、嫌でも、彼が殿方だってことを意識させられるわけですよ。
実際、これまでにいろいろされたり、したりしているわけですし?
ゴツゴツした手とか、わたしを持ち上げてもブレない両腕とか、固い胸筋とか、がっしりした両肩とか、それを繋ぐ鎖骨のラインとか、綺麗な首筋とか、不思議なタイミングで動く喉仏とか、尖っている顎とか、短く息を吐きだす口元とか、時折強く結ばれる唇とか。
……いかん。
わたしの思考が変態ちっくだ。
平常心、どこ行った?
帰ってきて!
そんな風に周囲の景色とともに思考もあちこちへと飛んで、そのまま、いろいろなものをぶん投げた。
深く考えるのをやめたともいう。
それまで緊張していた身体から、完全に力を抜いて、なるようになれとばかりに九十九の首元に顔をこてりと倒して、目を閉じた。
その結果、いつものように過保護な護衛の出来上がりである。
「気分はどうだ?」
そう問われたので……。
「気持ち悪い」
素直にそう答えると、九十九は露骨にその端整な顔を歪める。
それでも、完全に崩れることのないその顔は素直に羨ましい。
「悪い。ちょっと移動魔法を繰り返し過ぎたな」
そもそも、一般的に移動魔法はそんなに何十回と連続でできるようなものではないらしいが、それができてしまうのがこの青年である。
わたしの額に手を当てて……、治癒魔法を使ってくれたようだ。
それだけで、思考が少し落ち着いた気がするのは何故だろう?
わたしは九十九から手渡された飲み物を口にする。
ミントのようにすっきりした味で、先ほどまであった気持ち悪さも軽減された。
わたしは一息吐くと……。
「そんなに追っ手が厳しいの?」
九十九にそう問いかける。
「追っ手はいなかったが、巡回隊があちこちにいたから、できるだけ姿を印象付けたくなかったんだよ」
そう言えば、この町は今、巡回隊が増員されているらしい。
その理由は先ほど聞いたばかりだった。
「ああ、例の……、『占術師追っかけ隊』ね」
「なんだ、そのネーミング」
九十九が呆れたように笑う。
「そんなに占術師って囲いたいものかな?」
占術師は別に主人の願いを叶えるなどの能力があるわけではない。
確かに特別な能力ではあるのだけど、それは、起きるかもしれない未来の可能性を口にするだけのもの。
どんなにその能力が強くても、自分が期待した未来を保証してくれるわけではないし、もっと悪いことを口にされてしまうことだってあるのだ。
「首輪というよりも鈴を付けたいんだと思うぞ」
「鈴?」
九十九の言葉で、なんとなく、頭の中に猫が出てきた。
「占術師を手元に置いて操縦するというより、誰かの監視下にない場所で余計なことを口にされないようにしたいんだと思う」
「……というと?」
「その能力はともかく、占術師を名乗る人間が自分の知らないところで、自分が管理しているモノに対して少しでも悪い話を予言されてみろ。その真偽が分からないまま、風評だけが広がるのは火消しにも苦労する」
九十九が言うには、その能力の強さに関わらず、「占術師」というだけで、その人が口にする言葉はある程度、信用されてしまうらしい。
厄介なのは、「占術師」は「神官」のように職業の名称ではあるのだが、法力が使えなければ認められない神官と違って、誰でも名乗れる点にある。
ある意味、「商人」みたいなものらしい。
尤も、口から出まかせを言う者の言葉など本来なら信用はされないけれど、人間界の詐欺師のように人を騙すことに長けた人なら、それっぽく振舞うことは可能なのだという。
そんな人から、「あの店は将来潰れる」みたいな噂を流されたら、潰れる要素がなくても本当に潰れてしまうのは想像に難くない。
だから、「占術師」を名乗る人間がいたら、大火事になる前に、その火元となりそうな部分を探そうとするらしい。
その能力の真偽については、自分の手の中に収めてから検証しても遅くはないということである。
それでも、「占術師」と騙る人間は少ないそうだ。
万一、自分の嘘を信じられて……、探されて、その結果、王族や貴族たちの前に引き立てられてしまえば、あらゆる意味でもう逃げられなくなってしまう。
どこの世界でも同じだが、他人を騙すことは大小の差はあっても罪である。
そして、それが絶対的な上位者相手だったとしたら……?
それを想像するだけでも、わたしでもゾッとする。
「九十九は、菊江さんが言っていた占術師の能力の違いって知ってる?」
「まあ、オレなりに学びはしたが、それが正しいかは分からん」
九十九によると、「未来予知」は時を越えて、未来を知る能力だという。
そこには神の力が働いているらしく、実際にその未来へ渡っているのではないかとまで考えられているそうだ。
中には神の依り代となって、その言葉を伝えることもあるとか。
まさに、わたしが知っている占術師の一人であるリュレイアさまがそんな感じだった。
あの方がその雰囲気を豹変させ、不思議な言葉を口にしたことは、今でも思い出せるほどの衝撃だった。
そして、「未来予見」は、「夢視」の一つである「未来視」に近い能力だと言われているらしい。
勿論、いちいち夢を視るわけではなく、なんらかの形で未来の映像を垣間見るそうだ。
白昼夢という形で「未来視」をしているのかもしれない。
そうなると、目を開けたまま「予知夢」を視る感じなのかな?
でも、現実の視界と混乱しそうだと思う。
「未来予測」は、自分の周囲にある視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、魔力感知などの情報を様々な部分から無意識に収集し、統合、分析して、確定に近い可能性の高い未来を志向する能力だという。
それだけ聞くと、誰にでもできそうに思えるだろうが、これは通常の情報収集と違って脳内で意識せずに行われているため、当人の思考とは別の結論が出ることが多いらしい。
そして、その性能の高さは、「未来予知」や「未来予見」に匹敵することもあるそうだ。
ある意味、天賦の才というやつだろうか?
そして、最後の「未来予想」。
これは、「未来予測」よりも精度が劣るけれど、似たような能力だという。
やはり、これまでの情報を無意識に収集した上で、起きる可能性の高い未来を予想する能力らしい。
脳内で勝手に情報収集しているという点では「未来予測」と同じでも、積み重ねられた情報をもとにした緻密な確率計算によるものではなく、大多数は推測による補完であるため、当人の意識に左右されることもある。
まあ、つまり、ほとんど「勘」とも考えられるかもしれない。
それでも、この世界の人間の六感は侮れないので、馬鹿にはできない能力だろう。
まあ、それを「占術師」の能力だと言われても、ちょっと首を捻りたくはなるのはわたしだけかな?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




