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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 過去との対峙編 ~

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願いを込めて

「シオンがシオちゃん先輩みたいに素敵な人間になれるように、願いをかけていただけませんか?」


 そんなことを、自分の中学時代の後輩から言われて、すぐに反応できるような人間ではなかった。


「ほへ?」


 いつもの調子で、そんな奇妙な言葉をうっかり口にしてしまう。


「……アックォリィエ様。『願掛け』を願う相手はもっと選ばれた方が……」

「私は、シオちゃん先輩が良いの! ちょっと変わったところがあるのも愛嬌!!」


 九十九の言葉に対して、噛みつくような反応をされた。


 その途端……。


「ふえぇえぇえええぇ~」


 力の抜ける声がこの場を支配する。


 菊江(あきこ)さんの声にシオンくんが驚いてしまったらしい。

 だけど、母親って凄い。


 菊江(あきこ)さんはわたしの後輩の顔から、瞬時に母親の顔となってシオンくんをあやしている。


 わたしも、母からあんな風に育てられたんだろうな。

 なんとなく、目の前の母子を見ながら、そんなことを考えた。


 わたしは、自分の小さい頃の記憶を封印してしまったらしい。


 自分の記憶にある「高田栞」としての始まりは、小学校入学前、6歳の誕生日だった。

 実際は、もっと前に人間界に行って記憶を封印しているそうだけど、しっかり覚えているのはその日だである。


 はっきりと聞いていないけれど、九十九たちが人間界へ行ったのは、雄也さんが7歳の時だったと聞いている。


 雄也さんは人間界でいえば、松の内……、一月初旬生まれだ。

 そうなると、年が明ける前だった可能性もあるだろう。


 何故、自分の記憶に数カ月の時差があるのか分からないけれど、小学校入学前の子供の記憶って、そんなものなのだろう。


 ふと横を見る。

 九十九もその姿を見ていた。


 彼は生まれてすぐに母を亡くしたと聞いている。


 今、どんな気持ちでこの二人を見ているのだろうか?


「ねえ、九十九」

「なんだよ?」


 どこかぶっきらぼうな反応。


 でも、いつもの九十九だ。


「さっき言っていた『願掛け』って何?」

「ああ、オレも詳しくはないが、乳児期に両親や、祖父母などの尊属血縁、貴族などの身分や地位の高い人間、神官など徳の高い人間などの能力のある人間に抱き上げられ、撫でられると、少しだけ能力が向上することがあるらしい」


 詳しくはないという割に、九十九はすらすらと口にする。


 でも……。


「神官って……、徳が高いっけ?」


 わたしは首を捻った。


 大神官や一部の神官たちはともかく、わたしが知る神官の全てが優れた人格者というイメージはない。


 寧ろ、最近、その評価は悪化した。


 何も悪いことをしていない女性や、アリッサム城だった建物を自分の欲のために汚した中に神官がいた可能性が高いって時点で当然だろう。


「……世間一般では低くはないと思うぞ」


 九十九は苦笑いをしながらもそう答えてくれる。


 それでも、一部が全部とは言わないが、良い印象を抱けるはずもない。


 それはともかく……。


「能力向上……、ねえ……」


 強化魔法みたいなものだろうか?


「まあ、感応症の一種だろうな。自分より上位の魔力や法力を持つ人間と接することによって、体内魔気が刺激されるんだと思う」


 なるほど。


 人間界でよくある縁起担ぎのような感じだと思っていたけれど、魔界人にとっては、ちゃんと根拠もある話なのか。


「因みにわたしがやっても能力向上すると思う?」

「……お前は自分の肩書きを考えて物を言え」

「どれも、背負った覚えはないんだけどな」


 気が付けば父親に知られることになってしまった「王の娘」にしても、いつの間にか背負わされた「聖女の卵」にしても、自分で背負いこんだわけではないのだ。


「少なくとも、オレより上位者だ」

「上位者……」


 その言われ方はなんだか嫌だった。


 わたしは九十九を下に見るつもりはないのに。


「まあ、こういったのは気持ちだ。あまり、深く考えるな。お前がやりたくなければ、やらなければ良い」

「そうだね」


 その願掛け……、縁起担ぎみたいなものでも、母親が抱っこして欲しいって願うなら、それに応えることは悪くないだろう。


 それに、あの柔らかな生き物をまた抱っこできるというのは素直に嬉しい。


「抱っこしてあげても良い?」

「やりたいならオレは止めん」


 九十九は少しだけ不機嫌そうにそう言った。


 あまり賛成ではないらしいが、反対はしなかった。


「シオちゃん先輩、シオンが落ち着いたので、抱っこをお願いしても良い?」


 菊江(あきこ)さんが再び、シオンくんをわたしに向けたので、わたしは素直に抱っこをさせてもらった。


 それだけで頬が緩む。

 赤ちゃんってなんで、こんなに可愛いんだろう?


「顔」

「……分かってるよ」


 思わず、九十九から注意をされてしまうほど変な顔をしているらしい。


「えっと、このまま、撫でれば良いんだっけ?」


 わたしは菊江(あきこ)さんに確認する。


 その「願掛け」というのが、九十九がさっき言った通りならそれで大丈夫だよね?


「どうせなら、シオちゃん先輩の可愛い声で、歌ってくれたらもっと嬉しいです」

「ほへ?」


 菊江(あきこ)さんの更なる提案に首を捻る。


 歌?


「シオちゃん先輩が歌っている時の声って、すっごく、可愛いから久しぶりに聴きたいっていうものあります」

「歌?」


 最近、歌のリクエストをよくされるなと思いつつ、九十九を見た。


「……大丈夫か?」


 それに気付いて、小声で確認してくれる。


「銀の装飾品を付けてるから、多分、大丈夫だよ」

「何を歌うつもりだ?」

「せっかくだから、子守歌を少々?」


 歌うなら、それが一番良さそうだ。


 わたしの「子守歌」は、大聖堂の「教護の間」で、多くの子供たちを寝かしつけているからそこまで悪くはないと思っている。


 あの島でもスヴィエートさんから何度もリクエストされたし。


 ただ小さいながらも魔法耐性がありそうなシオンくんに、わたしの歌で寝かしつけの効果があるかは分からない。


「子守歌……。その時点で嫌な予感しかない」

「あの島じゃなければ、大丈夫だって恭哉兄ちゃんも言ってたよ」


 あの「音を聞く島」は、精霊族の血を引く人たちが暮らしていた。


 その上、あの時は王族たちも集まっていたのだ。

 そのために、あの領域の大気魔気(源精霊や微精霊たち)にかなりの影響があったことだろう。


「九十九が周囲に結界を張ってくれているでしょう? だから、大丈夫だよ」

「……気付いていたか」


 わたしと菊江(あきこ)さんの会話の邪魔をさせないためだろう。


 この周囲には、薄っすらと、不自然じゃない程度に周囲に九十九の魔力の気配に覆われている。


「種類は分からないけれど、この周囲の気配が違うことは分かるよ」


 あの踊っていたおね~さんたちが立ち去った後、菊江(あきこ)さんとわたしが会話を始めた頃に、周囲の空気が変わった気がしたのだ。


 そして、気付けば、九十九の気配に包まれていた。


 但し、わたしは九十九の気配はよく分かるのだけど、それがどんな種類の結界かはわたしには分からない。


「この結界は魔法防止ではなく、人除けだ。割と上手くやったつもりだが、栞に気付かれるようならオレもまだまだだな」


 そうは言うけど、微かに九十九の気配を感じなければわたしには分からなかった。


 わたしがたまたま、九十九の魔気だけに敏感だから気付いただけの話だ。


 同じように他人の魔力の気配に敏感な魔法国家の王女殿下たちの目を欺くのは流石に無理だと思うけれど、普通の人は気付けないんじゃないかな?


「じゃあ、大丈夫とは思うけど、念のため一時的に風魔法特化と外に気配が漏れない結界に変えてもらえる?」


 人除けでは駄目だろう。


 あの島ではないから歌ってもあれだけの効果が出ないとは思っているけど、万一のことがある。


 用心に越したことはない。


「分かった」


 九十九はそう答えながら、わたしが抱っこしているシオンくんに目を向けた。

 その瞳があまりにも優しい気がする。


 九十九って実は子供好き?


 自分が父親になることは考えたこともないと言っていたけど、この様子を見ても、やっぱり、彼は良いお父さんになれそうな気がする。


 そう考えると、自然と笑っていた。


 うん。

 人間界の子守歌より、良い歌を思い出した。


「張り直したぞ」

「ありがとう」


 流石に結界の種類が変わり、周囲の気配が変わったことに気付いたのか、菊江(あきこ)さんは少し、目を見張った。


「シオちゃん先輩……。これは……?」


 わたしは彼女の声に答えるよりも先に歌を紡ぐ。


 ―――― 長く暗き夜


 ―――― 闇を灯す明るき光はここにあり


 ―――― この腕にある我が愛し子よ


 ―――― 罪なき無垢な魂はそのままに


 ―――― いずれかの御許に導かれるその日まで


 ―――― 今は安らかに眠り給え


 これは、この世界で生きようとする子供に向ける歌。


 そして、十数年ほど昔、とある母親によって繰り返し歌われた、幼き兄弟へと向けられたメッセージでもある。


 ―――― ほの暗き()(とき)


 ―――― 闇を照らす静けき光はここにあり


 ―――― この腕にある我が愛し子よ


 ―――― 穢れなき心をそのままに


 ―――― いずれかの御許に導かれるその日まで


 ―――― 今は穏やかに眠り給え


 わたしはまだ母親になったことはない。


 だが、もし、この先、母親になることができたとしたら、我が子に向けてこの歌を歌うことになるだろう。


 この歌を聴いて育てば、かなり良い男に育つことは間違いないのだから。


 ―――― 暗き時は終わりを迎え


 ―――― 遥けき空も


 ―――― 豊かなる大地も


 ―――― 新たな始まりを告げる


 ―――― 輝きに満つる朝


 ―――― 闇を払う眩しき光はここにあり


 ―――― この腕から離れし愛し子よ


 ―――― 強きその魂はそのままに


 ―――― いずれかの御許に導かれるその前に


 ―――― 今、ここに立ち上がれ!



 歌い終わった時、ずっしりとした重みを感じた。

 シオンくんは眠ってしまったようだ。


 この歌は、わたしが歌うと、最後に妙な気合が入ってしまうのだけど、それでも起きる様子はなかった。


 そして……。


「し、シオちゃん先輩の歌……。前よりずっと綺麗になってる……」


 そんなどこか唖然としたような声がわたしに届いたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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