お高い男
「シオちゃん先輩の護衛って、子育てまでするの?」
「いえ、別の仕事で聖堂の奉仕活動をした経験があるだけですよ」
シオンくんを縦抱きにした菊江さんと九十九が普通に会話している。
それがなんとなく不思議な感じがした。
そして、九十九は嘘を言っていない。
いつもの護衛任務の延長ではあるけれど、「聖女の卵」の付き添いで、大聖堂の「教護の間」と呼ばれる孤児院のような施設で、孤児たちと触れ合っていたのだ。
その時は自分も大変だったから意識していなかったけれど、わたしに付き合って手伝うことになった九十九も結構、大変そうにしていた覚えがある。
だけど、先ほどおむつ交換をする九十九は、随分、手慣れた感じがした。
まるで、既に子供がいる父親のような動きだと言っても過言ではない。
勿論、そんなはずはないのだけど。
「そう。給金を今の倍出すから、シオンの護衛をする気はない?」
「ふわっ!?」
とんでもない提案をされた。
でも、そう言いたくなった気持ちは分かる。
それだけ、わたしの護衛は有能なのだ。
それは少し接しただけでも理解できてしまうほどだということなのだろう。
「御冗談を」
九十九は微かに笑った。
「あら、私は結構、本気なんだけど?」
「まず、素性の知れない男を子守りとして雇うのは、『シガルパス=テグス=リプテルア』卿の許可を得られるとは思いません」
シオンくんは、菊江さんの息子ではあるけれど、同時にこの町の管理者であるシガルパスさんという方の長男……嫡子である。
そんな思い付きで雇えるとはわたしも思っていない。
「そうね。でも『まず』と言うからには、他の理由もあるのかしら?」
「はい。こう見えて、私は高いのです。元王族であっても常時、雇えるかは難しい所でしょうね」
「へぇ」
九十九が挑発的に笑うと、菊江さんの表情にも楽し気な色が浮かんだ。
わたしの護衛がどれほどのものか、気になったらしい。
……うん。
お高いらしい。
具体的な金額こそ知らないけれど、それだけは知ってる。
多少値切るが、高価な食材やお酒を買うのに躊躇はないし、薬草や魔石だって安くはないのに、必要となれば、彼らは平気でまとめ買いをする。
以前、トルクスタン王子の紹介で泊まることになった「ゆめの郷」の高級宿泊施設に、集団で連泊したというのに、九十九の私財にはまだ余裕があるそうだ。
セントポーリア国王陛下はどれだけ、彼らに支払っているのだろうか?
「一体、お高い貴方は、一日いくらぐらいなのかしら?」
「これぐらいですね」
そう言いながら、九十九はわたしの前に立って、菊江さんだけに何かを見せると……。
「嘘!?」
そんな叫びがあった。
「嘘と言われましても……。私はこの国の雇用事情を知らないので、それがどれだけのものかは分かりません。付け加えるならば、それが基本給で、他にも手当てがいろいろと付いているみたいですが、そちらについては上司に任せています」
上司って……、この場合、雄也さんだよね?
「ちょっ!? 他国の給金って……、こんなにするの? 一日で?」
「アリッサムでも、カルセオラリアでも、年数と勤務時間、仕事内容からすれば、妥当な金額とは言われましたよ。ああ、ストレリチアでは、もっと高め設定にするから主人ともども雇われないか? と王族から言われたこともありますね」
水尾先輩や真央先輩、トルクスタン王子は適正価格と言ったらしい。
わたしの面倒を見るのはそれだけ大変だと言うことか。
ストレリチアの王族は王子殿下と王女殿下のどちらがそう言ったのだろうか?
多分、王女殿下かな?
そして、わたしには絶対に教えないと言われているので、わたしが彼らの給金を知ることはないのだろう。
「し、シオちゃん先輩って……、実は、かなりのお嬢様?」
「少なくとも、人間界に行ける程度の身分や立場があると言えば、納得していただけるでしょうか?」
「そう言えば、そうだったあああああああっ!!」
菊江さんは叫んだが、わたしの場合、国の許可は得て滞在していたわけではないので、なんとも複雑な心境になる。
まあ、セントポーリア国王陛下の血を引く娘だと、その王本人に知られてしまった今。
わたしの身分は公認されないであることは変わりないが、その立場は格段に上がったことは間違いないだろう。
さらに、わたしは「聖女の卵」ともなっている。
それによって、九十九たちはそのストレリチア……、正しくは大聖堂からも給金を受けるようになったと聞かされたのはごく最近の話だ。
受け取り口は雄也さんのため、九十九はその詳細を知らないらしい。
でも、弟の稼ぎを猫糞するような人ではないため、いつかのために取っているのだろうとなんとなく思っているので、わたしも彼に言う気はない。
「しかも、アリッサム、カルセオラリア、ストレリチア……。中心国ばかりなんて……」
うん。
わたしもそこはおかしいと思う。
でも、知り合いがそんな人ばかりだから、仕方ないよね?
「それ以外なら、ジギタリス、セントポーリア、イースターカクタスにも王族に知り合いがいますよ」
嘘じゃないね!
ジギタリスには楓夜兄ちゃんがいる。
一緒に旅をした仲だ。
しかも、セントポーリアとイースターカクタスなんて、国王陛下と会話した仲だったね!
「ジギタリス?」
だが、中心国であるセントポーリアやイースターカクタスではなく、シルヴァーレン大陸にある国の一つである、ジギタリスに反応された。
菊江さんは少し考えた後……。
「………………もしかして、シオちゃん先輩って、占術師?」
顔を上げて、何故かそんなことを問われた。
「「は? 」」
わたしと九十九の声が重なる。
「いえ、ジギタリスは割と、高名な占術師が生まれやすいと聞いてるから……」
その言葉で、黒い髪の占術師のことを不意に思い出した。
その占術師はわたしの目を見て微笑んだ。
そして――――?
ぐらりと視界が揺れた気がして……。
「残念ながら、主人は違いますよ」
すぐ近くから、そんな声が聞こえた。
そして、自分の肩には力強い手。
「そんな先を読める能力があれば、先ほどまでの会話がおかしいとは思いませんか?」
視界が大きく揺れ、倒れかかったわたしの肩を掴んで、支えてくれる右手があった。
「占術師は自分のことは占えないのよ」
事情を知らなければ、明らかに護衛対象に引っ付きすぎている護衛を見て、菊江さんは、眉を顰める。
「それも知っていますよ。ですが、自分の周囲を視て、他者の言動を予測し、危険を察知することはできるとも聞いています」
だから、一部の占術師はなかなか見つからないと聞いている。
その中の一人が、かの有名な「盲いた占術師」。
別名「暗闇の聖女」とも呼ばれる人物だ。
彼女はどこの国にも所属していないため、探すことが本当に難しいとされている。
世界中に手の者が潜んでいる情報国家も追うことができず、小耳に挟んだところ、世界各地に聖堂というネットワークがある大聖堂もその行方を掴み切れないそうだ。
仮に、何かの導きにより運良く向こうから接触があったとしても、言いたいことだけ言うとすぐにその姿を眩ますために、「追うだけ無駄です」と大神官である恭哉兄ちゃんすらそう言っていた。
「そうね。そう簡単に見つかれば、苦労はないか」
菊江さんはシオンくんをぎゅっと抱き締めながら、溜息を吐いた。
「でも、シオちゃん先輩が本当に占術師なら、どんな手を駆使してでも、絶対に逃がさないのに」
「それでは、占術師ではない我が主人は見逃していただけると言うことでしょうか?」
「本当に嫌な男」
九十九の言葉に菊江さんは苦笑する。
でも、その顔には嫌な感情はないような気がした。
「シオちゃん先輩が各国の王族たちと繋がりを持っているような人みたいだから、ただの管理者の妻でしかない私の立場では、無理強いはできないことは確かね」
力なく菊江さんは笑いながら、わたしに向き直る。
「シオちゃん先輩」
「は、はい」
そこには何故か、力強い意思を感じた。
「改めて、シオンを抱いてくれますか?」
「へ?」
「さっきも言ったように、シオちゃん先輩は私の理想なんです」
そう言いながら、菊江さんは笑いながら、シオンくんをわたしに差し出す。
「だから、シオンがシオちゃん先輩みたいに素敵な人間になれるように、願いをかけていただけませんか?」
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