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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界新生活編 ~
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襲撃された魔法国家

「魔界の記憶が無いことが問題って……、そうなんですか?」


 栞はきょとんとした顔のまま問い返す。


 普通に考えても、自分の記憶がわずかでも欠けていることを知れば動揺するものだが、この辺り、ある意味では大物なのだろう。


「当たり前だ! どの辺りがないのか分からないが、魔界に関する記憶がないってことは、下手すれば魔法を使えないってことじゃねえのか?」

「まったく使えませんよ」

「それでよくそんなほけほけしていられるな!」


 生まれたときから魔法が身近にあって、それを使いこなすことが当然だった水尾にとって、それは天地がひっくり返るほどの驚愕だった。


「その怖さもこいつは覚えていないんです。本当に何も知らない。だから、そんなアホ面下げて森で迷子になったりもする」


 九十九の言葉に水尾はぽかんと口を開ける。


 なるほど……、彼女の呑気さはその辺にもあるならかなり納得はできる。

 水尾の後輩はある意味、魔界では赤子も同然なのだ。


 実際、魔界で魔法が使えなくてもそこまで問題になることはない。


 現に水尾の身近にも、魔法国家に生まれながら魔法の行使を苦手とする人間はいる。

 だが、そういった人間は例外なく様々な方法で護りを必要とするものだ。


 それが道具であったり、人であったり……。


「ああ、二人の関係はそういうことか。魔法を使うことができない幼馴染の高田を少年が護っているってわけだな」

「な!? 何故、幼馴染ってことが!?」


 少し前の千歳の発言から、雄也の幼い頃を知っているということが分かった。


 だから、水尾は母娘、兄弟の彼らが幼馴染の関係である可能性は高いと思ったのだ。


「単に主従の関係にしては、妙に親近感を漂わせているから変だと思ったんだよ。でも、そういうことなら分かる気がする」


 その台詞をどう受け止めたのか、栞も九十九もそれぞれ奇妙な顔をして見せた。


 恐らくは、「妙に親近感を漂わせている」という言葉が引っかかったのだろう。


 水尾の納得はある意味当然のことだ。


 彼女たちの間に明確な主従の関係があれば、周囲の目にもっと分かりやすく上下関係が見えることだろう。


 人間界にいたときは不自然じゃないように親しく見せることが求められても、魔界に還れば、はっきりと身分を意識しなければならない。


 ところが、この二人からはそんな堅苦しさを感じない。


 そこにはいろいろと複雑な背景があるのだが、そんな事情を水尾が知るはずもなかった。

 それに、2人が幼馴染だということも間違っているわけではない。


 尤もそのことを、片方は覚えていないのだが。


「まあ、そんな感じね。正しくはこの娘が魔界に関する記憶と魔力を封印することになったので、幼馴染である彼らが護っているという感じかしら?」

「記憶だけでなく魔力も封印? それで……、魔気も……。でも、何故!?」

「さ、さあ? 過去の自分のことはさっぱり分かりません」


 掴みかかるような勢いの水尾の言葉に対して、曖昧に答える栞。


 だが……。


「その子が妾腹(しょうふく)だから。本妻から逃げるために、目立たないようにしたの。そうして、人間界へ落ち延びたのよ」


 さらりと千歳はとんでもない発言をした。


「はい!?」

「母さん!?」

「千歳さん!?」


 誰もの心の準備をすることもなく、言い放たれた爆弾発言に、水尾、栞、九十九の三人がそれぞれ驚きの声を上げる。


「私、人間なのよ。魔界で生まれていないの」

「は!?」


 今度こそ水尾の思考は真っ白になる。


 彼女が何を言っているのかが一瞬、本気で理解できなかった。


「気が付いたら、魔界にいた。だから、先ほどの貴女の気が付いたらここにいたという話も信じられる」

「え? でも……、先ほどは魔法で……」


 水尾は戸惑いを隠せない。


「人間でも魔法は使うことができるらしいわね。そもそも地球で魔法が使いにくくなるのも、魔界ほどの大気魔気が濃くないだけで、人間が魔法を使えないというわけでもないらしいから」

「じゃ、じゃあ、私は……」


 人間が魔法を使えなくもないということは、水尾も知識としては知っていた。


 だが、ただの人間に僅かな時間でも、この意識を奪われたというのは水尾にとっては信じがたいことである。


 アリッサムの人間は他国に比べ、多少なりとも魔法に対する抵抗力が高いという自信があったからだ。


「この国では出自が知れない人間が貴族の本妻になる可能性はないわね。でも、その子は別の話。魔界では魔力が強ければ、父親の血が濃ければ落胤(らくいん)であっても本筋の子を陥れることは珍しくはない」


 ショックを受けている水尾に構わず、千歳は言葉を続けていく。


「元々、地位に拘るつもりはなかった過去の娘は、本妻の厳しい疑いの目を避けるために、自ら封印して抵抗の意思を見せないようにしたの」

「は、はぁ……。高田は今よりかなり慎重だったということですね……」


 重要な秘密を隠そうともしない千歳の話に、水尾はさらに動揺して、釣られるかのようにそう言ってしまった。


 その言葉に九十九は吹き出し、栞は頬を膨らます。


「じゃあ、高田にも分かりやすい言葉で話した方が良いか。人間界の言葉……なら分かるんだよな?」

「はい、分かります」


 そう答える栞はいろいろと複雑な面持ちをしている。


 だが、その横で九十九は感心していた。


 千歳が一番肝心なところを上手くぼかしたからだ。

 貴族の妾腹ということにしておけば、これ以上の追求は恐らく来ない。


 貴族の身分、爵位とかは国によって異なるからだ。


 九十九自身、「公爵」と「侯爵」がこの国でどちらが上かなんて基本的なことも時々分からなくなる。


 加えて、「妾腹」という言葉自体が重要な秘密という意味を含んでいる単語であるため、それ以上の大きな隠し事がある可能性まで頭の及ぶ人間はそう多くないだろう。


 これも千歳のさばさばした性格、言動があるからこその手段であって、同じような話を自分がしたところで巧く誤魔化す自信はないのだが。


「えっと……、アリッサムって国の一番上の王女の誕生パーティーの真っ最中に、謎の集団が襲撃してきたといえば伝わるか?」


 水尾は考えて、できるだけ人間界の言葉に直した。


「……それなら、伝わります」


 伝わるけれど、いろいろ省略、簡素化されたため話自体が軽い印象を受け、かえって栞にはその話の重さが伝わらなくなった気がする。


 でも、小難しい話をされて意味が分からなくなるよりはその方が良いだろう。

 後は、九十九に確認すれば良いだけの話だ。


「謎の集団……。国とか、せめて出身大陸とかは分からなかったのですか?」


 九十九はアリッサム襲撃の話を聞いてからずっと気になっていたことを尋ねる。

 そして、これは兄も気にしていることだろう。


 アリッサム……、魔法国家とまで言われる国の人間が、それだけ他人の魔気に対して鈍感だとは思えないのだ。


「混乱していたってこともあるんだろうけど……、正直、私にもよく分からなかったんだよ。なんか、その場の乱れもあったが、魔気自体がごちゃごちゃして、混ざっているような気はした。なんかの魔法で自分たちの魔気か、私たちの感覚を混雑させていたのかもしれないな」


 水尾はその時のことを思い出しながら、口にする。


 あの感覚は、今までにないもので、今も水尾自身は首を捻りたくなるのだ。


「アリッサムといえば、城を中心とした結界城下都市という話を聞いていたけど……、それは機能しなかったの?」


 千歳は別の視点から質問をする。


「結論から言うと、結界が機能した気配はなかったです。城下町まで広がる結界は通常、悪意を持って触れた瞬間に発動すると聞いています。私は専門ではないので巧く説明できないのですが、対象者の体内魔気に作用する王家の秘術だということでした」


 水尾は少しずつ、それぞれの質問に答えていく。


 その言葉に嘘はないようだが、隠されたことはあるだろうと九十九は判断した。


 命を救われた相手とはいえ、誰もが馬鹿正直に本当のことを全て語るものではない。

 それを九十九は知っているのだ。


「は~、やっぱり護りの結界というものが、あったんですね。えっと、つまり、城下に入る時に悪いことを考えたらいけないんですね」

「あ~、その辺は結界を展開した時にどう設定したかによるかな。ただ城下内に入っても上限以上の悪い思考を持った瞬間に発動するはずだ。そうじゃなければ結界の意味がない」


 水尾は冷静に状況分析をする。

 先ほどまでと比べても、随分と落ち着いてきたようだ。


「……ってことは、結界を張っていた魔法具……魔力が込められた道具が壊れた可能性もありますね」


 栞にも分かるように言葉を考えながら、九十九がそう言った。


「少年? なんで魔法具を使って結界を展開したと思った?」


 何気なく言った九十九の言葉に、水尾が少し反応する。


「いや……、この国は自然結界があってその上で城を建設したらしいですけど、魔法国家は城を中心として城下に広げていたわけですよね? つまり、人工的結界である可能性が高いんじゃないかと。あれ? オレ、何か間違えてますか?」

「……いや、そこまで外れてはない。ただ……、そうか、結界を展開していた魔法具の場所を把握されていた可能性はあるのか」


 水尾はじっと考え込んだ。


 彼女は両手を前で組み、ぐっと握り込む。何か思うところがあるのだろう。


「あの……、わたし、魔気とかそういうのはさっぱりなんですけど……、襲撃相手からはそれ以外の特徴って何かなかったですか? 白い特攻服のような格好だったとか、黒子のように()()()()()()()()()()()とか」


 栞は恐る恐る尋ねる。


 そして、栞がその質問を選んだ意味を……、九十九は誰よりも正しく理解して、彼は思わず息を呑んだのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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