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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 過去との対峙編 ~

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集団舞踊

「昨日とは違う人たちだね」


 朝から九十九と露店区画をあちこち巡り、お日さま(ナス)もそろそろ本日最高点に差し掛かるという頃。


 わたしは、飲み物を片手に広場の中央にある長椅子(ベンチ)に九十九と並んで座り、目の前の人たちの動きをぼんやりと見ていた。


 何も考えずにぼーっとできるって、ちょっとした贅沢な時間だよね。


 広場は昨日と同じように賑やかだったが、その場を賑わしている人たちは、昨日と全く違った。


 歌っている人はいるが、昨日のようなラブソングではなく、風景を歌ったような歌で、それに合わせて、色とりどりの衣装を着た女性たちが優雅な舞を披露している。


 その華々しさによって、明らかに昨日と見ている人たちの反応も違って、その舞の周囲を邪魔にならない範囲にいるために遠巻きではあったが、見入っているのがよく分かる。


「なんとなく、『神舞』みたいな動きだな」


 同じように舞を見ていた九十九が呟いた。


「ん~? でも、わたしが知っている『神舞』とは動きがちょっと違うかな」


 確かに纏っている布をひらひらさせているところは似ているけど、それだけだ。


 「神舞」の動きには一つ一つ意味がある。

 それらの動きは神に捧げられるものだから。


 まあ、わたしが知らない「神舞」の可能性もあるけれど、少なくとも、神さまに祈る動きが全くないので、「神舞」とは違うだろう。


 でも、何故か、その動きに奇妙な既視感があって、目を逸らせない。


「今も練習しているのか?」

「うん。動かないと忘れちゃうからね」


 九十九の問いかけに舞を見ながらわたしは答えた。


 勿論、「神舞」を忘れないように練習していても、わたしは「神女」になる気などない。


 それでも、この先もストレリチア城や大聖堂に行く機会があるなら、「聖女の卵」として、「神舞」を舞うことになる。


 そのために、練習は最低限しておかなければならない。


 目の前の女性たちほど華麗な動きはできなくても、「聖女の卵」が舞うことに意味があるらしい。


「何の舞だろうな」

 九十九も分からないらしい。


 つまり、この地域独自の……、民族舞踊みたいなものだろうか?


 でも、薄手の布を手にして、くるくると回る姿は何かを思い出す気がした。


「……?」


 思い出す?

 わたしは、先ほどからずっと、この踊りをどこかで見たことがある気がしている。


 それは一体どこで……?


 でも……。


「どうした?」

「ここで前後移動して前と後ろの入れ替え……」

「あ?」


 そんなわたしの呟きに合わせたかのように、目の前の人たちが入れ替わった。


「次に、前が両膝を立てて座り、両腕をクロスして、横の人と手を握り合って波のように見せる」


 ―――― 手を握りあう時に、布まで小さく握り込まないように!!


 そんな声が耳に蘇った。

 布を握り込んでしまうと、ひらひら感がなくなってしまうのだ。


「お、おい?」


 そんなわたしの記憶と、前にいる人たちの動きが一致する。


 歌われている歌の方は、わたしの記憶にない。

 でも、この動きは覚えている。


 夏休みが終わって、まだ暑さが残るあの場所で、多くの観客たちに見せるために、何度も繰り返し練習した動き。


「布を広げながら左右の人たちが交差するように大ジャンプ」


 すると、二手に分かれた人たちが美しい笑みを浮かべて、次々と交差するように飛んでいく。

 これが偶然の一致とは思えない。


「栞は、この舞を知っているのか?」

「知っているも何も、わたしが中学時代に体育祭でやった集団舞踊(マスゲーム)の動きと同じだよ」


 ああ、九十九は別の中学校だから知らないのか。

 でも、この動きは水尾先輩も真央先輩も知っている。


 別の場所で見ていたら、わたしのように反応しているかもしれない。


 学年ごとの創作ダンスは毎年、流行りの音楽などによって動きは変わっていたけれど、この全校生徒が一斉に踊る集団舞踊(マスゲーム)は、担当する場所は変わるけれど、基本的な振り付けはほとんど変わらなかった。


「中学の……、か」

「体育の先生がまた気合を入れて指導してくれたんだよね。でも、一年生の時はこの細かい動きがなかなか覚えられなくて大変だったよ」


 男子生徒たちは組体操をして、女子生徒は目の前の女性たちのように布を使って踊るのだ。


 個人的にはダンスよりも、男子生徒たちのように組体操をしたかった。

 あの当時は確か有名な映画音楽に合わせて踊っていた覚えがある。


 そのBGMの違いだけではなく、中学生の未熟な踊りと違って、この女性たちの動きが美麗すぎて、同じものとは思えず、すぐに気付くことができなかった。


 まるで、わたしとオーディナーシャさまの「神舞」の違いを見せつけられている気分になるのは何故だろうか?


「オレたちも全校生徒の踊りはあったが、こんな派手派手しくはなかったぞ」

「派手派手しいって……」


 確かに目の前の女性たちは華やかだが、わたしたちの時は、こんなにひらひらした天女の羽衣を思い出させるような衣装ではなかった。


 文化祭ではなく体育祭の演舞だ。

 つまり、学校指定の体操服でやるに決まっているじゃないですか。


 手にしていた布も、こんなに幻想的な色合いではなく、キラキラしい光を放ってもいなかった。


 残暑厳しい秋口に行う体育祭にそんな眩しさは要らない。


 布はツルツルのナイロン製で青、白、赤のトリコロールカラーで、体操服のズボンの腰に挟めて持ち歩き、必要な時に必要な色を出すようになっていた。


 うっかり皆と違う色を出してしまうとかなり目立つ。

 一年生に多い失敗だった。


 逆に三年生は慣れたことと、卒業アルバムに残される可能性が高いために、布の色を間違えるようなうっかりさんはいなかったと記憶している。


 皆、失敗の記録を残さないように必死だった。


「まあ、お前たちの中学の集団舞踊(マスゲーム)での舞と同じなら、偶然とは思えない。恐らく、同じ中学出身の人間が輸入したってことだろうな」

「そうだろうね」


 一つ二つの動きが似ているならともかく、意識してみれば、完全に一致していることは分かる。


 そして、これだけの動きが、大人ばかりとはいえ、昨日今日の練習でできるとは思えない。


 恐らくはもっとずっと前からやっていたのだろう。


 そうなると、わたしたちがこの町に来たことと関係なく、この人たちは踊っているということだ。


「良いものを見た」


 誰が、何のためにこの踊りを教えたかはともかく、素直にそう思えた。


「良いもの……なのか?」


 九十九が不思議そうな顔をする。


「良いものだよ。自分たちの動きって周囲は見えるんだけど、全体は見たことなかったんだよね」


 もとの踊りは、全校生徒数百人規模による集団演舞だった。

 下手でも、数がいればそれだけで迫力がある。


 だが、この場にいる人数はあの頃よりもずっと少ない。


 それでも、不自然じゃないように舞い手たちを配置し、動きも微妙にアレンジされているところも凄いと思う。


 そして、最後に中央に集まり、次々と花が開くように布を広げ、後ろに反ってフィニッシュ!


 人数が少なくても、動きの大きさが違えばここまで綺麗に見えるのか。


 でも、中学時代に人前でダンスするって結構、恥ずかしいよね?


 わたしが知っている踊りと同じなら、これで、終わったと思うのだけど、周囲はどうしていいのか分からないというような様子で、きょろきょろしている人や、じっと踊っていた人たちを見たままの人がいる。


 踊った人たちは微動だにせず、フィニッシュの姿勢のままだった。


「この世界って拍手の文化はある?」


 賞賛の意を示すのに、拍手する以外の方法をわたしは知らない。


 そして、わたしの周囲には人間界を知っている人しかいなかった。


「あるぞ。だから、好きなだけ叩け」


 九十九がそう言ってくれたから、わたしは煩くない程度に拍手をすると、踊っていた人たちが少しずつ、体勢を崩していく。


 それを合図に、離れた場所から大きな歓声が上がり始め、わたしよりももっと激しく拍手する人たちも現れた。


「この世界は、あまり娯楽がないから、あれで終わりかどうかが分からなかったみたいだな」


 なるほど、やはり、声を上げていいタイミングが分からなかったのか。


 その歓声の中、集団にいた焦げ茶色の髪、黒い瞳の綺麗なおね~さんが、こちらに向かって歩いてきたので、なんとなく、ベンチから立ち上がる。


「ありがとう、可愛らしいお嬢さん」


 そう言って、わたしに向かって一礼。


 でも、何故、御礼?


「貴女が手を叩いてくれなければ、もう少し、あの体勢を維持しなければいけなかったわ」

「こちらこそ、素敵な踊りを見せていただいて、ありがとうございます」


 わたしは、裾を軽く持ち、足を引いて、礼をする。

 幸い、スカートに似た服なので、それなりの礼には見えるだろう。


 だが、その礼を見てそのおね~さんは……。


「ああ、貴女がアックォリィエ様の……」


 と、不思議な言葉を漏らした。


 ……アックォリィエさま?

 どなたですの?


 でも、この町でわたしのことを知っているような人がそうゴロゴロしているとは思えなかった。


 つまり、その名はあの後輩の本名……魔名なのだろう。


「目的の方が、ちゃんとご覧になってくださったようで良かったわ」


 そんなわたしの複雑な心境など、何も知らないおね~さんは、また一礼した。


 そして……。


「ね? アックォリィエ様」


 と、わたしの背後に呼びかける。


「え!?」


 振り向いたわたしは、さらに驚くしかなかったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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