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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 過去との対峙編 ~

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この世界の教育

 九十九と一緒に昨日とは違った露店を回る。


「串焼き!!」


 わたしはそれを高く持ち上げる。


 手渡されたのは、牛の串焼きみたいな食べ物だった。


「掲げるな。行儀が悪い」

「長い物って掲げたくならない?」

「掲げたくなっても実際にやるな。しかも、ここは屋外だ。誰が見ているか分からん」


 今日もわたしの護衛は素敵に無敵なオカンです。


「でも、こんなに大きな串焼きって贅沢だよね~」

「この世界には魔獣がいるからな。割と肉は全体的に大きい」


 魔獣はこの世界の食糧事情にも貢献しているらしい。


 でも、わたし、魔獣って、未だにまともに見た覚えがないんだよね。


 つい最近遭った海難事故の原因になった海獣も、寝ていたから見ていないし、気付いたらあの島にいたし。


「なんの魔獣か分かる?」

「これは、多分、『馴鹿の魔獣(ライドンイエ)』だな。雌だと思うが……」

「ライドンイエ?」

「人間界で言えばトナカイに似ている。雌雄ともにヘラジカのように広がるような角の生えた鹿だ」

「おお、トナカイ」


 ヘラジカの角は分からないけれど、トナカイなら写真や絵で見たことはある。


 でも、トナカイって、なんとなく赤い鼻のイメージがあるのは、クリスマス時期に思い出す、あの歌のせいだよね?


「大きさは、雄が平均7メートル強」


 毎度ながら、さらりとトンデモ情報が追加される。


「その時点でわたしが知っているトナカイとは違うのだけど……」


 そして、それは角込みの大きさでしょうか?

 7メートル強って、かなりの大きさだと思うのですよ?

 人間界の二階建ての家がそれぐらいじゃなかったっけ?


「雌は平均9メートル弱」

「しかも、雌の方が大きいとか!!」


 そんなものに襲われたら、泣く自信があるよ?


「その大きさで捨てるところがないんだよ。だから、狩猟人気があると聞いている。肉は美味いし、毛皮は温かいし、角は魔法具のもとになる。血も臓器も簡単な加工で薬になる」

「この世界の人たちって逞しいよね」


 そんな大きな相手に立ち向かうとか。


「まあ、『馴鹿の魔獣(ライドンイエ)』はスカルウォーク大陸と、ウォルダンテ大陸にしかいない」

「スカルウォーク大陸にいた時に、そんな魔獣と出会わなくて良かったよ」

「まあ、栞はまだ魔法に慣れてないからな」


 そこじゃないことに気付いてください。


「九十九は魔獣と戦ったことはあるの?」

「ガキの頃に、ミヤが捕獲したヤツと何度か戦わされていたな。野性の魔獣と戦ったことはまだない」

「ほか……?」


 あ、あれ?

 なんか不思議な言葉が聞こえた気がする。


「そこは召喚獣じゃないの?」

「召喚獣は契約者の力量に左右されるし、契約者の意思に従うものだから、どうしても野性味がなくて、魔獣と戦う意味がないって言っていた覚えがある」


 九十九がどこか嬉しそうに言っているが、そこは懐かしさで微笑むところではない気がするのはわたしだけ?


 それって、九十九は野性味のある魔獣と戦ってきたってことだよね?


「その中でも、風耐性が強い、『風来鳥(トファード)』って魔鳥がかなり手強かったな」

「風耐性が強いって時点でわたしが勝てる気がしないのだけど」


 しかも、九十九が手強いとか言うのだ。

 絶対に無理だろう。


「4歳と6歳の兄貴でも倒せるような相手だぞ」


 彼らの師であるミヤドリードさんは、そんな幼子(おさなご)たちになんてことをさせていたのでしょうか?


 確かに彼らは情報国家イースターカクタスの王族ではあるから、多少は大丈夫かもしれないけど。


「よく、無事だったね」

「まあ、あの当時からオレは『治癒魔法』が使えたからな」


 つまり、その当時、怪我はしているわけだ。


 こういった教育ってこの世界では普通なのだろうか?


 分からない。


 そして、わたしが、もし、親になった時、自分の子にそんなことができる?


 無理だろう。

 思わず、溜息が出てしまった。


「どうした?」


 その溜息に九十九が反応する。


「いや、その教育方針は一般的なのだろうか? って思っちゃって……」

「どうだろう? あの城にいた頃、他の人間はやってなかったから、多分、ミヤがスパルタなだけだと思っているけど……」


 九十九の話では一般的ではなさそうだ。


「その当時のわたし(ワタシ)はどうだった? 同じように教育されていた?」

「見たことねえな」


 記憶を封印する前のわたし(ワタシ)を知っている九十九が見ていないなら、やはり、そんな教育を受けていないのだろう。


「お前の場合は、城下の森で魔法をぶっ放すが基本だったからな」

「城の契約の間ではなくて?」


 記憶を封印する前のわたし(ワタシ)も、幼いと言っても仮にも王族であることは間違いない。


 そうなると、契約の間でなければ、魔力が漏れて大騒ぎになってしまうのではないだろうか?


「城下の森には特殊な結界があったからな。森の中にいれば、どこかで大気魔気が乱れるのも分かるが、外からは分からないんだよ」


 そう言えば、方向感覚が狂うとかなんとか?


「セントポーリア城下の森は、リヒトと出会った『迷いの森』みたいな場所だと言えば、分かるか?」

「分かる」


 確かに初めてわたしが魔法を使えるようになった時、暫く、あの場所で魔法の練習をした覚えがある。


 肝心のわたしの魔法はほぼ上達せず、的となってくれた九十九の魔法耐性を上げただけのような気もするのは気のせいでもないだろう。


「そうなると、九十九は、自分の子にそんなことはしないってことだね」

「自分の……、子……?」


 何故か、不思議そうに見返された。


「九十九だって、いずれは誰かと結婚するんでしょう?」


 わたしにそんな話が持ち上がるのと同じように、同じ年の彼だってそんな話が出てもおかしくはないのだ。


 それより年上である雄也さんが誰かを選ぶっていうのはちょっと想像できないけれど、九十九ならば、誰か一人を選んで愛するイメージならしっかりできる。


「考えたこともねえな」

「そうなの?」

「自分の子を持つ未来を想像したこともない」


 九十九は眉間に皴を寄せながらそう言った。


「そうなの? 良いお父さんになれそうだけど」


 自分に対する扱いを考えれば、彼は自分の娘を溺愛しそうな感じがする。


「自分に父親がいないからイメージできん」

「あ……」


 迂闊だった。


 九十九は3歳で父親を亡くしていると聞いている。

 母親に至っては、生まれて間もない頃だとも。


 そんな彼が、幸せな家族生活なんて簡単に思い描けるわけがないのに。


「なんか、ごめん」

「いや、考えたこともないだけだから、お前は気にするな」


 九十九は本当に気にしていないかのように笑う。


 わたしも父親はいないものとして育ってきた。

 でも、父親像というのは考えたことぐらいある。


 まさか、実際の父親が、見た目が若すぎて、兄でもおかしくないような方だったというのがなんとも言えない所だ。


「ほら、気にせず、もっと食え」


 さらに別の串焼きを渡された。


 なんとなく、焼き鳥で言うネギマのように野菜っぽいのと肉が交互に刺されている。

 でも、刺された野菜はネギではなく、小型のピーマン……、シシトウみたいに見える。


 食べ歩きなので、周囲を気にせず(かぶ)り付くと、九十九が満足そうに微笑んでくれた。


 味は塩焼きっぽいけど、美味しい。


「シシトウみたいだけど、思ったより辛くないね」


 そして、見た目はピーマンに似ているけど、食べた感触はオクラみたいで、少しネバつきを感じる。


 オクラは好きだったから大丈夫だけど、苦手な人は苦手だよね。


「シシトウ……? ああ、確かにこれは見た目が獅子唐辛子に似ているな」

「お肉の方は鶏肉?」

「いやこれは、海獣だな。珍しい」

「海獣?」


 それは、船に突撃してくるようなヤツでしょうか?


「人間界で言うと、甲羅があって、亀? に似ている」

「亀!?」


 この世界の人は、亀まで食べちゃうの?


 いや、人間界で食されていたスッポンは亀だったか。


 あれ?

 スッポンって食べるんじゃなくて、血を呑むんだっけ?


 漫画で読んだ知識だからはっきりしない。


「『甲羅を持つ魚(クックアード)』という名前の海獣だ。体長は平均で15メートル。甲羅から出ている時はゆらゆらクラゲのように揺れて、甲羅に顔と尾びれを隠すと、凄い勢いで回転する」

「名前が『料理する(クック)』なのに料理されちゃうのか」

「お前、時々、どうでもいいところを気にするよな」


 海獣という時点で身体の大きさは予想していた。


 そして、亀のような甲羅はあっても、尾びれって言葉でその体は魚成分が強いことも理解できる。


「まあ、なんでも気にせず食ってくれるところは助かるけど……」

「料理されている以上、ありがたく食べる以外の選択肢はないよ」


 無駄にしたくもない。


 それに……。


「ストレリチア城で食べさせられた虫の形が残っていた料理に比べれば、元が分からないように調理されている生き物なんて、食材でしかない」


 わたしは過去に食べた料理を思い出す。


「ああ、アレはオレも悪かった」


 九十九がストレリチア城にて王女殿下にやった悪戯のようなものが巡って、わたしに回ってきただけの話。


 不味くはなくても、その食感は今でも忘れられない。


「今度は原形を残さず、アレを若宮に食わせてみせる!!」

「いや、ワカの料理に虫を使うの、止めてあげて!!」


 気付かれた上、その料理が自分に回ってくる未来しか見えないから!!


 あるいは、その時に気付かなくても、それがバレた後で、わたしに怒りが向く気がしたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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