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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 過去との対峙編 ~

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【第90章― 過去と未来を繋ぐ今 ―】大人の女性と呼べる年代

この話から90章です。

よろしくお願いいたします。

「中央の広場に?」

『そう。昨日も全部見たわけじゃないし、どうせ、暇だろ?』

「暇だけど……」


 いつもは暇になるとわたしの方からお願いするのに、九十九の方から申し出があるのはちょっとだけ珍しい気がした。


 通信珠が鳴ったのは、起床後、朝食前の時間帯。


 本日の朝ご飯をどうしようかなと迷っている時に、九十九の方から通信してくれたのだ。

 だから、朝ご飯の話だと思ったのだけど、どちらかといえば、その後の話だった。


「朝ご飯はどうするの?」

『外で食う』


 残念ながら、九十九の手料理ではないらしい。

 まあ、それでも良いけど。


 九十九が案内してくれるところなら、外れはないからね。


「また露店区画で食い歩き?」

『お前はどちらが良い? 露店区画なら見れば分かるし、商業区画の店でもいくつか良い所はあるらしいぞ』

「露店区画の方が自分で選べるワクワク感があるから、そっちで良い」


 商業区画のお店も気になるけど、どうせなら、現物見て選ぶ方が楽しめそうだ。


 そうなると、歩きやすい靴、動きやすい服装かな。

 昨日、九十九から買ってもらった服の中から選ぼう。


『それじゃあ、少し経ったら迎えに行く』

「分かった。案内、よろしく」


 互いにそう言って、通信は切れる。


 なんだろう?

 同じ通信珠を使った会話ではあるけど、なんとなく昨日とは違う気がする。


「……っと、九十九が来る前に着替えなければ」


 わたしは九十九と違って、一瞬で着替えることができない。


 昨日、九十九から渡された包みの中から服を引っ張り出して、自分の身体に当てて鏡に映してみる。


 目の前にある鏡に映っている自分は、分かりやすく、頬と口元を緩ませていた。


 九十九から買ってもらった服を、九十九と一緒に出掛けるために身に着けるって、なんとなく妙な気恥ずかしさを覚えてしまうのだ。


「深い意味はない、深い意味はない」


 自分に言い聞かせるようにそう繰り返す。

 本当に九十九からすればただの護衛任務なのだ。


 暇になると気分転換をしたくなる困った主人のために、今回は先手を打って声をかけてくれただけ。


 だけど、そんなちょっとした気遣いは素内に嬉しいと思ってしまう。

 我ながら単純だよね。


 九十九が主人に対して良からぬことを企む系な悪い従者じゃなくて本当に良かったと思う。

 そのおかげで、わたしはのんびりしていられるのだから。


「こんな感じかな?」


 上に薄い桜色のブラウス。


 そして、下は胡桃色で昨日、穿いていたのと似たようなキュロットスカートを長くしたものを選ぶ。


 この色合いは、どことなく人間界の有名な粒チョコレートを思い出す。

 上がイチゴ味のチョコ、下がミルクチョコレートのお菓子。

 あのお菓子を心なしか薄い色にしたような組み合わせとなっている。


 いや、完全にアルファベットのAっぽい形をしていないからセーフだ、セーフ!!

 そして、多分、そこまで珍妙な組み合わせでもない!!


 そう思って、黒のハイソックスに慣れた靴を履く。


「よし?」


 ロングスカートっぽいシルエット。


 どことなく中学生が背伸びをして見えるような?

 そう思いかけて、いや、18歳でも背伸びも何もと思い直す。


 背は低いけど、年だけは相応に重ねている。


 確かに周囲からは子供っぽい扱いをされることも多いけど、一応、もう大人の女性と呼べる年代なのだ。


 大人と言っても、まだまだ入り口だけど。


「髪型を変えてみる?」


 中学生のまでは、自分で髪を整えていたのだ。

 しかも、今よりずっと長かった。


 だから、これぐらいの長さならなんとかできる。


 せっかくだから、九十九から貰ったヘアーカフスを使おう。

 使い方は何度か見たから、多分、大丈夫。


 化粧は、無理。

 そこまで気合を入れるのもちょっと変だしね。


 でも、なんだろう?

 九十九から整えられるのと別の意味でドキドキする。


 これは、自分にも他人にも厳しい九十九から、ダメ出しを食らう可能性があるからだろうか?


 まあ、ダメな時はダメな時ってことで。

 その時は改めて、九十九から綺麗にしてもらおう。


 そうして、久しぶりに頑張った結果……。


「栞が自分で髪を上げているのは、最近では珍しいな」


 そんなごく普通の感想をいただきました。


 つまりは、可もなく不可もなく。

 まあ、褒めてくれるとは思っていなかった。


 九十九がやった方が上手いのは分かっていることだし。


「自分でやってみたのだけど、変? 変なら、九十九が直してくれる?」


 わたしがやったのはごく普通のポニーテール。

 頑張ったけど、久しぶりに自分でやると難しかった。


 最近は自分の髪型すら九十九に頼り過ぎているのがよく分かるね。


「いや、変じゃねえよ。綺麗にできている」

「ほぎょうっ!?」


 そう言いながら九十九が髪を持ち上げるから、変な声が出た。


 いや、ただ髪を持ち上げられただけなのに、なんとなく首から背中にかけて優しく擽られたように背筋がゾワゾワしたのだ。


「ああ、悪い」


 わたしが奇声を発したというのに、気にせず、九十九は持ち上げた髪を下ろしてくれた。


 いつものことだと思われたのだろう。


 九十九がわたしに触れること自体は珍しくはないはずなのだけど、髪のセットでもないのに、髪の毛だけに触れるというピンポイントだったためか、いつもと感覚が違ったのだ。


「崩れてないから大丈夫だぞ」


 九十九は本当に気にしていないようだ。


 そのことにほっとする。

 他意なく触れているのに、突然、奇声を上げる女って嫌だよね。


「でも、自分でやるなんて器用だな」

「九十九だってできるでしょう?」


 器用さで言えば、九十九の方が遥かに上だ。


「オレの髪では長さが足りないから無理だな」


 そう言いながら、九十九は自分の後ろ髪を掴む。


 少しだけ指の隙間から黒髪が出るけど、馬の尻尾(ポニーテール)と言えるほどの長さはない。


「髪を伸ばすのは苦手なんだよ」


 兄である雄也さんはストレリチア城に行く時に一度切った後、また伸ばしているが、九十九はある程度伸びてきたら割とすぐに切っている。


 わたしは肩より少し長いぐらいをキープしていた。

 結べる程度の長さである。


 流石に中学生の頃のように、腰までの長さは無理だ。

 水尾先輩と魔法の模擬戦をする時に避ける自信がないから。


 魔法勝負を考えれば、もっと短いショートの方が良いと思うけど、髪の毛をある程度伸ばしていた方が、ヘアスタイルも変えやすいというか、九十九が手をかけてくれるというか……。


「そうなのか。似合うのに」


 わたしは素直にそう言った。


 実際、九十九が長い髪になったのを何度か見たことがある。


 ストレリチア城に行く時に見習神官の姿に変装してワカを油断させた時と、ストレリチア城下で、女装をした時だ。


 もとが整っているから長くしても似合うし、何より同じ系統の顔をしている雄也さんだって似合っている。


「長い髪だと戦う時に、邪魔なんだよ」

「ああ、分かる気がする」


 似合うかどうかよりも、基準が邪魔か、そうでないかというところが九十九らしい。


 どこまでも護衛魂。


 長い髪は掴まれたりするだけでなく、火で焼かれてしまうと災難なのだ。


 髪の毛自体は魔法耐性が高いため、火炎系の魔法でも簡単に燃えるわけではない。


 でも、その火炎系の魔法が別のところに燃え移り、魔法ではなくごく普通に生じる燃焼という現象に変わると髪の毛に火が付きやすくなってしまうそうだ。


 その辺り、ちょっと不思議だよね。

 魔法耐性に関係なく、髪の毛が可燃性の物であることには変わりないと言うことだろう。


「どうした?」

「髪の毛って可燃性だよねと思って……」

「パーマでもかけたいのか?」


 かけたいとわたしが望めば、かけることができちゃんだろうな、この有能な護衛は。


「いやいや、今の髪で満足しているから大丈夫だよ」

「そうだな。せっかく綺麗な髪だ。大事にしておけ」


 この護衛はさらりとそういうことを言う。


 でも、そこに他意はない。


 そして、この髪の艶やかさは九十九によって守られているものだ。

 人間界にいた頃、自分で手入れしていた頃よりはずっと栄養状態もよく、綺麗だから。


 つまりは、そういうことなのだろう。


 少しだけ頬に熱を感じながら、わたしはそう思い込むことにしたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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