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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 過去との対峙編 ~

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望まれたから

「そんなわけで、一応、動いたぞ」


 オレは兄貴に報告書を渡すと……。


「お疲れ」


 兄貴はそう言って労った後、報告書に目を通し始めた。


「あと、その場に居合わせた水尾さんに、オレたちが栞や千歳さんに『好き』だと言えば死ぬって話を聞かれた」

「……何故?」


 オレの言葉に兄貴は露骨なまでに訝し気な顔を見せる。


「あの思い込みの激しい女にはそれぐらいの言っておいた方が良いと思ったし、身近にいる人間も一人ぐらいは知ってくれた方が、気は楽だろう」


 あの時、何故か水尾さんにも知って欲しいと思った。

 そこに深い理由はなかったと思う。


「楽になるのはお前だけだ。全く関係のない他人にまでそんな重い物を背負わせるな」

「重いか?」

「命の懸かった約定を軽く考えられるお前の気が知れん」


 兄貴が報告書を見ながら、わざとらしく溜息を吐く。


「後の理由としては、万一のための保険だな」

「保険?」


 兄貴は顔を上げて、オレを見る。


「万一のことがあっても、納得できるだろ?」

「万一のこと……とは?」

「今後、オレの口が滑らないとも限らない。うっかり栞に本音を漏らす可能性だってある。それなら、水尾さんには悪いが、兄貴以外の人間が誰か一人ぐらい知っておくべきだとも思った」


 オレがそう言うと、兄貴は複雑な顔をする。


 オレは栞といる時間が長い。

 その間にも、少しずつだが、想いは募っていく。


 ふとした瞬間に抱き締めたくなったりするのはそれが原因だ。


「陛下に進言して、『命呪』の解呪を願うか?」

「兄貴らしくねえ言葉だな。陛下に向かって『栞に惚れたから、「命呪」を解いてくれ』って言って、それが果たされると思うか?」


 それが簡単に為されるなら、始めからそんな「呪い」は施さない。


 傍にいると危険だと判断されたからこそ、施された「絶対命令服従魔法」だ。


 それなのに、栞に想いを告げたいから解いてくれと(こいねが)うなど、自分勝手な望みであり、意味もない行いだろう。


「そんなことを口にすれば、このまま危険な人間として、護衛を解雇された上、栞から引きはがされるだけだ。オレはそれだけは避けたい」


 あのセントポーリア国王陛下は記憶を封印する前とは違った形で、栞の価値を見出している。


 栞は、セントポーリアの王子として収まっているダルエスラーム王子よりもずっと魔力の強い王族であり、千歳さんの愛娘だ。


 国としても、王としても、父親としても簡単には手放したくはないだろう。


 しかも、情報国家イースターカクタスの国王が気に入って、構いたくなるような魅力のある女に育っているときたもんだ。


 様々な方面からいろいろな手駒としての価値もあるのに、一介の護衛が思慕を抱いて傍にいるなど許されない。


 そして、オレは、今、栞から離れるのは嫌だった。


 彼女自身から傍にいて欲しいと願われたのだ。

 これからもずっと護って欲しい、と。


 「オレで良い」ではなく、「オレ()良い」と。

 オレたち無しではこの先、生きていける気がしない、と。


 オレは酷く栞を傷つけたというのに、それでも、彼女はオレを望んでくれたのだ。

 その願いに応えない理由はない。


「確かにお前の色情を知れば、陛下は彼女の護衛から外す可能性が高いな」

「色情って言うな」


 間違ってはないけど。


「最近のお前の言動が目に余るものがあるから言っている」

「目に余る?」

「主人に許されているのを良いことに、護衛の範疇を越えすぎだ。忍ぶつもりがあるなら、もう少し控えろ」


 そう言われる理由には、心当たりしかなかった。

 確かに護衛としてよりは、男として栞に接する方が増えている。


 それでも、栞自身には気付かれていないのだけど。


「本人が許してくれているなら良いんじゃねえのか?」


 嫌がられているならともかく、そんな様子はないのだ。


 それなら、そのギリギリを攻めたくなるのは当然だろう。


「阿呆。婚儀の話が持ち上がるような女性だというのに、わざわざ醜聞のネタを周囲に与えるなと言っているのだ」

「今、持ちあがっているのは、既に醜聞を持った相手だろ?」


 トルクスタン王子によれば、その血縁者は、以前、婚約破棄をされたと聞いている。


 既に傷のある相手だ。

 個人的にはそんな傷を持っている相手との婚姻はあまり認めたくはない。


「相手に傷があるからといって、こちらも同じ場所に堕ちる必要性などない。何より他者を理由にして、己の行いを正当化するな。見苦しい」

「ぐっ!!」


 痛い所を突かれる。


「あまり、主人の優しさに甘えるな」

「分かってるよ」


 その自覚はある。


「どうだか」


 兄貴は鼻で笑った。


「だが、今、お前に抜けられるのは正直痛い。少しでも主人の役に立ってから存分に死ね」

「死ぬことが前提ってどういう話だ?」


 しかも、「存分」の使い方がおかしいと思う。


「『今後、口が滑らないとも限らない』のだろう?」


 それは、先ほどオレが言った言葉だった。


「どんな形で『自死』を選ぶことになるかは分からんが、主人の心に傷を残すような無様は晒すなよ」

「こればかりはな~」


 勢いとかそういったものもある。

 約束はできない。


「いっそ、何も言えないようにその口を縫っておくか」

「それは却って栞に疑われると思うぞ。それに、その理由をどう説明するんだよ?」


 オレは苦笑する。

 オレの口が縫われていたら、栞は気にするだろう。


 そこまで周囲に無関心な女ではないのだ。


「俺からの仕置きと言えば、彼女は納得してくれる」


 その理由ならば、本当に納得しそうで怖い。


 そして、兄貴なら本気でやりかねないのがもっと恐ろしい。


「それより、報告書は読んだか?」


 オレは慌てて、別の話題に切り替える。


「ああ、ある程度、状況も分かった。よくここまで聞き出せたな」

()()()()と分かれば、ある程度の人間は、気を許し、その口が軽くなるみたいだからな」


 そうすることで互いに新たな情報を得ることができる。

 その心理をオレは利用しただけだ。


 小学5年生から6年生までの栞については語ることに困らないし、最近の栞に関しても、私生活を少し語るぐらいならば問題になる部分はない。


 人間としての栞に隠す部分は何もないし、魔界人としての栞は隠匿しなければならないものが多すぎるが、日常部分においては貴族にも見えないごく普通の一般人だ。


 それと引き替えに、当時のオレたちが知ることもできなかった中学生時代の栞を第三者視点という形で記録できる。


 しかも、栞に執着していたような人間の言葉だ。


 多少、賞賛するような美辞麗句が多かったものの、観察時間が長かったために、当時の栞の行動自体を語るには十分だった。


 しかも、好きなものを語る時は、人間、饒舌になり、その描写は詳細になる。

 ちょっと水を向ければ、面白いように言葉が紡がれた。


 自分が好きだと思っているものに、全くの他人から好意的な方向に同意されると嬉しいよな?


 そして、そのどさくさに、この町の話も語らせている。


 全てを話したわけではないが、根が正直な人間なのだろう。

 そのほとんどの言葉に嘘は感じられなかった。


 その口の軽さは上に立つ者としてはどうかと思う無防備さではあるが、それも周囲に護衛がいる安心感もあったはずだ。


 もしくは、それだけ周囲に守られて育ってきたか。


「しかし、巡回隊の数の多さは、土地の管理者の指示によるもの……、か」


 兄貴がそう呟く。


 てっきり、あの女が管理者に頼んで、栞の捜索に使っていたのかと思っていただけにそれはオレにとっても意外だった。


 あの女は若宮と違って、自分で行動する人間らしい。

 自身の「探索魔法」を連発して探していたそうだ。


 尤も、それらの対策をしている。


 魔法には有効範囲というものがあり、あの女の魔法は、この町を覆いきるほど広範囲ではなかった。


 しかも、建物に入ってしまえば、探せなくなってしまう系統のものだったらしい。


 確かに他人の私生活を覗き見たいなんて、普通の生活をしていれば考えないからそんな魔法になるのは不思議なことではないだろう。


 魔法は、創造力と想像力が必要だ。

 しかも、最初に使ったイメージに左右されやすい。


 だから、そんな人を探すには中途半端な効果なのだろう。


 どこかの「聖女の卵」のように、周囲の状況に応じて、同じ魔法でも次々とその効果を変えることなど普通はできないのだ。


 どれだけ柔軟な頭を持っているのだろうか?


 まあ、オレたちは、魔法はその精神力でその効果や効力を変えられることを、どこかの魔法国家の王女殿下に教えられているから、応用できるようになっている可能性もあるが。


「まあ、主人に害がなければ良い」

「そうだな」


 オレたちはそう結論付けた。


 まさか、巡回隊の多さの理由が、別の方向から、自分たちの主人に関わってくるとは知らずに。

この話で89章が終わります。

次話から第90章「過去と未来を繋ぐ今」です。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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