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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 過去との対峙編 ~

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結ばれた呪い

 あの時の九十九の声がまだ耳に残っている。


『自分の想いを告げれば、死を選ぶことになるという呪いがこの身に施されているために、私は『高田栞』にその感情を伝えることができないのです』


 それがどんな「呪い」なのか。


 九十九が「絶対命令服従魔法」という言葉を知っていたことからある程度、想像がついてしまう。


 恐らく、それは、高田の父親によるものだろう。


 シルヴァーレン大陸の中心国、剣術国家セントポーリアの王である「ハルグブン=セクル=セントポーリア」国王陛下。


 彼女の気配はかの人に似すぎているのだ。

 ずっと傍にいて、彼女の魔法を放つところを何度も見れば、嫌でも気付かされてしまう。


 私よりも気配に敏感なマオも、既に気付いていることだろう。


 そんな人間から施された魔法なら、私だけでなく、もしかしたらアリッサム女王陛下であっても、解くことなどできないかもしれない。


 薄暗い明かりの中、九十九の前に琥珀色の液体、私の前には青い液体が置かれる。


「前々から思っていたけど、九十九は琥珀色の酒が好きだよな」

「この系統の色なら、あまり外れがないので」


 酒で冒険はしたくないらしい。


「どうせなら、面白い味の酒を呑んでみたいとは思わないのか?」


 私たちはその体質上、酒精があれば、かなり上手く感じるようになっている。


 呑んだことはないが、人間界の消毒用エタノールでも美味しく飲んでしまう可能性は高い。


「どうせ飲むなら、面白い酒より美味い酒を飲みたいです」


 少し拗ねたような声。

 こんな時、自分よりも年下だったことを思い出す。


 尤もその差はたった一年だ。

 そのためか、最近では年下に見えなくなってきた。


 兄に似て、とても扱いづらい青年男性。

 そして、誰よりも主人を大切にする男。


 それなのに……。


「九十九に聞きたいことがある」

「どうぞ」


 唐突に切り出したというのに、動じることもなく、九十九は答えた。


 いつから、この青年はこんなに余裕のある男になったのだろうか?


菊江(アッコ)に言っていたこと……。あれは本当か?」

「アックォリィエ様とはいろいろお話したので、どれのことか伺ってもよろしいでしょうか?」


 そう言えば、珍しく語り合っていたな。


 九十九があそこまで楽しそうに異性と話しているのを見るのは、高田以来だと思った。


 まあ、その内容が高田のことだから仕方のないことなのだろうけど、それでもなんとなく複雑な気分になるのは何故だろうか?


「アッコの本名がアックォリィエってことは今、初めて知った」

「多分、真央さんは知っていたと思いますよ」


 呆れたように九十九が笑う。


「だがその名前って……」


 私の記憶に間違いがなければ、その名は確か……。


「まあ、人間界に来るぐらいですからね。別におかしな話ではないでしょう」


 つまり、九十九もソレを知っているということか。


「高田もそれを知っているのか?」

「興味がないと言っているのでオレからは、何も話してないですよ」


 九十九は意味深に笑った。


 その事実を知った時に高田が叫ぶ姿まで想像しているのだろう。

 口元の緩みがそう言っている気がした。


 随分、いい性格に育ったものだ。


「それより、真面目な話、どのことについてですか? 結構、あの場ではいろいろ話したので本当に見当が付かないんですよ」

「随分、想いを貯め込んでいたみたいだからな」


 違う。

 そんなことを言いたいわけじゃない。


 だけど、その一瞬で、その顔を真っ赤にしてしまった青年を見て、いろいろどうでもよくなった。


「あ~、そうか~。興が乗ったから、思わずいろいろ話したけど、水尾さんが聞いていたのだから、もうちょっと考えれば良かったですね」


 どうやら、話に夢中になり過ぎて、自分でも必要以上に話しすぎたことに気付いてなかったらしい。


「まさか、あそこまでいろいろ語るとは思っていなくてびっくりした」


 私がさらに言葉を続けると……。


「うわあああっ!!」


 店に迷惑にならない程度の叫びを上げた。


 尤も、既に九十九によって「遮音魔法」が使われている。

 この空間の声は外に漏れない。


「九十九が相当、高田のことを()好きだってことはよく伝わったよ」


 逆にあれで伝わらないはずがない。


 それだけ楽しそうに語り合っていたのだ。

 あの現場を高田が見ていたら、いろいろな意味で面白そうだと思うぐらいに。


「お願いです。そろそろ勘弁してください」


 顔を伏せているが、耳までしっかり赤く染まっているので、どんな表情をしているのかが想像できてしまう。


 先ほどまで、明らかに身分が高い後輩を相手取っていたというのに、終始、強気の姿勢を崩さなかった男と同じ人間とは思えない。


 常に隙のない兄に対して、たまに隙を見せる弟の姿は、逆に油断を誘われる気がした。


 どちらにしても面倒な兄弟だ。


「それで、本当なのか?」

「何がですか?」


 恐らく、私の質問の意味には気付かれていると思う。

 それでも、決定的な言葉は決して九十九の方からは言わない。


 いつだって、この兄弟はそうだ。

 重要だと思われることについては、相手の方から話をさせようとする。


 あえて、その主導権を握らず、誘導するというかなり厭らしい会話術を使うのだ。

 だけど、口にする気はないなら、こちらから言うべきだろう。


「高田に『好き』だと伝えれば死ぬって本当か?」

「らしいですね」


 やはり、予想されていたのか、すぐに返答される。


 だけど……。


「ちょっと待て。『らしい』ってなんだ?」


 その言い方が気になった。


 まるで、そんな大事なことが人伝だったかのような言い方だったからだ。


「その契約はオレが4歳の頃に結ばれました」

「4歳!?」


 思った以上に幼い頃だった。


「そして、オレ、その途中で意識が飛んでいるんですよ」

「なんで!?」


 そんな契約中に意識が飛ぶって相当の衝撃を受けたってことじゃないのか?


「先に別に結ばれた契約があったからだと思うのですが、理由は不明です。ああ、幼かったからかもしれません」


 確かに幼い人間に魔法を施すのはかなり難しいらしい。


 特に精神に作用するような魔法……「誘眠魔法」とかそういったものは効き目が悪いそうだ。


「ですが、一緒にその契約を結ばされた兄貴が言うには『チトセ様及びシオリ様に、心から愛を告げた時には、お前たちは自害を選べ』という文言だったらしいです」

「なんだ、その極端な契約は!?」


 単に本心を伝えるだけで、なんてことをさせようとするんだ!?


「それは、契約者に言ってください」

「どうして、上に立つ人間ってやつは、そう何でも思い通りになると思っているんだよ」


 自分も王族だが、そこまで思い通りにしたくなんかない。


 他人の気持ちはそいつだけのものだ。

 そんな形で縛り付けるのは絶対に間違っている。


「なんで、そんなことを……」

「原因は兄貴です。ちょっとしたスキンシップをしてしまって……」

「先輩の行動の結果なら、九十九は完全にとばっちりじゃないか!!」


 なんで、何もやっていない九十九が巻き込まれているんだよ!?


 いや、結果として危険だったのは「発情期」になった九十九だったから、その判断が間違いだったとは言いにくいんだが。


「そこで兄弟ともどもクビになっていないだけ温情でしょう。本来、高貴な方の愛妾に手を出すなんてありえないのですから」


 しかも、年の近い高田の方ではなく、その母親の方に……らしい。

 ああ、そう言えば、先輩は高田の母親が好きだったとか聞いたことがあるな。


 だが、巻き込まれ当事者はけろりとした顔で言う。

 正論だが、妙にイライラした。


「九十九が4歳ってことは、先輩は6歳かそこらだろ?」

「そうなりますね」

「心、狭すぎないか?」


 私がそう言うと、九十九は苦笑した。


 何でもないことのようにそれを受け入れて……。


「九十九は、それで良いのか?」

「はい。その契約のおかげで、年頃になった今も変わらず傍にいることを許されてますからね」


 それでも彼は笑っている。

 それも、嬉しそうに。


「違う。その契約は必要なことは分かるんだ。異性の護衛にある程度の枷は仕方ない。だけど……」


 四六時中付き従う護衛に何の制約もしないわけにはいかない。

 信用するとかの問題ではないのだ。


 何らかの形で事故が起きる可能性だってあるし、近くにいる以上、互いに情だって湧く。


 それが、年頃になれば顕著になるのは当然だろう。

 だから、そこが問題ではない。


 私が気になったのは……。


「嘘を吐きたくない九十九が、高田に本当の気持ち(こと)を言えないままで良いのか?」


 自分にも他者にも誠実だけど傷つきやすいこの青年が、その想い(矛盾)を抱えて、生涯、苦しむことになるのではないか?


 そんな疑問だったのだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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