それぞれの都合
「いろいろお話させていただきましたが、私からの話はそれだけです。楽しい時間と素敵な写真の数々をありがとうございました」
そろそろ刻限だ。
言いたいことは言い尽くした。
だから、これ以上の話は無用だろう。
「待って!!」
だが、女はオレを引き止めようとする。
「まだ何か?」
「お願い!! シオちゃん先輩に会わせて!!」
「それは承諾しかねます」
オレがそう断ると、女は絶望的な表情を見せた。
女の気持ちは分からなくないし、同情も多少はあるが、栞自身は会いたがっていないのだ。
そんな状況で、目的も分からないような相手を会わせることなんかできないだろう。
「じゃあ、どうしろと!? どうあっても、私は言いたいことが言えないままじゃない」
オレの言葉に思うところがあったのだろう。
今更ながら、女はそんなことを言いだした。
「伝えることはできず、主人と別れることにも後悔はない。貴女は確かそう言ったと記憶しておりますが……」
「ある!!」
オレが煽るように言うと、女は縋るように断言した。
「シオちゃん先輩に言いたいことはあるの。でも……、でも……」
だが、それ以上の言葉が続かない。
このまま泣かれたり、逆ギレされるのは面倒だな。
少しぐらいは助け舟を出してやるか。
「これは主人の悪癖だと思っているのですが……」
オレは溜息を吐く。
「どんなに苦手な相手でも、本気で困っているのが分かってしまうと、どうしても、その手を伸ばすことが辞められないのです」
それも危険を承知だからタチが悪い。
だから、何度も痛い目を見るのだ。
そして、厄介なのはそれでも懲りない。
そろそろ学習して欲しいと切に願っている。
「そ、それが……?」
「今日の正午、広場の中央部に主人を連れて行きます。そこから先はご自分でなんとかなさってください」
オレがそう言うと、女は分かりやすいまでに喜色を浮かべる。
「但し」
思ったよりも低い声が出た。
「主人を傷つける言葉を吐いた瞬間、主人の方を強制退場させます。そして、今後一切、貴女を近付かせません」
「その判断は誰がするの?」
「主人の顔色を見れば分かることでしょう? それとも、嫌悪の表情を見たいために、そんな状況すら利用しますか?」
「そ、それは……」
そんなことをしないと即答できない辺り、業を感じる。
条件反射とか、癖とかはどうしたってあるのだ。
そうそうその歪みは直らないと自分でも分かっているのだろう。
だが、そんな相手の都合は知ったことではない。
「私は『高田栞』の護衛なので、その心まで護る責務があります」
「た、単純に惚れた女に手を出すなと言えば良いのに……」
「その惚れた女が一方的に傷つけられると分かっていて、黙っていられるほど私が温厚な人間だと思いますか?」
そう思うなら、後で周りを見てみろ。
「私の名を知った上で、会話の端々に過度な毒を吐くような人間を温厚だとはとても思えないわ」
「そう思ってくださるなら重畳です。それでは……」
そう言って、一礼する。
女はまだ動く様子はない。
情報を整理しているのだろう。
まあ、どんな結論が出るかは分からないが、栞にとって害にならなければなんだって良い。
そう思いながら、オレはその店を後にした。
この店は前払い制で、場所だけ確保すれば飲み物飲み放題の店だ。
そのやり方は人間界のドリンクバーを思い出す。
まあ、ほとんど飲まなかったけれど。
昼間、露店で飲んだ飲み物の方が美味かったから仕方ないな。
あの女は気付かなかったようだが、周囲にいた護衛たちは、写真を見せあっている段階で、しっかり無力化している。
睡眠ガスは、魔法の気配がないから楽だな。
しかもガスだから、その間に遮断する防護魔法で周囲を覆うだけで、オレが借りた場所には影響がない。
天井裏のネズミの方には事前にセットしてあったから多少の時差はあったかもしれんが、寝たのは確認したから問題もないだろう。
「さてと……」
店を出た後は、移動魔法で適当な場所に飛び、さらに何度か続けて移動魔法を使う。
あの女からの追っ手はないと思うが、念のためだ。
オレの体内魔気をしっかりと記憶していない限り、そう簡単には追うことができないだろう。
今日のために、早めに栞と約束を取り付けたいと思ったが、既に日の替わっている時間だった。
今から連絡とるのは遅すぎるので、朝に話をしよう。
栞については、眠ったのを確認した上で、オレは宿から抜け出した。
流石に歩き疲れたらしく、昨日はあんなに遅かったのに、今夜は就寝がかなり早かったのは幸いだった。
「この辺……、かな」
露店区画に程よく近い場所のベンチに腰掛ける。
街灯はあるし、露店区画の店も何軒かあるものの、やはり昼間ほどの明るさはない。
この周囲にも人の気配はあるが、そのほとんどは逢引中のようだ。
勝手にやってほしい。
「そろそろ姿を見せていただけませんか?」
オレはずっと尾行していた相手に声をかける。
確かにあの女は追っ手を使わなかったが、単独であの店からずっと後を追いかけてくる気配があった。
この人は撒ける気がしない。
オレの体内魔気の気配を覚えていて、魔法の気配にも敏感な人だから。
「デートの覗き見なんて、趣味が悪いですよ、水尾さん」
呼びかけに応じてくれないので、指名してみる。
「なんで……?」
そう言って、背後から姿を現した黒髪の女性。
「その疑問は何に対してですか?」
水尾さんがオレの気配が分かるなら、オレも水尾さんの気配が分かるのだ。
何より、オレより体内魔気が強すぎて、その誤魔化し方が下手な人なのに、オレが気付けないはずもないだろう。
そして、そのことを水尾さんも知っているはずだ。
だから、なんでここにいるのが分かったのか? ……なんて質問は今更しないだろう。
そうなると……。
「あの女とのデートの件なら、兄貴からも許可をもらいましたからね。無断外出ではないですよ」
「そうじゃない」
水尾さんが鋭く言った。
「えっと、それ以外だと……、写真の交換会ですか?」
あれは正直楽しい時間だった。
栞の写真を手に入れたばかりか、当時の栞を窺い知ることもできたのだ。
「あれはどうかとも思ったが、それでもない」
どうかとは思われたらしい。
まあ、当人がいない所で、勝手に栞が写っている写真の数々が裏取引されたのだ。
栞が知っても嫌がられるだけだろうが、ちゃんとオレだけなら、その抜け道は用意してある。
だから、知られても呆れるだけで怒りはしないだろう。
「水尾さんも栞の写真、いります?」
「私はお前たちと違って、そこまで高田狂いじゃないから遠慮しておく」
まあ、普通は写真まで欲しいと思うヤツは少ないよな。
若宮なら欲しがるかもしれんが。
「話を続けるなら、場所を変えましょうか。ここはちょっと……」
「あ……」
水尾さんも気付いたらしい。
ここは公園のような広場。
そして、時間帯は夜更け。
さらに、仲の良い男女がその仲をさらに深めようとしている気配が既にあちこちにあった。
とりあえず、声ぐらいもっと潜めて欲しいが、聞かせたい人間も世の中にはいるし、それを聞いて、ますます興奮できるヤツらもいると聞いている。
その考え方は、正気の沙汰とは思えない。
人の気配がするような場所でそんな行為に及ぼうとするのは感心するが、この町がそれだけ平和な証なのだろう。
他の場所なら、そんな無防備な姿を第三者に晒すようなことはできない。
そういう意味でも、この町は人気なのかもしれない。
オレにはいろいろな意味で、絶対に無理だけどな!!
「場所を変えると言ってもどこに……?」
「普通に考えれば、宿に戻れば良いのでは?」
「宿には先輩がいる」
兄貴には聞かれたくない話らしい。
オレ自身はそんな話をした覚えはないのだが……。
単純に水尾さんが兄貴を苦手としているだけかもしれない。
「じゃあ、適当な酒場にでも行きましょうか」
この時間に開いていて、外れが少ない店を選ぶなら、これが一番だろう。
「酒!!」
そして、すぐに釣れた。
「決まりですね」
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