想い人を語るかい
その後も、これらの写真を通して、オレが知らない時代の栞を知ることとなった。
それが今の栞と重なるたびに嬉しくなったり、誇らしくなったり、淋しくなったり、悔しくなったりと複雑な気分になる。
そのほとんどが部活中の話。
だけど、たまに見かける学校行事の話もあった。
それを聞くだけで、栞は中学時代を満喫していたことは間違いない。
それだけでも、話を聞いた甲斐はあったと思う。
栞は15歳になるまで行動せずに待とうと思ったのは間違いではなかった、とも。
「凄く目立つ人ではなかった」
女は言う。
「でも、一度、目を止めてしまうと、目を離せなくなってしまう不思議な人だった」
その言葉には同意しかない。
そして、やはり、この女は話が通じないわけではない。
オレとの会話に齟齬はなく、普通に会話が成り立っている。
水尾さんや栞と再会した時の会話にたまたま立ち会って、外から見ていたオレだが、その時の危うさは一切感じさせないほどだった。
単に「高田栞」が絡むと、判断力が信じられないほどポンコツになり、行動力が暴走新幹線になるだけなのだろう。
ある程度、写真やそれに伴う話のネタも出尽くした後。
「貴方は、そんなシオちゃん先輩の恋人なの?」
ようやく、そんな問いかけがあった。
その声はどこか震えている。
「いえ、ただの護衛です」
オレにとって、そんな質問は想定内だった。
「嘘!!」
そして、即、否定されることも。
この女が言うように、「嘘」だったら良かったが、残念ながら本当に恋人ではない。
「それ以外なら、小学校の時の同級生ですね」
当たり障りのない言葉を口にする。
「でも、ただの同級生がこんなにシオちゃん先輩の写真を持っているっておかしくない? ストーカーを疑うわ」
この女には言われたくない。
これらの写真の量がそれを物語っている。
「その当時からの護衛なので。監視……、いえ、護衛対象から目を離さないのはそこまでおかしな話ではないと思いますよ」
正確にはもっと昔からだ。
だが、そこまで口にする気にはなれなかった。
これらの写真を広げて気付いたが、オレたちがやっていたことは確かに、「護衛」の名を冠したストーカーに近い。
護衛対象に対して護衛していると察知されないように気遣いながらも、これだけの写真をオレも兄貴も持っているというのはそういうことだろう。
相手に気付かれないように見守るだけで十分なはずだが、写真を撮る理由は本来ないはずだ。
確かにこうして役に立っているが、それは結果論であり、当時、そんな目的もなかったのだから。
「その護衛がなんで、中学の時は離れていたの? 私、貴方を見たことがないんだけど」
「その頃には、別の護衛がいたんですよ」
オレは栞がシオリだと確信していたが、その目印となる体内魔気が分からなかったために兄貴は半信半疑だった。
シオリはあの時代から王族らしい体内魔気の強さを持っていたのだ。
それを完全に封印できるなんて、あの当時は考えられなかったという点もある。
その母親である千歳様についても、顔がそっくりだと気付いていても、行動できなかったのはそのためだ。
この世界では似たような顔を持つ人間は少なくないのだ。
人間界でも「似た顔は三人いる」と言われている。
だから、ただ顔が似ているというだけでは同じ人間だと判断できなかった。
それ以外の要因もある。
魔界から来た人間なのに、生活基盤がすぐに整い過ぎていたことも兄貴の判断を鈍らせた原因だろう。
まさか、魔界の……、それも城に住んでいたような千歳様が、もともと人間界の住人だったとは思っていなかったのだ。
だが、探している母娘と顔と名前が一致していた母娘。
さらに、オレが「高田栞」はあのシオリに間違いないと言い切ったことで、一応、目にかける必要はあると考え、栞の小学校時代はオレ、そして、中学時代は定期的に兄貴が様子を窺うことになっていた。
近すぎず、遠すぎずの距離からずっと、本人かどうかを確認し続けていたのだ。
小学校時代は、栞が完全に魔法と無縁の生活を送っていたため、兄貴は迷っていたと思う。
どれだけ観察しても、僅かに滲み出るはずの体内魔気の気配は全くなかったのだ。
それだけ見事な魔力の封印をしていたということだが、その封印については、オレも兄貴も見抜けなかった。
まあ、あの頃の栞にそんな意識を持って、その身体に触れたことはないのだから、仕方ないだと思う。
小学六年生の頃、フォークダンスで手を取った時には気付かなかったぐらいだ。
だが、まさか、小学五年になる直前にオレたちの目の届かない場所で、その片鱗を見せていたとは思いもしなかったけれど。
もし、例の犬嫌いになる原因を目撃していれば、オレや兄貴は中学校区の変更を考えていたことだろう。
いろいろままならないと思う。
これらの写真のほとんどは、その観察期間に撮ったものだ。
そして、この女に渡した写真の中には、兄貴の秘蔵していた写真もある。
本当に全く関係のない他人だと思っていたなら、こんな写真をわざわざ撮る必要もないはずだ。
だから、兄貴もどこかで心境の変化はあったはずだ。
恐らくはオレたちが中学に入る頃、兄貴の中で、何かがあったとオレは思っている。
そうでなければ、今回の話に繋がる噂話を記録していたり、その頃の写真を持っているのはおかしいだろう。
それに、栞が15歳となる誕生日。
あの運命の日に、オレにあの場所で待てと指示したのは兄貴だったのだから。
「別の護衛……、もしかして、若宮先輩?」
思いついたように女はその名を口にした。
眉を顰めて、眉間に皴を刻んでいる辺り、若宮のことは好きではないのかもしれない。
水尾さんと話している時とは違う表情になっている。
恐らく、一度、喧嘩を売って返り討たれたのではないだろうか?
それならば、若宮のことを護衛と思い込んでも不思議はない気がした。
あんな護衛はオレならお断りしたいが。
「いいえ。あの方はただの友人ですよ」
あえて、若宮が使う「親友」という言葉は使わなかった。
どちらかといえば、「悪友」の方だろう、あの王女殿下は。
「凄く隙がなくて苦手だったんだけど」
ああ、分かる。
あの王女殿下は妙に勘が良いからな。
「たまにシオちゃん先輩と若宮先輩に会いに来る、西条のお嬢様はもっと苦手だったけど」
「西条のお嬢様」……、懐かしい言葉を聞いた。
それなら、私立中学に通っていた若宮のいとこだった高瀬のことだな。
そっちにも手を出していたか。
命知らずだな。
「あのお嬢様は、小学校が一緒でしたよ」
若宮は表情に出やすいが、高瀬は笑顔のまま敵対する相手は叩き伏せる。
オレはどちらにも喧嘩を売りたくはない。
今のオレでも、あの2人が並ぶと勝てる気はしないのだ。
「恋人じゃないなら、なんでそんなに愛しそうにシオちゃん先輩のことを語るの?」
今回、オレはこの女と語る時、自分を押さえなかった。
勿論、深い部分には踏み込ませないようなことはしている。
それでも、栞に対する感情そのものを隠さなかったのだ。
この女はそれを言っているのだろう、
「貴女もそうでしたよ」
「え……?」
「貴女が『高田栞』について語る姿と表情は、単なる部活動の先輩を思い出しているとは思えませんでした」
それはまるで愛しい想い人を語るかのような顔だった。
あんな顔をして栞のことを話す人間が、栞を嫌っているとは思えない。
何より、この女の言葉に一つも嘘はなかったのだ。
「ですから、私も包み隠さなかっただけですよ」
それらの気持ちが全く同じだとは思わない。
単純に男女というだけではなく、全く生まれも育ちも違う人間なのだ。
「それは、貴方もシオちゃん先輩のことが好きだと認めるってこと?」
「そうですね。片恋ですが……」
誰かに向かって、はっきりと口にするのは初めてのことだ。
そして、それぐらいは許されると信じたい。
「私は、『高田栞』のことが好きですよ」
ただ一言。
だけど、オレたち兄弟はその一言だけでも命懸けの行動だった。
だが、幸い、これぐらいは許されたらしい。
「それでも、この先、それを告げることはありません」
だから、そのままそう続ける。
「それは、どうしてか伺っても?」
「単純な話です」
オレは自分の胸を撫でる。
「私と他の護衛は、その対象に自分の想いを告げれば、死を選ぶことになるという呪いがこの身に施されているために、私は『高田栞』にその感情を伝えることができないのです」
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