互いの自慢
「一枚目は小学6年生の修学旅行」
安直だと言われそうだが、非日常かつ簡単には手に入りにくい写真だ。
オレたちの学年では、教室の壁に修学旅行中にカメラマンが撮った様々な写真が貼られ、希望する写真を選んで業者が焼き増しをするという流れだった。
プリントサイズによって値段が変わり、封筒に希望する写真にあわせて注文する形式となっているため、こっそりと別の人間の写真を購入しても、教師と業者ぐらいにしかバレない。
だからこそ、壁に貼られた写真に付けられた英数字を紙に書いて同封するシステムにしたと思われる。
まあ、勿論、金がかかるため、複数枚の購入は難しいだろうが、一、二枚ぐらいなら小学生のガキの小遣いでも買えるものだ。
そこにはオレも知らない小学生ならではの様々な思いが渦巻いていただろう。
だが、オレは当時から「完全複製魔法」が使えた。
そして、壁に貼られているのは、テープで留められただけの写真。
つまりは、周囲にもバレずに目的のモノが大量に手に入ったわけだ。
勿論、兄貴には即、バレたが。
そして、「せこい」、「へたれ」と言われた覚えもある。
確かに金も出さないのだから「せこい」は納得したが、「へたれ」の意味は、当時は分からなかった。
今なら分かる。
だが、分かっていても同じようにする。
いや、分かった今だからこそ、兄貴にもバレない工夫を凝らしたことだろう。
普通に考えれば、自分以外の他人の写真を、それも、異性の写真を欲する意味なんてそう多くないのに。
「こ、これは……」
その写真を手にした女の手が震えている。
それも無理はない。
写っているのは小学六年生の栞だけ。
動物園で妙に嬉しそうな顔をしながらヒトコブラクダを指差している。
ここで、ウサギとかテンジクネズミなどの小動物と触れ合っているところじゃないのが、いかにも「高田栞」らしい。
その表情がカメラマンの何かに触れたのだと思う。
「マサイキリンの近くを歩いている図もありますよ」
これはオレ自身が撮ったやつだ。
首が長すぎる奇妙な動物と、小柄な栞との対比が面白くてなんとなく、シャッターを切っていた覚えがある。
素人が撮ったやつなので、あまり良い写真とは言いにくいが、あの当時のオレはこれでも満足だったし、本人にも渡した覚えがある。
だが、それを受け取った当時の栞はどんな顔をしていたかまでは覚えていないのは何故だろう?
今なら、もっといろいろな写真を心行くまで撮るのだろうが、残念ながらこの世界にはカメラがなかった。
正しくは、法力国家の王女殿下に平身低頭を尽くして借りるしかない。
まあ、運よく借りることができても、さらに現像するために頭を下げる羽目になるまでがセットなのだが。
尤も、あの王女殿下も「高田栞」が大好きな人間なので、頼まなくても様々な写真を撮っていることは知っている。
ただ、その様々な「高田栞」の写真が、オレの手や目に触れることが少ないだけだ。
「思った以上にお宝写真……」
嬉しそうな悔しそうな顔で昔の高田栞を見ている。
「その2枚なら、この4枚でどう?」
そう言って渡されたのは……。
「こ、これはっ!?」
オレの出した写真も結構なお宝だったと自負していた。
だが、まさか、こんな方向性の写真を出されるとは思っていなかった。
普通に一枚だけ見れば、ごく普通の写真だが、同じ系統の写真が4枚も出されれば、その選出に深読みができてしまう。
いや!
本当に普通の写真なのだ。
撮られた本人もそう思っていることだろう。
だが、写真は瞬間を切り取ることができる。
それも、コンマの世界だ。
まあ、つまり、思わぬ表情を切り取ってしまうこともある。
「部活中、体育祭、持久走大会、試合後の寄り道の写真。お気に召したかしら?」
「ありがたく頂戴します」
日焼けして真っ赤な顔のまま上目遣いする姿。
長い髪を上げて、ハチマキをする姿を後ろから撮り、普段は隠れている白く細い項が見えている所。
息を弾ませ、顔を紅潮させて懸命に走っているが、疲れているのか顎が上がってきている顔。
これだけでは伝わりにくいが、どの写真も表情がかなりエロいのだ。
最初これらを見た時、オレが男だからそう感じるだけかと思ったが、最後の写真は確実に、男心を狙われた感が満載過ぎた。
だから、この写真の数々が、そういった目的で選ばれているものだと気付かされる。
しかし、ソフトクリームを食っている顔って、こんなにエロく見えるものか?
大体、なんで、舌を伸ばして食うんだよ?
その写真の構図と、仕草と、栞には珍しい種類の表情があまりにも衝撃過ぎて、そんな理不尽なことを考えてしまう。
しかも、鼻の頭に白い液体を意味深にくっつけてんじゃねえ!!
「因みに、最後の写真。その後に、シオちゃん先輩の鼻の頭にくっついていた融けたソフトクリームは、富良野先輩が拭き取っているという素敵なオマケつき」
さらに余計な情報を寄こすな!!
この女の言う「富良野先輩」って間違いなく、水尾さんのことだよな!?
「その時、周囲から奇声が上がった衝撃的な場面の写真もあるけどいかが?」
「……」
オレは無言で、一枚の写真を見せる。
「これは……?」
「小学5年生。遠足前日にワクワクしながら、お菓子選び」
「……愛らしい」
女は頬に手を当ててホウっと悩まし気な息を漏らす。
隠すこともないその表情と言っている台詞はともかく、小学5年生の女児を見てその反応はどうなのかと思わなくもない。
因みに撮ったのはオレじゃない。
一緒に菓子を買いに行ったという若宮だった。
確か……「あまりにも高田が可愛くて撮ってしまったから、笹さんにもその可愛さを御裾分け」と訳の分からないことを言っていた気がする。
若宮の行動も今とあまり変わらないが、今なら、なんでこの写真をオレに寄こしたのかも理解できる。
その頃から、オレはそんなにも分かりやすかったのか?
いや、あの当時はそんな感じではなかった。
多分、若宮は本当に栞の独り占めは良くないと思っていたのかもしれない。
「それではこちらのブツを……」
「んなっ!?」
それを見て驚くしかなかった。
これは確かに周囲から奇声が上がってもおかしくはないだろう。
今よりも髪の毛が短い水尾さんが、目を瞑った栞の顎に手をやって上を向かせ、ハンカチのようなものを当てている写真だった。
その2人の表情がなんとなく、精神的に良くない方向性の扉を開けそうな感じに見えてしまうのは何故だろうか?
水尾さんはややキツめの目だが、それでも口元を見る限りほんの少し口角が上がっている。
これは阿呆なことをしている栞に対してしょうがないなと笑いたいのに、それを表に出さないようにしている顔だと思う。
栞の方は、鼻にソフトクリームを付けてしまったことと、それを指摘されたことを恥じらっているのか、少しだけ頬が赤い。
だが、そんな2人の感情を見抜けなければ、中性的な顔立ちの先輩が、まだ何も知らない後輩をその毒牙に掛けようとその唇を近づけているように見えてしまう。
いや、感情は読めても、少しだけ胸の音が大きくなってしまったのだから、これはそういう方向性にとれるような写真ということだろう。
「それらの写真はお気に召しまして?」
どこか自慢げな女に対して……。
「『高田栞』の写真で気に入らないものなどないでしょう?」
オレはそう答えてやると、目を丸くされた。
「ですが、こんな写真ではなく、『高田栞』らしい写真の方をもっと見たいものですね」
さらに、オレははっきりと言ってやる。
こんな方向性の表情はたまに見るから良いんだ。
かなりの低確率だし、そんな顔を今後、オレに向けてくれるかどうかも分からんが。
「シオちゃん先輩らしい写真というと?」
オレの言葉の真意を掴みかねたのか、きょとんとした顔で女はそう問い返す。
「おや? 貴女の知る『高田栞』という名の女は、貴女がご提示された写真のような表情を持つ女でしょうか?」
これらの写真では、「高田栞」は幼いながらも色気に満ち溢れた妖艶な女にしか見えない。
だが、そんなはずがないのだ。
これらの写真がそんな表情ばかりだったのは単純に男であるオレはその方が喜ぶと思ったのだろう。
阿呆か。
好きな女のそんな表情を、同じ女とはいえ、他人から見せられて素直に喜ぶ男ばかりだと思うなよ?
「そうだとすれば、随分、私の知る方と違うものですね」
だから、オレはそう言い切ってやるのだった。
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