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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 過去との対峙編 ~

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釣り糸を垂らして

 本当にあの女は「良い餌」になると思う。


 いや、毎度、主人を囮に使うのは自分でもどうかと思うのだが、狙った獲物が確実に食いつこうとするのだから使わない手はない。


 それだけ魅力ある人間だということなのだろう。


 まあ、オレも食いついてしまった人間の一人だという自覚はあるので、なんとも言えない感情はあるのだけど。


 向き合っている白い紙の上に黒い影が映る。

 どうやら、待ち人が来たらしい。


「こんな夜更けに女性の一人歩きは不用心ですよ、『アックォリィエ=シュバイ=リプテルア』様」


 オレは、顔も上げずにそう口にした。


「シオちゃん先輩はどこ?」


 目の前にある気配はそれだけをオレに告げる。


「主人の名を正しく口にできない人間を私は信用していません。従って、相手が王族であっても、その問いかけに対してこの口を紡ぎましょう」


 そのまま、紙面から目を逸らさずにオレは言葉を続けた。


 ついでに、その横に置いた別の紙に「特に用がないなら、帰れ」と日本語で書いてやる。


「たかが護衛の分際でいい度胸じゃない」

「雇用主からは、その度胸を買われていますので」


 顔も見ないままそう答える。


 見下ろす者と、顔も上げない者。

 しかも見下ろしているのは、この町を治める人間の身内だ。


 周囲がそれをどう思うかは知ったことではない。


 オレも自衛のために、認識阻害の幻影魔法ぐらいは使わせてもらっている。

 この場所を目的としていない限り、オレの姿は別人に見えていることだろう。


 尤も、この女も人払いぐらいはしているようだし、少し離れた場所に護衛と思われる気配もある。


 まあ、それぐらいの警戒するのが当然だろう。

 向こうから見れば、オレは怪しい存在でしかないのだ。


 少しでも、奇妙な動きをすれば取り押さえるつもりなのだとは思うが、()()()()()()()()()()

 それとも単純な平和ボケか?


 この距離で移動魔法防止を全くしていないなら、あっさり対象は掻っ攫われるぞ。


 素性が分からない人間に会うというのが分かっているのだから、せめて、護衛は1メートル範囲内に一人はおけ。


 相手を油断させたいなら、姿と気配を消すだけで十分だ。


「10人……。思ったよりは少ないですね」

「は?」

「入り口に2人。真上に1人。3メートルの範囲にこの店の客の振りしているのが5人。ああ、2人ほど店員の振りをさせているのは当然ですね。ですが、一番近い人間が、その対象から背を向けているのは論外です」


 オレの言葉で事態を理解したらしい。


「ひ、一人で来いとは言われてないから」


 分かりやすく女は動揺してくれた。


 良かった。

 水尾さんや真央さん、若宮のように手強いタイプではないらしい。


 そして、本当に一人で来られても困る。

 栞だって、そんなに無警戒ではないだろう。


 知人とはいえ、身内以外の誰かに会うなら、必ずオレか兄貴を護衛として連れるぐらいのことは考える。


「オレも主人を連れてくるとは一言も書きませんでしたよ」

「だけど、あの文面なら……」

「貴女が勝手に誤解しただけでしょう?」


 オレはただ、「伝書」に、日本語でこの店の場所と、こう書いただけだ。


 ―――― この少女に会いたくはありませんか?


 そして、栞の小学生時代の写真を一枚同封してやった。


 勿論、複製品だ。

 本物の写真なんか貴重過ぎて渡せるわけがないよな。


 同封した写真は、今とは違って数年前の栞ではあるが、それでも誰か分からないほど変わっているわけではない。


 髪の長さは今と同じぐらいだ。


 オレが所持していた物から一枚だけ選んだ。


 小学生時代はずっと同じクラスだったから、写真を持っていただけでそれ以上の他意はソレを手に入れた当時には全くない。


 あの頃は自覚前だ。


 だから、思っていた以上に栞が写っている写真を持っていたことに結構、自分でも驚いていたりする。


 これで無自覚。

 いや、兄貴も隠し持っていたから似たようなものだ。


 しかも、兄貴は()()()()()()()()()もしっかり持っていやがった。


 オレよりもっとずっとタチが悪ぃ!!


 オレには時期が来るまで近付くなと口にしておきながら、自分は見ていたってことだよな?


「それに、100パーセント嘘でもありません」

「え……?」


 戸惑う女の声。

 どうやら、会話は成り立つらしい。


 だから、「話を聞く気があるなら、その対面に座れ」と書いてやった。


 女は一瞬、迷ったようだが、ドカッと勢いよく座った。


「何の話?」


 縮れた黒く短めの髪、吊り上がった黒い瞳は敵意を隠さない。

 細く尖った顎、通った鼻筋、不服そうに突き出た紅い唇。


 まあ、この世界の住人らしく、きつめの顔立ちではあるが全体的に整った顔と言えるだろう。


「この女が誰か分かりますか?」


 そう言って、オレが持つ最新のものを一瞬だけ見せて消す。


「そ、それは……!?」


 だが、その一瞬だけで十分だったようだ。


 その女の顔色が一気に紅潮し、そして……。


「それと引き替えに、私に何をしろと?」


 すぐさま、顔を引き締めた。


「勿論、これ以外にもありますよ」


 トランプの札を一列に並べるかのように、右手で机上に写真を広げ、すぐにそのまま全て回収する。


「ああっ!?」


 オレがそれらを全て収納すると悲痛な叫び声が上がった。


 周囲の気配がかなり鋭くなる。

 だが、反応としてはちょっと鈍い。


「な、何が目的!? もしかして、自慢? 自慢なの!?」


 見えたのは本当に数秒しかない時間だと言うのに、よくそれらが何であるのかを理解できたな。


 あまりスポーツは得意ではないと聞いていたが、動体視力の方はかなり良い気がする。


「いえ、貴女もお持ちと聞いて」

「は?」


 思いっきり言っている意味が分からないという顔をされた。


「主人の写真。貴女もいろいろ持っているでしょう?」

「そ、それは確かにシオちゃん先輩に渡しているモノ以外も持っているけど……」


 やっぱり持っていやがったか。


 兄貴の話では、この女は栞の写真を含めて、同じ部活の団員たちの写真をかなり撮っていて、それを個別にアルバム制作して渡していたらしい。


 製作者は保護者だったということだが、魔界人である以上、その従者が扮していた可能性が高い。


 オレが以前見せてもらった、水尾さんの部活のアルバムもその一つだということだ。

 そして、栞にもその部活のアルバムは渡されていると聞いた。


 それは兄貴が隠し持っているらしいが、当人か千歳さんの許可がなければ貸し出し不可と言うことで、オレは見ることが許されていない。


 それなら、その製作者に直接交渉するしかないよな?


「オレの持つ一枚と、貴女の持つ一枚を交換……という取引に興味はありませんか?」

「ある!」


 即答だった。

 チョロい。


 大丈夫か? この町。

 いや、この女が治めているわけじゃないから大丈夫だと思うけど。


「あ……、でも、私、複製ができない」


 確かに複製魔法はあまり一般的ではない。

 それだけのことなのに、目の前の女は一気に顔を蒼褪めさせた。


「複製なら私ができますよ」

「それなら、私が二枚に対して貴方が一枚で」

「よろしいのですか?」

「そうでないと釣り合わない。写真の原物は手放したくないのだから、貴方の働きがなければ私は、私が知らないシオちゃん先輩の姿を拝むこともできなくなる」


 確かにオレが渡さないとごねれば成り立たない話だ。

 そして、思ったより、状況判断が早い。


「それでは、私が今から取り出す写真に対して、貴女が釣り合う写真を二枚選んでください。私は、それを複製しましょう」

「貴方こそそれで良いの? シオちゃん先輩の素敵な写真に対して、私が価値無しと判断してどうでも良いような写真を出すかもしれないのよ?」


 それはない。

 そんなことをすれば、この取引は中止になることは、この女だって分かっていることだろう。


 だが、それ以上に……。


「差し出口ですが、一言、言わせてください」


 オレは一息吐いて……。


「『高田栞』が写り込んでいる写真に、無価値なものがあると思いますか?」

「ないわね」


 言った言葉に、即答された。


 間違いなく、この女は「高田栞」のことが好きだ。

 それも溺愛していると言っても良いぐらいに。


 ただ、哀しいぐらいにその当事者に対しての愛情表現が明後日の方向に飛び過ぎているだけの話。


 方向性の間違った若宮……といったところか。

 それなら、話は早い。


「それでは、取引を始めましょうか」


 だから、オレはこれまでにないほど良い笑みを浮かべることができただろう。


 今から始まる「高田栞」への想いに嘘が要らないのだから。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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