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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 過去との対峙編 ~

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それぞれの感情

「これは、マジか?」

「マジだな」


 兄貴からの報告書を見ながら、オレは溜息を吐いた。


 面倒ごとだと思っていたけれど、思っていた以上に面倒ごとになる予感しかない。


 オレの手にあるのは、「アックォリィエ=シュバイ=リプテルア」という名前の女について、書かれたものだ。


 まあ、栞や水尾さんの後輩であり、このリプテラという町を管理している「リプテルア」家の身内でもある女の資料でもあった。


 余談ではあるが、この世界では領地や町の名称と、サードネームは一致しないことの方が多い。


「素直に面倒くせぇ……って言っても良いか?」

「言うだけならな」


 分かっている。

 あの女の目的が栞への接触ならば、「面倒くさい」と言ったところでどうにもならないのだ。


 どうして、栞はこうも、妙な立場にある人間に目を付けられやすいのか?


「そして、『シガルパス=テグス=リプテルア』卿は家族を溺愛していることで有名らしい」

「それは聞いた」


 この町を管理している貴族についての情報は、普通に町で会話していればある程度は入ってきた。


 特に聞かなくても、住民の方から話をしてくれるのだ。


 自身の妻子と、年の離れた妹を大切にしているという「シガルパス=テグス=リプテルア」という名の貴族は、この町の住民たちに愛されていることがそれだけでもよく分かる。


 その家族を守るために、この町をよりよくしようと努力しているとも。

 この世界において、領地の管理だけではなく、経営の方に進む貴族は珍しい。


 だが、その偏愛が妙な方向に突き進むなら、どう考えても厄介ごとに繋がる。


「兄貴は、例の女についてどう思う?」

「お前たちの話を聞く限り、未成熟だな」


 一刀両断だった。


「子供のまま成人した典型だ。それと似たような者が集まる人間界より、従来通り、別の大陸に行かせた方が学びの場にはなっただろう」


 さらに続けられた言葉には隠すつもりが全くないほどの揶揄が含まれていた。

 どうやら、兄貴はかなりご立腹のようだ。


 オレからの報告だけではなく、恐らく真央さんからもいろいろと話を聞いた上でそう判断したらしい。


「その上、人間界では何も学習しなかったとは、この国(アベリア)も、随分、時間と手間、金銭を無駄にしたものだ」


 どの国も王位継承権第一位を除いて、王族たちは他大陸に5年間滞在することになっている。


 そして、王の命令として他国で生活する以上、使われるのは当人たちの時間や労力だけではなく、かなりの国家予算も動くことになるそうだ。


 そこには様々な理由が考えられるが、時代の頂点(国王)のために必要な知識や見聞、そして、他国との異文化交流が主なのだろうとは思っている。


 何故、はっきりと分からないのか。

 それは、オレたちが王族ではないからである。


 これまでに人間界で出会った王族たちから、疑問に思われたことがないことの方が不思議な話なのだが、本来、公式に王族として周知されていない栞や、その護衛でしかないオレたち兄弟が人間界にいたことはおかしな話なのだ。


 仮に城住まいの人間であっても、王族たちによる5年間の滞在については、周知されていない。


 それも当然の話だろう。


 他国の王族たちが少数の供だけで長期滞在。

 その言葉だけで、厄介ごと、揉め事の種にしかならない要素を多分に含んでいる。


 それでなくても、大半の王族たちはトラブルを引き起こす、招き寄せるという妙な性質を持っているのだ。


 だから、一部しか知らない内密の話とするしかない。

 オレたちが知っているのは、偶然に近かった。


 護るべき相手が公式ではなくても、血筋的には間違いなく王族であり、オレたちの雇い主が国王である。


 だから、何も知らないわけにはいかなかった。

 まあ、ミヤドリードから事前に教えられていたというのはある。


 いつか、主人(シオリ)が王族として認められ、他大陸に旅立つ時のための知識として、頭に入れておけと。


 チトセ様が言わずとも、いつか誰かの目に止まり、表舞台に引き上げられてしまう危険性はあの時点で既にあったということだ。


 だからこそ、本来なら使用するために王の許可が要るはずの「転移門(ゲート)」の使い方も知ることに繋がっている。


 しかし、ミヤはどれだけ今のような事態を想定していたのだろうか?


「ただ、お前たちからの報告と、この町での彼女の評判が違う点は気になるな」


 オレの手にある報告書。

 そこに書かれているのは、例の女についてのことだ。


 そして、周囲の評判だけでなく、実際にあの女の功績と思われる記述もあった。


 この町の区画分けに花壇を提案したのは、あの女らしい。


 それは、2,3年前ということだから、恐らく、他国滞在期間を終えた後、この町に来ている。


 それは、アリッサムという国の消失後でもあった。


 単純に町の景観のためではない。

 特筆すべきは、その花壇によって作られ、普通の町よりも強化されている結界だろう。


 それによって、周囲の景色に溶け込むように、そして、住民たちが不安に思わないように配慮されている。


 花壇という発想は、人間界の公園などから得たものだと思われるが、その花壇の材質に魔石を使い、さらに結界を張るというのは、この世界の人間ならではだと思う。


「まあ、つまり、あの女も『シオちゃん先輩』が絡まなければ、為政者の才はあるんだろうな」


 特定の人間が絡むとそれなりの人間が目も当てられないほど酷い状態になってしまう。

 そんなことは珍しくもない。


「己の感情に振り回されている時点で為政者の才などない」


 耳が痛い。

 違う。


「12歳児の刷り込みに多くを求めるなよ」


 あの女が「高田栞」と会ったのはオレたちが中学二年生の頃らしい。


 一学年下のあの女は12歳だ。

 まだ感情に振り回される年代であってもおかしくはない。


 そして、そんな状況を世間ではなんと呼ぶか。

 それは兄貴もオレもよく知っているものだった。


 ソレが恋情以外の感情から引き起こされてしまうことだってあるのも、身に染みて分かっているのだ。


「しかも、その時代から時を経ても変わらなかったのだ。救いようもない」


 また耳が痛い言葉が聞こえた。

 これは、遠回しにオレを責めてねえか?


「会わなくなって三年だ。拗らせもするだろう」

「流石、同じように拗らせた男の言葉は違うな」

「うっせえよ」


 やはり、オレも責められていたらしい。

 回りくどすぎる。


「で? 兄貴の考えは静観か? 排除か?」

「排除だな。このまま放置しても碌なことにならん」


 即答だったが、あの女のことだよな?


「じゃあ、()()()()()()()()()()()()()()

「お前が……?」


 意外なものを見るような目を向けられる。


「多分、兄貴よりオレの方が良い」


 だが、オレがそう答えると……。


「お前が判断を誤れば、今以上に面倒なことになると分かっているんだよな?」


 兄貴は不敵に笑った。


 それはもう、楽しそうに。


「分かってるよ」


 そんな兄貴の反応にいちいち振り回される気もなかった。


「だが、栞のために退()く気もない」

「どうだか」


 兄貴は鼻で笑った。


「主人のためと言いつつ、結局は己のためだろう?」


 さらに攻勢の構え。

 それなら受けて立つ。


「そこは否定しない。今回のことにオレも私情は少なからずある」


 あの時、何かに重ねて、「同情」した。


 そこに私情がないとは言わないし、それが分かっているからこそ先ほどから兄貴もオレに対して、ネチネチ言っている。


「でも、それを含めた上で、オレは栞のために動く」

「それで、今以上に主人が傷付くことになっても……か?」


 それを言われて迷わないほど、オレは強くない。

 オレだって、栞に傷付いて欲しいわけではないのだ。


 だが……。


「それでも、オレは動きたい」


 その結果、今より栞を傷つけたとしても、何もしないよりはずっと良い。


 そして、分かってもらえるとも思っていない。


 これはオレの私情(エゴ)でしかないのだから。


「好きにしろ」


 それでも、今回はオレが一歩も引く気がないと判断したのか、兄貴は溜息交じりにそう答えた。


「但し、対象が今以上に主人の心を傷つけようとするならば、その時はお前には任せられん」

「分かっている」


 オレにどれだけのことができるか分からない。

 自分と他者の考え方や捉え方は勿論、違うものだ。


 だから、選んだ道によっては今よりもずっと悪い方向に転がり、手の施しようもない状態になる可能性もある。


 そうしないためにも、本来ならば、兄貴の言うように主人の心を傷付ける存在を遠ざける方が、互いに問題もないのだろう。


 オレも何も知らなければ、それを選んだと思う。


 予定よりもずっと早くこの町から出るだけでも、あの女は()()()、栞に()()()()()()()()()のだ。


 あの二人の関係を知る水尾さんも真央さんも反対はしないだろう。


 だが、それでは根本的な部分は解決しない。


 あの女は人間界で培ってしまった歪んだ想いを抱え込み、栞は何も知らず、互いにこの先の道を(たが)えたままとなる。


鳴かず(何も言わず)()身を焦がす(我慢する)蛍」も考え方としてはありだが、オレは「焦がれて鳴く(言葉を尽くす)蝉」が昔から好きなのだ。


 自分では、決してできないことだと気付いてしまったから。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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