自分で答えを見つけるしかない
わたしは、これまでになく、彼女のことを考えている。
あの後輩、「椎葉菊江」さんのことを。
正直、人間界にいた頃から苦手だったから、あまり深く考えたこともなかったけれど、そこに意味があるなら、それを知りたいとは思ったのだ。
椎葉さんとは、中学二年生の時に彼女がソフトボール部に入部してから、わたしが卒業するまでの、二年ほどの付き合いだった。
正しくは、わたしが部活を引退してからは、ほとんど会うことはなくなった。
卒業式の時に、他の後輩と同じように顔は見たけど、それぐらいだったはずだ。
わたしは人間界にいた時から、あの椎葉さんから、妙に絡まれるとは思っていた。
それを気にしないようにしていたら、周囲を巻き込んで、大きな問題に発展してしまったのだ。
だから、それ以上、あまり関わらないようにしていた。
自分のことで、関係のない人にまで迷惑をかけたくなかったから。
それに、わたしは単純に彼女に嫌われているから仕方ないと、納得していたというのもある。
そのために、できるだけ距離を取るようにしていたのだ。
顔を合わせるたびに、お互いに嫌な感情を抱くのも疲れるだけだろう。
それに、嫌いな相手には、好きな相手と同じぐらい意識を割いてしまうという話を聞いたことがあった。
だからこそ、会うたびに粘着質と言いたくなるほどに、しつこいぐらい嫌なことを言われる結果に繋がってしまうのだろう。
普通は執着という感情は好きな人間に対して抱くものだと思うのだが、あの言動でそれは有りえないと思っている。
少なくとも、好きな相手に対して向けるなら、もうちょっと好意的な言葉を投げかけるだろう。
自分は苦手だと思う人間は多いけれど、誰かを嫌うという感情については、九十九の元彼女のミオリさんの時に初めて知った。
それまでは、正の感情にしても負の感情にしても、そこまで特定の誰かに激しい思いを寄せたことがなかったのだと思う。
まあ、ミオリさんに対しての感情も、九十九のことがなければ抱くこともなかった気はしている。
それでも、ミオリさんのことが今でも「嫌い」かと誰かに問われたら、「分からない」と答えてしまうことだろう。
恐らくはもう二度と会うことがないと分かっているからかもしれない。
誰かを嫌うことって簡単なようで、実はかなりエネルギーがいることだって、わたしはあの時に知った。
そして、そこまで持続できるような熱は、わたしの中にないらしい。
喉元過ぎれば熱さを忘れるという言葉のように、過ぎてしまえば忘れてしまうようだ。
そう考えれば、三年以上もわたしに対して、いつまでも執着心を持っているあの後輩の熱は素直に凄いと感心したい所ではあるけれど、その感情に他人を巻き込むなら話は変わってくる。
それを向けられた九十九は気にしていないどころか相手に対して「同情する」とまで言っていたけれど、それは彼の寛容さによるものだ。
つまり、わたしは彼よりも心が狭いらしい。
少なくとも、自分の問題に、それも、人間界時代の人間関係を引きずった結果にまで巻き込みたくはない。
流石にそれを護衛のお仕事だとも思えないし。
できれば、自分で解決したかった。
だから、今、こうして考えているわけだけど、その答えが見つからない。
どうすれば良い?
あの後輩に、直接、わたしにつき纏う理由を聞いたところで、答えてくれないだろう。
嫌いな人間に対して、わざわざそれを教えてくれるようなタイプには見えない。
だけど、九十九はたったあれだけの会話で、彼女の言動の理由がなんとなく分かったらしい。
彼の考えがあの後輩にとって正しい答えかは分からないけれど、少なくとも何も分からないわたしよりはもっとずっと分かっていることだろう。
わたしの護衛は本当に有能だ。
だが、そこに大きなヒントがあるのだと思う。
だから、まずは彼女の行動を思い出してみることにする。
いきなり、往来の場で「見つけた」と叫ばれた。
先に会った水尾先輩から、わたしもこの世界にいると聞いて、彼女が探していたってことだろう。
この世界の王族を含めた貴族は妙に行動的なところがある。
でも、そうまでしてわたしに何かを言いたい気持ちが本当に分からない。
嫌いなら本当に放っておけばいいのに。
その後は、互いの挨拶もそこそこに、わたしに対してではなく、何故か、九十九に絡み始めたのだ。
そう言えば、それって初めてかもしれない。
人間界にいた頃は、周囲にはほとんど目もくれず、わたしにだけ妙なことを言いにくるばかりだったから。
いつもと違う点と言えば、護衛である九十九が、彼女が近付く前に、素早くその背中にわたしの姿を隠してくれたから……だろうか?
おかげで、わたしはあの後輩と直接会話もせず、声だけでその姿すらまともにみることもなかった。
そのために、あの後輩が今、どんな容姿なのかも分からない。
ワカのように髪や瞳の色が変わっているのか。
それとも、水尾先輩や真央先輩のように全く変わってないのか。
それすらも見なかった。
それほど、鉄壁な護衛。
本当に彼は有能だと思う。
だから、あの後輩は、わたしではなく、九十九に声をかけざるを得なかったってことだと思う。
それから、九十九越しだったけれど、いつものように「小さい」を連呼された。
何故か、初めて一対一で会話した時……というか、一方的に話しかけられた時も、「小さい」と言われなかったっけ?
自分が小さいことは知っているけど、あの頃は今よりずっと余裕がなくて、さらにまだ望みもあった。
成長期だ。
もっと伸びてくれると将来に希望を持ちたくなるのは当然だろう。
そのために余計に彼女に対して、苦手意識があるのかもしれない。
あの頃の自分の中にずっとあった反発心の名残みたいに。
それから、わたしを隠していた九十九に対して、「乱暴そう」って言っていた。
九十九は確かに強いけれど、それが意味のない暴力に繋がることは全くないのに。
それに、彼は見た目だけなら、背は高いけど、そこまで強そうには見えない。
近付けば、その引き締まった体格だって分かるけれど、護衛としては、「戦士タイプ」より「魔法使いタイプ」にしか見えないのだ。
しかも、その体内魔気は完璧に抑え込まれている。
だから、護衛っぽくみえないことを当人はちょっと気にしているらしい。
わたしとしては、その実力を知っているから今のままで十分だと思っているのだけど。
その後も、わたしを隠している九十九にばかり文句というか言い掛かりに近い言葉を言っていた。
そして、後輩がわたしの格好に言及し、やっぱり失礼なことを言われた。
こんな可愛らしい格好が似合わないことは自分だって分かっている。
それでも、これらの服は九十九が見立ててくれて、買ってくれたものだ。
だから、いつもよりもずっとマシな姿だったと思う。
それなのに、あの後輩は酷かった。
一言、似合っていないと言ってくれた方が納得できるのに、何故、余計なことを口にするのか?
そんなわたしの心境に気付いてくれたのか、九十九がようやく、口を開いていつものように主人扱いをしてくれた後その場から脱出した。
これがあの後輩との再会の流れだったはずだ。
でも、やはり、一連の流れだけではよく分からない。
強いて言えば、わたしよりもその近くにいて隠してくれた九十九に対していろいろ言っていた気はする。
わたし以上に敵意をむき出していた。
やはり、文句は嫌いな相手の顔を見ながらはっきりと言いたいのだろうか?
「九十九に聞けば、分かるのかな?」
でも、九十九も教えてくれなかった。
彼が言うには「それが正しいかは分からないから」とのこと。
それは尤もである。
結局のところ、わたしが自分で答えを見つけるしかないのだと、分かっているのだけど、人間界でも見つからなかった答えがすぐに見つかる気はしなかった。
わたしは、あの後輩とどう向き合えば良いのだろうか?
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