同情したくなった
「あの人は、この世界の貴族だったのか」
自分が人間界にいた時に関わった人間は、何故、この世界でそれなりの地位にいるのだろうか?
当然か。
そもそも、この世界の人間が、遠く離れた人間界にいること自体が、身分が高いことを意味している。
この世界の王族と呼ばれる人間は、王位継承権第一位を除いて、10歳から15歳までの5年間、他大陸で生活することを義務付けられている。
その理由は分からない。
だが、それは国を越えて実施されていて、しかも他国ではなく、他大陸となっているのだから、そこに何か意味はあるのだと思う。
普通に考えれば、人脈作り。
この世界の人間は理由がなければ、他国に足を運ばない。
だから、無理矢理、交流のために他大陸へと出る理由を作っている……と考えられなくはない。
だけど、近年。
わたしが育った「人間界」と呼ばれる場所へ向かう人間が増えているらしい。
まあ、分かりやすい異文化交流でもある。
好奇心の強い人間ほど選ぶかもしれない。
ただ、情報国家によって十数年前に人間界の一部の国において安全保障が出されるまでは……って……。
「ああああああああっ!?」
「ど、どうした!?」
そこで、あることに気付いて、わたしは叫んでしまった。
だが、思いついてしまった以上、確認するしかない。
「九十九!! わたしが人間界へ行ったのって、何年前!?」
「えっと……、13年前……か?」
そうだよね?
わたしの記憶にはないけれど、確か5歳の時だったとは聞いている。
そして、情報国家が安全保障の宣言を出したのはその近年……。
「人間界への安全保障の宣言を情報国家イースターカクタスが布告したのは?」
「オレたちが人間界に行って間もない……、頃……だったはずだ」
その事実に思い当って、九十九の顔色も変わる。
三年前、この世界に来た後に王族たちが他大陸で生活する話を聞いた。
そして、情報国家による人間界の安全保障の宣言の話が出たという話も、何度か聞いている。
その話を聞いた時は特に何も思わなかったけれど、三年前と違って、わたしには新たな情報が入っているのだ。
それは、情報国家の国王陛下は……、わたしの母と友人関係あったこと。
「情報国家の安全保障の宣言の本当の目的は、実は、母を護るためだった……?」
情報国家からも人間界に行っている者がいるということは、情報国家の国王陛下自らの言葉で証明されている。
あの国王陛下は九十九に向かって「和菓子を食わせろ」と言っていたから。
「いや、どちらかと言えば、雇い主の庇護から自主的に離れたお前たちを手にするつもりだったんじゃないか?」
「そっちか!?」
ああ、でも、あの国王陛下ならそれぐらいやりかねない。
だけど、幸か不幸か。
それはできなかった。
わたしが、この世界の人間の目印となるはずの体内魔気を完璧に封印してしまったから。
しかも、記憶までしっかり封印してしまった。
母はもともと人間界の住人だし、わたしは当時5歳だ。
人間界に住む人間として、そこまで大きな違和感もなく溶け込んだことだろう。
当時のわたしたち親子がどこまで考えて計算した結果なのかは分からない。
だけど、後から様々な事実が分かるにつれ、とんでもない綱渡りをしていたことだけは理解できる。
それは薄氷を履むが如し……?
「でも、それなら布告までしなくても良いのでは?」
こっそりと人間界に使者……、追っ手? を送るだけで良い。
わざわざ、他の国々まで巻き込む理由としては弱い気がする。
「木の葉を隠すなら森の中ってやつだろう。多くの人間たちがあの世界へ向かえば、それ以外の目的を持った人間が紛れ込んでいても、隠せるからな」
「うぬう……」
でも、それは、九十九もその「安全保障の宣言」とやらが、単純にこの世界の発展とか、異文化交流を狙ったものではないと考えたってことだと思う。
それは、あの情報国家の国王陛下に出会って会話をしたから分かること。
あの方は意味のないことはしない。
世界に向けた善意に隠れて、目的があったはずだ。
わたしは考え込む。
「それより、お前が気にするのはそこなのか?」
「へ?」
九十九の言葉で、思考を中断して、短く問い返す。
「さっきの面倒な性格した女のことを考えているかと思ったら、なんで、そんな全く関係ない方向性の話になっている?」
「面倒な性格?」
「…………」
何故か、九十九が押し黙る。
さらに深い息。
「あの女に同情したくなった」
「へ?」
九十九の言っている意味が分からない。
「さっきの女って、菊江さんのこと?」
それ以外に心当たりはない。
でも、同情?
それは何故?
「まあ、完全に無視したくなるお前の気持ちも分からなくはないけどな」
「別に無視しているわけじゃないよ」
単に関わりたくないとは思うけど。
「だが、あの女に興味を持てないだろ?」
「逆にどうすれば、興味を持てるの? 会うといつもあんな感じで、誰の話も聞かないんだよ?」
しかも、今回は九十九に対しても敵意を向けた。
ただわたしの近くにいたというだけで。
それが許せない。
わたしのことが嫌いで、いろいろ言いたいことがあるのならわたしだけに言えば良いと思うのだ。
それなのに、どうして、関係ない人間を巻き込もうとするのか?
そこが納得できなかった。
「あの女は、若宮に対してもあんな感じだったか?」
「ワカに対して? えっと、基本的にわたしに対して悪く言うぐらいだったけど、ワカ相手には、わたしの知らない所で何かあったかもしれないけど、ワカがいる時にはほとんど会わなかった気がするな~」
彼女がわたしに絡んでくるのは、基本的に部活中か、わたしが一人になった時だったと思う。
まあ、人に嫌がらせとか悪意のある言動をする人って、大体、そんな感じだからあまり深く考えていなかった気がする。
そもそも、彼女はワカのことを知っていたのかな?
言われてみれば、2人が話している姿を見た覚えもない。
まあ、部活が違う先輩後輩ってそんなものかもしれないけどね。
「なるほどな」
興味があるのかないのか分からないような返答を九十九がする。
何かを考えているのだろうけど、わたしには彼の思考は読めない。
「とりあえず、『囮』は終了?」
彼女と接触することが目的だったなら、もう必要ないと思う。
「そうだな。だが、危険がないわけではないから、張り付いておけ」
「了解」
それでも、危険が去ったわけではないらしい。
九十九に言われるまま、そのがっしりした腕を掴む。
「あれだけの会話で何か分かった?」
「まあ、なんとなく」
「そっか……」
わたしには分からなかった。
それにさっき九十九は「同情」という言葉を使った。
その流れもわたしには分からない。
彼は何に対して、「同情」したくなったのだろうか?
分からないことだらけだ。
わたしには何が見えてない?
「どうした?」
「いや、九十九には何が見えているのかなって思って……」
「特別なものは見えてないと思うぞ」
九十九はそう言うが……。
「それでも、多分、わたしには見えない何かが見えているんでしょう?」
だからこそ、「同情」って言葉に繋がるのだと思う。
「外からだからな」
「外?」
「当事者からは気付かないことだってあるんだよ」
九十九は笑いながらそう言った。
「まあ、思うところはいろいろある。さっきの女の態度は明らかに、お前に対して無礼だった」
だが、その瞬間に冷えた声。
わたしの背中からゾクゾクッとした寒気が広がる。
「でも、理由が分かってしまうとな~」
さらにいつもの優し気な声に切り替わる。
……って。
「九十九にはその理由が分かるの?」
たったアレだけの会話で?
しかも、ほぼ一方的だったのに?
会話のキャッチボールという言葉があるが、先ほどの会話は誰が見ても大暴投だっただろう。
相手に言葉を投げつけるだけの、会話のドッジボールですらない。
ドッジボールなら、もっとちゃんとお互いに狙うだろう。
いや、大暴投だって、本来は、野手に向かって投げようとした結果なのだけど。
「まあ、結局のところは、オレは外野だからな」
わたしの気持ちを知ってか知らずか。
九十九はそんなことを言うのだった。
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