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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界新生活編 ~

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先輩を知る後輩

 千歳が口にした「雄也」という名を持つ人物に、水尾は確かに覚えがあった。


 弟がいたのだから、その兄がこの世界の住人としてここにいること自体はおかしな話ではない。


 その年齢にちょっとひっかかりを覚えないわけではないが、水尾の名のようにもともと人間界での情報全てが正しいというものでもないのだ。


 寧ろ、あれだけ隙のない人間ならば、全てが偽造されていたとしても不思議はないと水尾は考える。


「大丈夫よ。彼も口が堅い人間だから」


 確かにあまりベラベラと他人の秘密を触れ回るような真似をする男ではないと思う。

 その点では信用しても良いだろう。


 だが、水尾が気にしていたのはそこではなかった。


 どちらかというと、あの手の人間に自分が公にしたくないような話を知られているというのが問題なのだ。


 彼女にとって「笹ヶ谷雄也」という人間は、人間界でもあまり油断できない印象を持っていた。


 自然に人間界に溶け込んでいて、周りからも決して大きく外れることはない。


 だが、水尾の目には彼はかなり異質な存在に映っていたのだ。


 魔界人ではなく人間でも多少の魔気はその身に宿っている。


 そういった意味では、不自然なまでに魔気を感じなかったあの後輩こそかなり不可思議だと思っていた時期があったことは認めよう。


 そして、あの黒髪の青年からはそれなりに魔気は感じられた。


 だが、それ以上に彼の周囲に漂っていたのは水尾が吐き気を催すぐらいのドス黒い気配だったのだ。


 それは香水の移り香のように微量ではあったのだけれど、濃密過ぎるその空気は、一般の魔界人より他者の体内魔気に敏感である水尾を誤魔化しきれるものではなかった。


 それまでに彼女自身、少なからず魔界人や人間の魔気に接していたのだが、あの当時、あれほど強烈な印象を放っていた者は他にいなかったと言い切れる。


 故に、その頃から水尾は笹ヶ谷雄也という男をただの人間とみなしてはいなかった。

 魔界人と分かった今では、それも妙に納得のいく話だと思っている。


 普通の……、魔界とは無縁の人間であっても、彼が只者ではないことは分かるのだろう。

 それだけ、彼は人目を引くのだ。


 人間の杓子で一般的という名の枠から大きく飛び出していたわけではない。


 それでは周りから弾き出されてしまう。

 見目が良いというのもあったのだが、彼は、人間にしては出来が良かった。


 そして、特別な存在を作らず、分け隔てなく多くの人間に接する。


 そんな人物は大きな敵になりえるほどの対等の者がいない限り、人気が出てしまうものだ。

 それこそ、水尾が薄ら寒く感じてしまうほどに。


 尤も、水尾自身も人を惹きつける性質があるのだが、そのこと自体は本人の自覚はなかったりする。


 栞がその事実を知れば、口を大きく開けて呆れてしまうところだっただろう。

 この水尾は歴代に類を見ない「カリスマ生徒会長」と言われていたのだから。


 とにかく、水尾は「笹ヶ谷雄也」と名乗っていた人間を訝しく思い、できるだけ隙を見せないよう、隙を作らないよう心がけていたのだった。


 それならば、初めから自分も嘘で塗り固めてしまっていれば良かったのだが、人間界に紛れ込むための情報操作ならともかく、当時10歳の小娘に過ぎなかった者に、偽名以外の偽装工作までそういくつも頭が回るはずもなかった。


「何か……、私の知らないところでいろいろとあったみたいね」


 そんな水尾の胸中を察してか、千歳がそう口にした。


「雄也くんは……、彼は不器用すぎるものね」

「はあ?」


 くすくすと笑いながら突拍子もないこと言う千歳に、水尾は思わず反論の声をあげてしまった。


 彼女が知る限り、あれだけ何事にも器用で世渡りも巧い人間はそう多くない。


 魔界人だと知った今。

 実は、年齢をかなり鯖読んでいたのでは? とも思ってしまったぐらいなのだ。


「かなり不器用な子よ、あの子は昔から……ね。かなり入念に下調べや下準備をして、万全の体制を整えてから物事に取り組むから一見そうは見えないかもしれないけれどね」


 昔から……、それは幼い頃の彼を知っているということだろう。

 だからこその発言。


 幼少時を知る親や親戚、近所に住む大人からの目線では、多少なりとも評価が甘くなりやすいものだが、時として酷く辛くなることもある。


 まだ成長をしていない頃と重ねたまま、能力が向上してもそれを上書きしてはくれないのだろう。


 そういう意味なら千歳が彼を不器用と称するのも分からないではない。


 ただ、過程はどうであっても、結果としてどんなことでもそれなりの成果を出すことができる辺り、やはり不器用な人間ではありえないと水尾は思う。


「まあ、貴女の中の印象はあまり良くないかも知れないけれど、少なくとも他人のことを吹聴して回るような人ではないことは分かってくれるかしら?」


 それは水尾にも分かっている。

 他人の弱み、秘め事に対して広告塔や拡声器になるようなことはしない。


 だが、それを持って影で暗躍するようなイメージだけは払拭できなかった。


 だからと言って、ここでその辺りを論じても、彼に対する印象を覆すことはできないだろう、お互いに。


 水尾は溜息を吐いた。


「笹ヶ谷先輩の話はここまでにしましょう。今は、私の話をすべきだと思いますから」


 自分が話を逸らしたようなものだが、水尾は場を仕切りなおすためにそう口にした。


「貴女がおっしゃるとおり、私はミオルカというのが本当の名前です。改めて魔名を名乗った方がよろしいでしょうか?」

「そこまでは別にしなくても良いわよ。私にとって貴女の名前がそこまで重要なわけではないのだし。さっきのは単純に身元確認したかっただけ。貴女の魔名……、本名が違ったとしても、人間界で出会った、娘の先輩、富良野水尾さんではなくなったわけではないでしょう?」


 それは水尾にとって意外な言葉だった。


 魔界人として自分の立場のためにここにいたわけではなく、人間界での縁……、仮初めのような関係でしかなかったはずのもののおかげでこの場にいることができているのだと今更ながら気付いたのだ。


 それならば……、それが本当ならば水尾はもっとしっかりと向き合う必要が出てくる。


「先ほどの質問……、何故、ここに来たのかという問いに対してですが……、私の中にその答えはありません」

「答えが……ない?」


 水尾の言葉に対して、流石に千歳が訝し気に確認した。


「はい、何故ここに来たのか。その手段も目的も全く分からないのです」


 我ながら嘘っぽい答えだと水尾は思う。


 だが、実際、それが本当のことなのだから仕方がない。


 気がついたらここにいた……。

 そんな表現しか当てはまらないのだ。


 尤も、おぼろげな可能性は考えられるのだが、想像でしかない答えをここで口にするのは躊躇われた。


「はぁ~、それはびっくりしたでしょう?」


 だが、千歳はあっさりと受け入れる。


「は?」

「気付いたら自分の見知らぬ場所にいたなんて……。それは混乱して魔力や魔法が暴走しても当然かもしれないわね~」


 右手を頬に当てながらしみじみという千歳の発言の方が、水尾にとっては驚くべきことだった。


「あ、あの……、信じるのですか?」

「え? 嘘なの?」

「い、いえ……、嘘というわけではないのですが」


 こんな現実味のない答えに対して、千歳があまりにもあっさりと信じ、受け入れてしまったから水尾は戸惑ったのだ。


 自分なら確実に相手を疑い、もっと真相を追求しようとするだろう。


「私も……、気がついたらここにいた人間だから。確かに珍しいことかもしれないのだけど、この世界ならそれもありという話なのかな~と思ってしまったのよ」

「そ、それにしたって……」


 あまりにも無防備すぎる……と水尾は千歳に告げる。


「だって、貴女は()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()わ」


 そう千歳はあっさりと信頼の根拠となる言葉を口にした。


 人間界で会った。

 それも数回会った程度の少しだけの関わり。


 それだけで彼女は全面的に水尾を信頼したという。

 それ自体が水尾にとって信じがたい出来事だった。


「貴女のことは……、あの娘からよく聞いていたから。だから、娘も同じ考えを持っているはずよ」


 そう言われて、あの呑気な顔をした後輩を水尾は思い浮かべる。


 純粋で、一見、何も考えていないようだが、決めたことを貫き通す意思の強さ。

 他人の意見に理解は示すものの、ある程度自分の考えを持っていて、周りに流されない。


 何かに秀でていたりするわけでも、特別、目立つわけではないのに何故か、人を惹きつける不思議な魅力があの娘にはあった。


 ああ、確かにあの後輩もそう言うだろう、と水尾は思う。


 彼女は人を信じることができる人間だったから。


 そしてそんな彼女は、この目の前の女性に育てられたというのはある意味、納得もできると水尾は思う。


「でも、ちょっと困ったわね。今のままじゃ、貴女を国へ帰すことができないのよ」


 解釈の仕方を間違えれば、かなり悪どい展開にもなりかねない台詞に水尾は俯くしかできなかった。


 だが、千歳が意地悪で言っているわけではないのは分かっている。


 その辺りのことを水尾は思い出したのだ。

 いや、忘れることなどできなかったのだ。


「国が……、なくなったからですね」


 息を呑む気配がした。

 そして、千歳から笑顔が消える。


 その反応だけで水尾には十分な答えだった。


「そうか……、あのまま、我が国は……、壊滅してしまったのか……」


 崩れゆく城壁。

 逃げ惑う人々。

 聞こえてくる悲痛な叫び。

 燃え盛る炎。

 襲い掛かる謎の集団。


 それらを一つずつ、少しずつ思い出していく。


 そして…………。


「高田と……、笹ヶ谷、九十九くんでしたっけ。あの2人も呼んでもらえますか? ご迷惑を掛けた分、私の話を聞く権利はありますから」


 水尾は、今更ながら裏表のない善意によって自分が助けられていたことを自覚したのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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