貴族の在り方
「見つけたあああああああああああっ!!」
その声に覚えは有れど、姿は見えず。
恐らく、その声の主は、目の前にいる九十九の後方にいるのだろうけど、彼の大きな身体で、わたしからは見事に隠されているようだ。
なんで、向こうからは見えるの?
違う。
気配に気づいて、九十九が隠してくれたんだ。
先ほどまでと立っている位置が微妙に違う気がする。
真横にいたはずの彼が、自然に、わたしを隠すように移動していた。
でも、知り合いなのはなんとなく気付いているはずだ。
いつもの護衛魂?
「つ、九十九?」
「下がってろ」
「でも、知り合いっぽ……」
「いいから、下がってろ」
やはり隠されているらしい。
「ちょっとそこのデカい男。邪魔しないでくれますか?」
「…………」
近くに来たらしい。
でも、わたしからは背中しか見えない。
シャツを着てても分かるほどの広背筋の見事さってどういうことだろう?
それも、ピッチリ身体にフィットしたティーシャツ系じゃないのです。
ゆったりとしたワイシャツ系の服を着ているのに、九十九の背中が鍛えられて逞しいことはよく分かる。
いつもは大胸筋の方しか気にしてなかったけれど、この広背筋もちゃんと絵にしたくなる。
でも、後ろ姿では九十九の顔が見ることができないな~。
……などと、そんな阿呆な方向に思考を飛ばしたくなった。
「シオちゃん先輩が怖がるでしょう? そんなちっちゃくて、可愛くてちんちくりんな女の子が、貴方みたいな乱暴そうな男に絡まれちゃって可哀そうとは思いません?」
明らかにわたしも貶されたが、九十九も酷いことを言われている。
だが、九十九を見て乱暴そうってどんな視力?
人間界では眼鏡をしていたから、目が悪かったってことで良いの?
「ちょっと聞いてます? シオちゃん先輩から離れてください!!」
だが、九十九は何も言わない。
ただ目の前の女性が喚くのを見ているだけ……なんだと思う。
「ヤダ、この人。話、通じない」
誰のことかな?
せめて、人に分かる言葉で話していただきたい。
「あと、そんなに隠さなくてもちゃんとシオちゃん先輩は見えているからね? スカート、めっずらし~。制服以外で見たことな~い」
これはスカートじゃない。
確か九十九はワイドパンツって言っていた。
でも、この状態なら見間違えてもおかしくはないのか。
「ロングスカートだなんて、背伸びですか? でも、シオちゃん先輩は小さいから、伸びてもあまり変わりませんよ~」
なんで、いつもこの後輩はこうなのだろう?
何故か、ひたすら「小さい」という言葉を繰り返す。
わたしだって、好きで小さいわけではないのに。
「我が主人に言いたいことはそれだけですか? 見知らぬお嬢さん」
ようやく、九十九が口を開く。
何の感情も込められていないその低い言葉に、一瞬、誰の声かが分からなかった。
「はあ!? 主人!? シオちゃん先輩が!? うっそ~~」
だが、目の前の女性はそれを気にした風でもなく、騒いでいる。
その神経を見習いたい。
わたしは、見知らぬ男性から低い声で、軽蔑されたような言葉を投げかけられても平気でいられるほど顔の皮に厚みはない。
だけど、気分は悪い。
このキンキンした声は妙に頭に響く。
「それでは、失礼します」
「え?」
「行きますよ、我が主人」
九十九がわたしを隠したまま、そのまま抱き込むようにして、立ち去ろうとする。
「ちょっ!? シオちゃん先輩!?」
そんな突然の護衛の行動に慌てたような声がして、独特の気配に包まれた。
そして、地面の感覚が変わる。
目を落とすと、先ほどまでの白い石畳から、柔らかい芝と土の色に変わっていた。
「…………」
「…………」
そのままお互いに無言。
「九十九……?」
わたしは今も自分を覆っている護衛に声をかける。
「あんなのに関わるな」
そこにあるのは明らかな敵意だった。
どうやら、九十九は、彼女をわたしにとって害のある者として判断したらしい。
「わたしも別にあの人に対して、積極的に関わりたいわけじゃないのだけど……」
昔から妙に絡まれているのは分かる。
部活だけでなく、学校内だけでもなく、書店などで偶然出会った時もあんな感じだったから。
全然、彼女は変わっていなかった。
わたしの姿を見るなり、絡もうとしたことからそれも分かる。
それはある意味、執着なのだろう。
ただそれは、一般的な好意からくるのではなく、反感から来る敵意みたいなものだとも思っているのだけど。
「向こうから絡んでくる以上、ある程度は仕方ないなとも思う」
わたしの何が気に食わないのかは分からない。
初めて会った時から、あんな態度をとられていたことだけは覚えている。
でも、まさか、学校から遠く離れたこんな場所でも絡まれるとは思っていなかった。
「それでも守ってくれてありがとう」
「護衛だからな。敵意を剝き出している相手に対しては当然の処置だ」
「違う、違う」
そっちじゃない。
「彼女を排除する方を選ばなかったでしょう?」
九十九ならそれぐらいできる。
あの人は、水属性の多分……、それなりに力が強い気配があった。
それでも、わたしたちのように体内魔気を誤魔化したり、制御したりしているようには見えなかった。
そして、あれぐらいの魔力の持ち主相手なら、九十九は負けない。
わたしの護衛は、王族に対抗できるぐらいなのだ。
しかも、中心国の王すら、驚愕させたこともある。
そんな彼が、力尽くでの排除という簡単な手段を選ばなかったのは、わたしにとってはちょっとだけ意外だった。
「物理的な排除だと面倒なことになりそうだからな」
「面倒なこと?」
「あの女。多分、この付近の貴族だ」
「うわあ、面倒」
この世界の御貴族様は人間界の貴族のような感じはない。
自分の屋敷が持たず、城に住んでいるという人すらいる。
城から離れ、領地の管理とかそういった人もいるみたいだけど、魔力だけで、政務に全く関わらず、その場所に存在するだけで生活費を貰っている人もいるらしい。
尤も、その場合、働いてないのだから、一般的な貴族のような生活はできず、慎ましい生活を送ることにはなるそうだ。
それでも、人間界でイメージされるような貴族の代表的な仕事である大規模な社交活動がない。
具体的には貴族同士の夜会やお茶会などだ。
もしくは、華やかな舞踏会。
それについては心当たりがある。
料理だ。
いろいろな人を満足させられるほどの味と種類を作れるほどの腕の良い料理人を抱え込むことができる貴族はそう多くない。
ましてや、お茶会を行えるほどのお菓子なんてそう簡単にできるものではないだろう。
但し、目の前の護衛青年は除く。
彼は特殊な人間だ。
そして、食事を出さなくても舞踏会のようなものも難しい。
この世界には楽器が少ないから。
そのために、社交ダンスのようなものも発展していないのだろう。
貴族のお仕事イメージの代表格である領地管理ならこの世界にもある。
こちらだと、収入が増える。
具体的には、そこに住んでいる人たちから感謝の気持ち……、謝礼……、寄付みたいなものが収められるそうだ。
領地管理に必要なのは、そこに住む人たちの安全確保である。
これは、普通の人には無理なことだ。
まず、結界の維持。
そして、治安の維持だ。
そして、あくまで貴族の仕事は領地管理であって、領地経営ではないらしい。
わたしから見れば、この世界の貴族の在り方はかなり変わっていると思う。
生きているだけで、この世界を支えていることになる。
そして、それらのことを国民たちは理解して、納得もしているという点は本当に不思議だった。
初めてそれを聞いた時はよく分からなかったけれど、セントポーリア城に行った時に、それをなんとなく理解した。
大気魔気……、大気中の魔力は、この世界に生きる人間たちにとっては必要不可欠なエネルギー源であるが、過剰に集まると、毒になる。
具体的には、自然災害が起こりやすくなるそうだ。
それを抑えるために体内魔気と呼ばれる魔力を持つ人間たちが集められ、その大気魔気を調整して、災害を防ぐことになる。
そうして、この世界の平穏は保たれているらしい。
そう考えると、この世界自体が大変、不安定だと言える。
その仕組みについて、今更、どうこう言っても仕方がないのだけど……。
「そっか。あの人は、この世界の貴族だったのか……」
わたしは溜息を吐くしかないのだった。
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