疑似恋愛の提供
「面白い」
初めて着るタイプの服に、わたしは思わずそう口にしていた。
黒いシャツにキュロットスカートを長くしたような濃い青のズボン。
パッと遠くから見た感じはフレアースカートのようにも見えるけど、ちゃんとズボンだ。
くるりと回ってみても、フレアースカートのようには広がらないけれど、裾が少しだけ開く。
「それならスカートとは違うだろ?」
「違うけど、見た目スカートっぽいね」
そして、意外と歩きにくい。
これは、慣れないとスカートよりも動きにくいかもしれない。
ズボンに似ているからそのつもりで歩こうとすると、微妙に裾が纏わりついて邪魔をするのだ。
まあ、慣れが必要な服だと思う。
でも、スカートよりいろいろ気遣わなくても良い点は楽かな。
「それも嫌か?」
「嫌じゃないよ。似合うかはともかく、可愛い服は嫌いじゃない」
なんとなく九十九と上下を逆にしたお揃いテイストなのはちょっと気になるけどね。
まあ、今は「彼氏(仮)」だから、馬鹿ップルぽくて良いかもしれない。
九十九はそれ以外にもいろいろな服を選んでくれた。
いつもと違った服というのは少しだけワクワクすると同時に、九十九はこんな服が好きなのかとも思う。
少しだけワカに趣味が似ている。
いや、ワカほどわたしに少女趣味に溢れた服を着せようとするわけではないのだけれど、雰囲気みたいなのが似ているのだ。
確か、ワカの質問で、「セクシーなの? キュートなの? らぶり~なの? びゅ~てぃほ~なの? 」と聞かれた時に、その中なら「キュート」と言っていた気がするから、実際、「可愛い」系統が好きなのかもしれない。
でも、わたしがそう言った系統が好きではないのも分かっているから、ちょっとだけ落ち着いたデザインになっているのかな?
「今度はどうする?」
「へ?」
「また腕か? 今度は手にするか?」
まだ「彼氏(仮)」は継続してくれるらしい。
「じゃあ、また腕で」
「分かった」
そう言って、またしがみ付きやすくしてくれる。
そのちょっとした気遣いは嬉しい。
だけど、彼が何の考えもなく、こんなことをしているとは、正直あまり思っていなかったりする。
これを純粋な厚意だと割り切ることができればわたしも良かったのに。
「今回は、何の囮?」
店を出た時に思い切って尋ねてみた。
「……何の話だ?」
「偽装交際までするって、ちょっとアレかなって。巡回隊が多いことと関係がある?」
普通に危険があるなら、いつものように護衛で十分なのだ。
だが、わたしをわざわざ「彼女(仮)」として扱う理由が分からない。
九十九は大きく溜息を吐くと……。
「素直に従者から主人に対する疑似恋愛の提供と思っていただけませんかね、我が主人」
そんな頭が真っ白になるようなことを言った。
「ほ?」
疑似……、恋愛……?
「その発想はなかった」
「……そうか」
え?
この状態って、そういうことなの?
「でも、まあ、既にある程度バレているなら仕方ない。根拠もない勘だが、こうしていた方が釣れる気がしただけだ」
「ほ? へ?」
ちょっと待って?
疑似恋愛の提供ってわけじゃないの?
え?
何がホントの話?
「まず、巡回隊が多い本当の理由を確認するために出てきたんだよ」
混乱するわたしを無視して九十九が語り始めた。
待って!!
思考が追い付かない!!
「後は、その巡回隊の多さにお前の知り合いが関わっていないかどうかの確認だな」
「へ?」
わたしの、知り合い?
この町でソレに該当するのは今のところ、一人しかいない。
「お前が気付かなければ、まあ、男慣れしていない主人のために、『疑似恋愛』の提供ってことで通そうと思っていた」
この護衛は!!
どこまでいろいろなものを利用しようとするんですかね!?
「少しは心が躍ったか?」
「最後の一言で台無しだよ」
これが九十九の意思なのか、雄也さんからの指令なのか分からないけれど、いろいろ酷過ぎる。
「そうか? 結構、オレは楽しかったぞ」
「へ?」
「いつもの護衛とちょっと違ったからな」
九十九が笑いながら言った。
なんだろう?
ここは、喜ぶべき?
でも、喜べなかった。
九十九は嬉しそうだし、楽しんでくれたなら、わたしも笑えるかなと思ったのに、全然、そんなことはなかった。
この心に妙にある落ち着かない感情はなんだろう?
騙されたとか、裏切られたとかいう感情ではない。
もともと、そんな気がしていたのだから。
それでも、ちょっとだけ、残念だったというガックリ感はあるのだ。
「そんな顔をするなよ」
そう言われたわたしは、どんな顔をしていたのだろうか?
そして、それを言った九十九はどんな顔をしているのだろうか?
だけど、それを確認することはできなかった。
何故なら――――。
「見つけたあああああああああああっ!!」
そんな甲高い声がわたしの耳に届く方が先だったから。
****
「今回は、何の囮?」
先ほどと同じようにオレの左腕にしがみ付いた栞の口から、その言葉が出てきた時、オレは悟った。
この楽しい時間は終わってしまったのだと。
「何の話だ?」
だが、オレは惚けようとする。
気付かなければ、もっと続けられたのにと、変な所で勘の良い主人を恨めしく思いながら。
「偽装交際までするって、ちょっとアレかなって。巡回隊が多いことと関係がある?」
そこまで気付かれているなら、隠す理由はない。
オレは大きく溜息を吐きながら……。
「素直に従者から主人に対する疑似恋愛の提供と思っていただけませんかね、我が主人」
そう言った。
実際、栞がそう受け取ってくれた方が良かったのだ。
それなら、オレも自分の本音を隠しつつも、幸せに浸ることができたのに。
「ほ?」
栞はいつものように目をぱちくりさせた後……。
「その発想はなかった」
呟くようにそう言った。
「そうか」
オレの言動は、彼女にとって「疑似」の「恋愛」とも受け止められないらしい。
行動は「疑似」だが、込めた気持ちは本物なのに、オレの想いはいつも、伝わらない。
「でも、まあ、既にある程度バレているなら仕方ない」
そんな思いを誤魔化すように努めて普通に言った。
「根拠もない勘だが、こうしていた方が釣れる気がしただけだ」
根拠はある。
目的の人間は、この主人におかしいぐらいの執着を見せているようだから。
「ほ? へ?」
だが、何故か、栞は目を白黒させた。
「まず、巡回隊が多い本当の理由を確認するために出てきたんだよ」
それが表向きの目的だった。
実際、周囲から聞こえる声は少なくなかった。
そして、若い女が好みそうな場所ほど重点的に巡回隊は見回っていたことも分かっている。
「後は、その巡回隊の多さにお前の知り合いが関わっていないかどうかの確認だな」
どちらかというと、オレの目的はそちらが主だった。
関わっていれば、確実に面倒なことになると分かっていたから。
「へ?」
「お前が気付かなければ、まあ、男慣れしていない主人のために、『疑似恋愛』の提供ってことで通そうと思っていた」
オレがそう口にすると、栞が顔を赤く染めた。
怒らせたか?
だが、これだけは確認しておきたい。
「少しは心が躍ったか?」
オレが相手でも、少しは栞の心を揺らせたか?
「最後の一言で台無しだよ」
不機嫌そうに栞が答えた。
どうやら、駄目だったらしい。
「そうか? 結構、オレは楽しかったぞ」
「へ?」
「いつもの護衛とちょっと違ったからな」
本当に楽しかったのだ。
これが「疑似」ではなく、本当に恋人になれたようで嬉しかった。
喜ぶ栞を見て、もっと喜ばせたくなった。
オレの世界に色を付けてくれたこの主人のために。
だけど、オレでは足りないらしい。
先ほどまでと違って、栞の顔からは笑顔が失われてしまった。
怒りというよりも、これは、酷く苦しそうに見える。
なんで、今、そんな顔をしているんだ?
「そんな顔をするなよ」
オレは、これ以上、栞のそんな顔を見たくなくて、そう口にした時……。
「見つけたあああああああああああっ!!」
そんな甲高い声がオレの背中から聞こえたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




