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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 過去との対峙編 ~

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【第89章― 過去のイト ― 】服を選ぼう

この話から89章です。

よろしくお願いいたします。

「お前は服とかに興味はないのか?」

「ほ?」


 広場から九十九にしがみ付いたまま歩いていると、ふと、そんなことを言われた。


「いや、セントポーリア城下にいた時から、与えられる服しか買ってないだろ?」

「与えられる服で十分だからね」


 寧ろ、多すぎるぐらいだ。


 いろいろな国を渡り歩いているせいもあるだろうけど、この三年間でわたしに与えられた服はかなり多くなっていると思う。


 もしかしなくても、人間界にいた時よりはもっとずっと所持しているかもしれない。


 贅沢は敵なのです!!


 この三年間で九十九みたいに、にょきにょき伸びていれば、服の買い替えにも抵抗なかっただろうけど、残念ながら身長は少ししか伸びてないのだ。


 まあ、サイズが変わってしまうほど太ったり痩せたりしているわけでもないからそこは良いのだけど。


「自分の好きな服とかに興味はないのか?」

「好きな服……?」


 そう言えば、今朝、九十九と出かける前に少し悩んだな。

 でも、好きな服ってどんな服?


「自分で服を選んでなかったから分からない」


 人間界にいた時から、人から頂くことの方が多かった。


 可愛い服に興味がないわけでもないけど、自分に似合う服もよく分からないのだ。


「今の服……、変?」

「兄貴が選んだ服に外れはない」

「……だよね」


 雄也さんはその場に合わせた服をちゃんと準備してくれている。

 それも、わたしが抵抗のない程度の服を選んで。


「でも、それと好みは別のものだろ?」


 九十九はそう言ってくれるけど……。


「ストレリチア城下で服選びをした時も思ったのだけど、わたし、自分の服の好みってよく分からないんだよ」

「あ?」

「服ってどうしても似合う、似合わないがあるじゃない?」


 自分好みの服が似合うとは限らない。

 それが哀しい現実なのだ。


「確かにあるけど……」

「じゃあ、九十九が選んでくれる?」

「あ? オレもたまに選ぶじゃねえか」


 確かに九十九も雄也さんと同じように選んでくれる。


 だけど、基本的に買い足しばかりだし、何より雄也さんが選ぶのを基準としている感じなのだ。


 それが悪いとは言わない。


「『彼氏(仮)(かり)』の今なら、『彼女(仮)(かり)』の服を選んでもおかしくないでしょう? それに、わたしもたまにはいつもとちょっと違った系統の服も着てみたい」


 そうすれば、今日みたいな悩みも少し減る気がする。


「自分で選んで着れば良いじゃねえか」

「勿論、ある程度は選ぶよ。でも、良いか悪いかを客観的に見て欲しいかな?」


 自分目線は自信がないのだ。


「オレはセンスがねえぞ」

「そう?」


 少なくとも今着ている服はかっこいいと思うけど……。


 黒いボタンの深い青のシャツ。

 そして、黒いズボン。


 いかにもウォルダンテ大陸のカラーで、さらに九十九の体型に似合っている。


「まあ、良いか。オレもたまには違う系統の服を着た栞が見てみたいからな」

「ふぎょっ!?」


 この護衛は本当に心臓に悪い。


 特に褒められたわけではないのだけど、それでも、そんな言葉を言われたら単純なわたしは少し嬉しくなってしまうではないか。


「お前のその奇妙な反応はなんだ?」

「えっと、喜び?」


 多分、一番近い感覚はそれだった。


「喜びで『ふぎょっ!? 』って言う女はお前ぐらいなんだろうな」


 九十九は苦笑するが、わたしもそう思っている。


「咄嗟に出てくる言葉にまで責任は持てないよ」


 わたしは肩を竦めたかったが、九十九にしがみ付いているために、それができなかった。


「でも、服なら、露店区画より商業区画の店か?」

「そんなに本格的に探すもの?」


 少しハードルの上がる音が聞こえた気がする。


 露店区画だとちらっと覗くだけで店や取り扱っている服も見ることかできるけど、商業区画の店だとそうはいかない。


 昨日、食堂に行くときに見た服屋なんかやや高級志向だった。

 あんな店は避けたい。


「露店区画だと試着ができん」

「……なるほど」


 確かに服を見立ててもらうなら、試着は必須かもしれない。

 身体に当てるだけでは、その服の着心地や、体型で変化する部分までは分からないのだ。


 そして、基本的に露店区画に試着室はなさそうだ。


 場所をとるというのもあるし、警備の少ない屋外で服を着脱するなど危険ということもあるだろう。


「どんな系統の服が良い?」

「安い服」

「却下」

「きゃっ!?」


 主人が自分の意見を言ったら、護衛に却下と言われましたよ?

 どういうことなの?


「服選びの基準にいきなり金額設定するやつがあるか」

「予算大事」

「与えられている服飾予算は有り余っている」

「そんなのがあるの!?」


 服飾予算ってことは、服や装飾品ってこと?

 それも十分すぎるぐらいに持っているのに?


「繰越額が多すぎるんだよ!!」

「そんなの知らないよ。それに余るなら、次回から予算削減すれば良いじゃないか」


 与えられているってことは雇用主からだと思う。


 あの方から、わたしは服や装飾品などの装備品にどれだけお金を使うと思われていたのか?


 国庫からではなく、雇用主の私費から出ているとは聞いているけど、お金には変わりないのに。


 寧ろ、あの方は母やわたしにではなく、自分に使った方が良いと思うのです。


「今回はあるのだから使うぞ」


 そう言って九十九は、腕からわたしの手を外させ、それを握った。


「ちょっと!?」

「大丈夫だ。礼服を十着ぐらい特注しても釣りが出るぐらいにはある」

「大丈夫じゃない!!」


 どれだけ、わたしの服飾予算とやらは余っているのか!?


 礼服ってあれですよね?

 正装する時に着る服。


 人間界で見た冠婚葬祭で着る「フォーマルスーツ」とかって普通に買うと高いから、貸衣装なんてものがあるんだよね?


 しかも、特注って、オーダーメイドってやつですか!?


 だけど、そんなわたしの抵抗も空しく、引きずられるようにわたしは九十九に連れられて行ったのだった。


 そのために腕を組む……しがみ付き状態を解除して、手を繋ぐに変更したわけなのね。


 なんて、護衛だ!?


 そうして、九十九に引っ張られてきた店は、ストレリチア城下にあった店のようなお洒落感はないけれど、そこそこお高そうな洋品店だった。


 どちらかと言うとカルセオラリア城下にあったお店にその雰囲気は近い。


 しかし、女性客が多い。

 いや、よく見なくても、男性は九十九しかいない!?


 だけど、九十九は気にした様子もなく服を手に取っている。

 なんて神経の太い男なのか。


「好きな色は?」

「青」

「意外だな。青が好きなのか」

「似合わないから着ないだけ」


 好きな色が似合う色とは限らない。


 そんなことは18年の人生でよく分かっている。


「青か……。この大陸には多い色だから、逆に目立たなくて良いかもな」


 なんだろう?

 この不思議な状況。


 九十九と服を買うこと自体は何度もある。

 でも、こんな感じで選んでもらった覚えはないかもしれない。


 買う時はある程度方向性が決まっていて、わたしはそのサイズ調整のためにいるような感じだから。


「レースは苦手だよな?」

「そうだね」


 ふりふり、ビラビラしたやつは似合わない。

 ストレリチア城にいた頃は、ワカは妙に着せようとしたけどね。


 あれはワカの好みだから仕方ない。


「どんなシルエットが良い?」

「シルエット……、影?」

「服の形だな。お前にも分かりやすく言うと、アルファベットの『A』、『Y』、『I』、『X』、『O』に見える服」

「Aラインならなんとなく人間界でも聞き覚えはあるけど……『O』って何!?」


 丸ってこと?

 達磨!?


「お前が好きそうな……、こんな組み合わせ」


 そう言って九十九が見せてくれた組み合わせは、上下ともふんわりな感じの服だった。

 思ったより丸く見えない。


「別に好きってわけじゃないよ」


 単に着るのが楽ってだけだ。


 でも、それを『O』という言葉で表現されるとなんとなく着る気になれなくなるのは何故だろうか?


「スカートかパンツルックなら?」

「パンツルック」


 わたしが迷いもなくそう答えると……。


「……だよな」


 何故か、溜息を吐かれたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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