表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 過去との対峙編 ~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1616/2811

自分も笑顔になれる

 ―――― 好きな人が笑うとどんな感じになると歌う?


 そんなわたしの問いかけに対して、九十九は「キミが笑うと白黒の世界が色づく」と答えてくれた。


 その言葉から、ある程度、真面目に答えてくれたのだと思う。


 さらに……。


「お前はどうなんだ?」

「ぬ?」


 そんな質問を返された。


「オレの感性を馬鹿にするんだから、さぞ、高尚な言葉になるんだろうな?」

「別に馬鹿にしたわけじゃないんだけど……」


 単に驚いただけだ。


 だけど、九十九はそう受け止めなかったらしい。


「えっと好きな人が笑った時の感覚……? そうだね……」


 だが、確かに一方的に答えさせるのは違う。


 それなら、わたしもちゃんと言葉を考える必要があるね。


 でも、好きな人が笑った時、わたしはどう思ったっけ?


 数少ない恋愛経験を無理矢理、掘り起こして考える。


 歌なんだから、ちょっとだけ少女漫画ちっくにキラキラしく。

 だけど、自分の経験もちゃんと添えなければ、わたしの言葉にはならない。


 意外と難問だった。


「よし! 『あなたが笑ってくれるなら、わたしももっと笑顔になれる』。これでどうだ!?」

「それがお前の共感か?」

「好きな人が笑ってくれるって、素直に嬉しくない?」


 凄く嬉しいよね?


 それだけで幸せな気分になれるよね?


 それなら、自分も自然と笑顔になれる気がしない?


「それが兄貴みたいな笑みでもか?」

「……おおう」


 予想外の九十九の言葉に言葉を失いかける。


 そして、雄也さんのあの笑みを、「笑顔」の括りに入れて良いものか?

 ちょっと悩むところである。


 いや、確かに笑っているけど、何か違うというか。


「日頃の雄也さん……雄也、の笑顔みたいな感じではそんな気持ちにはならない気がする」


 少なくとも、わたしが先ほどのお題について考えた時に、雄也さんの笑みは考えもしなかった。


 いや、雄也さんも素直に笑ってくれる時はあるけれど、その場合、どうもこう、「眼福」という気持ちが先に来て、自分が笑うよりも先に拝みたくなってしまう。


 それだけ貴重なのだ。


「それじゃあ、トルクか?」

「トルクの笑顔でもそうはならないかな?」


 トルクスタン王子の顔は嫌いじゃないけどね。


 顔が良いと笑顔を見ることができた喜びよりも先に、ああ、美形だなと素直に感心してしまうのだ。


「じゃあ、あの紅い髪」

「本人がいない時ぐらい、名前で呼ぼうよ」

「オレはアイツが嫌いなんだよ」

「知ってる」


 でも、実は一緒にお酒を呑む程度に仲良しだってことも。

 口ではなんだかんだ言っているけど、嫌いな相手とはお酒を呑まないよね?


「ライトか~。あの人からも、いつも皮肉気味に笑われているんだよね~」


 ライトの笑顔を思い出してみる。


 なんか小馬鹿にされている気がして、警戒心が先立つのはよく分かった。


「それなら、来島(くるしま)は?」


 ふおっ!?

 まさか、その名前が出てくるとは思わなかった。


「そうだね……。ソウは笑ってくれた時は、確かに嬉しかった気がする」


 今も時々、思い出す。

 あの「お前は本当に世話が焼ける」って笑う顔。


 だけど、その顔を見て、自分が笑顔になれるかはちょっと違うかな?


 なんか、今となっては、あの時の笑顔を思い出すだけで、わたしは泣きたくなる方が近い気がする。


「それ以外なら、あの『お絵描き同盟』の男」

「あの人の場合、笑顔が偽物くさかったからな」


 まあ、わたしを嵌めるために近付いたみたいだから、そこは仕方ないよね。


 あの人自身も、王子殿下の命令とはいえ、多少の罪悪感とかはあったみたいだから、複雑な笑みになっていたことだろう。


「それ以外となると、人間界か?」

「なんでそんなところを気にするのか分からないけれど……」


 なんで、ここまでいろいろな人、それも懐かしい人まで出てくるのに、わたしの()()()()()()()()()()()()()んだろう。


 単純に気付いていない?

 それとも、意識的に除外している?


「そうだね。人間界だね」


 わたしはそう答えるしかなかった。


 このまま放っておくと、恭哉兄ちゃんや楓夜兄ちゃん、グラナディーン王子殿下や下手すると、情報国家の国王陛下すら出てきかねない。


 少なくとも、笑顔を見てそう思った時は間違いなく人間界だったから、嘘は吐いていないのだ。


「悪いな。オレもお前の中にそんな感情があったということが信じられなかったから、追及したくなった」

「わたしの護衛が酷い」


 それは本気で謝ってはいないよね?


「それは、お互い様だろ?」


 そう言って、九十九は笑った。


「確かにわたしの言葉も酷かったかもしれないのは認める」


 それでも、今、わたしに笑顔を向けている九十九の方が、絶対に酷いと思うのですよ?


 このタイミングで何故、そんな顔をするの?


 その表情に計算はない。

 彼は楽しいから、面白いから素直に笑うだけ。


 まあ、いいか。

 この辺りは深く突っ込めば突っ込むほど、いろいろな意味で、わたしが不利になりかねない。


「今、歌っている人は、誰かを想っているのかな?」

「さあな。でも、そんな相手がいるなら、こんな場所で下手くそな歌を歌わず、当人の前に行くと思うぞ」


 どうやら、九十九もあまり巧いとは思っていなかったらしい。

 さらりと酷い。


「歌にすれば、普段は言えない言葉を伝えることができるからじゃないかな」

「あ?」


 わたしの言葉に九十九は怪訝そうな顔をする。


「『愛している』とか『好き』って普段は言えないけど、歌の歌詞としてなら言えるじゃない?」


 勿論、共感は大事。


 自分の中に渦巻く声にならない感情を素直な言葉にしてくれる「ラブソング」。


 でも、普段、言いたいことも言えない人にとっては、そんな側面も「ラブソング」にはあると思うのです。


「誰もが九十九みたいに言葉にできる人ばっかりじゃないんだよ」


 九十九は嘘を吐かない。

 真っすぐで真面目な人。


 でも、皆がそんな強さを持っているわけじゃないのだ。


「オレだって……」

「ん?」

「言えない言葉の一つや二つある」


 それはちょっとだけ吐き出された九十九の弱音(気持ち)


「そうなの?」


 だけど、それはわたしにとっては凄く意外な言葉だった。


「誰もがお前みたいに思ったことを口にできると思うなよ」


 九十九にしがみ付いているためか、いつもよりも近い顔。


 その黒く真っすぐな瞳に少しだけ、淋しさに似た何かがあった。


「例えば?」

「兄貴に情報制限されていることはいくつもある」

「……ああ」


 それは確かに言えない言葉だ。

 それも一つや二つではないだろう。


 わたしが考えている以上にいっぱいありそうだ。


「それに、全てを口にすることが、必ずしも全ての幸せに結びつくわけでもないからな」

「そうだね」


 それはなんとなく理解できる気がした。


 例えば、死の淵にある人の病状とか。


 例えば、不安定な精神状態にある時の現実とか。


 例えば、微妙なバランスで保たれている人間関係の真実とか。


 例えば、関係を崩したくない相手への本心とか。


 例えば、


 ―――― 世迷言


 自分が何も言わなければ、言われることもなかった言葉とか。


 (かたち)になる前に崩れ落ちた。

 芽が吹き、育つ前に刈り取られた。


 他ならぬ真っすぐで真面目で嘘の吐けない当人によって。


 そんなことを今更言っても仕方がないとは思う。


 あのまま、気付かれず、気付かせずに育てていたら自分はどう変わっていたのかな? と思うことはある。


 尤も、あの時言っていなければ、もっと救いようのない結果になっていた可能性も否定はできないのだけど。


「本当のことを言えば、救われるわけじゃないよね」


 それでも、わたしはそう言っていた。


「本当のことを言わないから、救われるものもあるからな」


 九十九もそう返す。


 言わないから、救われていること。

 知らないから、何も変わらないこと。


 九十九の中にあった言葉(ソレ)をわたしが知るのはもっとずっと先の話。


 追い込まれて、追い詰められて、悩みに悩んだ彼が、本当の意味で余裕がなくなるまで、わたしは自分の護衛の奥底に縛り付けられている「(言葉)」に気付くことができなかったのだった。

この話で88章が終わります。

次話から第89章「過去のイト」です。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ