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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 過去との対峙編 ~

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その世界は色付く

「昨日は絵を描いている人がいたけど、今日はいないね」


 わたしは、九十九にしがみ付く……というよりぶら下がりながらそう言った。


 身長差があると腕を組むという行為すら難しいようだ。


 ぐぬう。

 だが、わたしには踵の高い靴を履くという選択肢はない。


 これまで、何度も誰かから追いかけるという状況に陥ったことがある身としては、いざという時に動けないのでは、護衛の足を引っ張ることになってしまう。


 足手纏いにはなりたくないのだ。


「時間にもよるんじゃないか」


 どこか固い口調で頼りになる護衛はそう言った。

 九十九は、わたしがしがみ付いていても、顔色も変えていない。


 なんで、こんなに余裕がある男になったのだろう?

 最近では同じ年齢とは思えなくなったと思う。


「ああ、でも、歌っている人はいるみたいだ」


 向こうから、それっぽい声が聞こえてきた。

 低い声だから……、男性かな?


「気になるならそっちにも行くぞ」

「いや、声が聞こえるからここで良い。近付くと、意識させちゃうからね」


 変に意識させない方が良い。

 わたしは、自然な声で聴きたいのだ。


 だが……。


「ん~? 九十九の方が巧いかな」


 聞こえてくる歌声に対して、うっかりそう本音を呟いてしまった。


 九十九の歌声は、人間界のカラオケでも聴いたことがあるし、港町マルバでも何度も生歌を聴いている。


 声が良いだけでなく、歌も巧いってなんとなくズルいよね。


「比べんな」

「そうだね。ごめん、失礼だった」


 人前で歌っているこの歌声の人にも失礼だし、九十九にも失礼だった。


 反省しなければ。


「ラブソング……かな?」


 聞こえてくる歌詞を聞いた限りはそんな気がする。


 誰かに向けて歌う歌っぽい。


「これが?」


 だが、九十九は首を捻った。


「ちょっと離れているからアレだけど、『笑うと目が眩むほどの光を発する』って言った気がするよ」

「……必殺技か?」


 九十九は少し考えてそう答える。

 その発想はおかしい。


「九十九はもう少し情緒を知った方が良いと思う」


 相手が笑うと光り輝いて見えるって歌詞がどうしてそうなった?


「あ、ほら。『輝きに満ちた世界でボクは生まれ変わる』って……」

「転生か?」

「なんで、微妙に酷いの?」


 生まれ変わるの意味がかなり違うと思うのです。


「賛同できないからだろう?」

「……賛同?」

「人間界でも思ったけど、恋や愛を歌ったものって、ある程度、大衆に共感ってやつがなければ全く売れない」


 間違っていないのだろうけど、まさかラブソングから、売る、売らないの話になってしまうとは、予想外だった。


 まあ、確かに流行るってことは売れているってことなんだけど、ちょっとそれは哀しい話ではないだろうか?


「世知辛い」


 わたしは思わず、そう呟く。


 だけど、少なくとも、九十九は「ラブソング」というものは共感できなければいけないと言っていることは分かる。


「えっと、共感……『忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふと 人のとふまで』みたいに?」


 わたしが覚えている歌で共感しやすいのはこの辺だろうか?


「……なんだ、それ?」

「『拾遺和歌集』の平兼盛の歌。百人一首で言うと確か……40番辺り」


 百人一首は覚えたけれど、順番までは流石に覚えていない。


 古い歌人順に並んでいるから、トップバッターが、天智天皇、持統天皇の親子なのは知っている。


 そして、最後が後鳥羽院……後鳥羽上皇、順徳院……順徳天皇の親子であることも。


「出典じゃなくて、意味は?」


 割とそのままの意味だと思うけれど、九十九は尋ねてきた。


「ずっと恋心を隠していたのに、自分の顔色に出てしまったようだ。『物思いでもしているの? 』って人から聞かれるぐらいに……って意味だったよ」


 今も昔も恋心って変わらないんだなと思った。


 まあ、時の帝の前で行われた歌合せの時に読まれた歌らしいから、実際には特定の誰かを想って……というものでもないらしいけど。


「何故、百人一首?」

「人間界にいた頃、高瀬が好きだったんだよ。それで……百首全部覚えた」


 高瀬の場合、好きというよりも、正月に実家……、というか本家と呼ばれる場所でやっていたらしい。


 そのために、冬休みのたびにワカと練習に付き合っていたというのが正しい。


 ただ、どうしても三人でやることになるから、「いろはかるた」のような一般的な「散らし取り」ではなく、「源平合戦」と呼ばれるものになっていた。


 尚、先ほどわたしが口にした「忍れど」は高瀬が好きな歌である。


「お前は時々、無意味に凄いな」


 無意味って……。


「無意味じゃないよ。覚えなければ勝てなかったんだから。ただ歌を丸々覚えちゃったから、一度、上の句から全部頭の中で唱えなければ動けないという弱点もあったけどね」


 あれは誤算だった。


 高瀬のように「決まり字」というのを覚えれば良いだけだったのに、一度しっかり覚えてしまった後では、それもできなかったのだ。


「わたしは恋の歌より風景を歌った方が好きだったかな」


 一番好きなのは、「久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ(こんなに日の光がのどかに降り注ぐ春の日だというのに、どうして桜の花は落ち着かずに散ってしまうのだろうか)」だった。


 ワカと高瀬が「高田らしい」と言ってくれたのもあって印象強いのだ。


「色気のないやつだな」

「でも、そんな色気のない人間でも共感した歌が、さっきの『忍ぶれど』なのですよ?」


 因みにワカが好きなのは、「忘らるる 身をば思はず ちかひてし 人の命の をしくもあるかな(貴方に忘れ去られた私の方は大丈夫だけどさ~、私を愛してると神に誓ったはずの貴方が神罰を受けはしないかと心配なんだよね)」だった。


 当時は気の強い女性が好きだったワカらしいと思っていたけれど、今にして思えば、実に法力国家の王女殿下らしい選歌でもあった。


「偲んだことがあるのか?」

「まあ、一応、こう見えても18年は生きているので?」

「そうか」


 何かの探りかと思うので答えたが、特に深い意味があったわけではないらしい。


「でも、そうだね。そう言った歌に比べたら、聞こえてくる歌に共感はできそうにないかな」


 少なくとも、「あ~、あるある! 」とはならない。

 なんとなく、「へえ、そうなの? 」ぐらいの感覚かな。


「古式ゆかしき百人一首の歌とその辺の若い人間が歌っている歌を一緒にされたら、先人も迷惑だと思うぞ」

「確かに。文字通り、『歴史が違うんだよ』ってやつですな」


 飛鳥時代の天智天皇から始まり、鎌倉時代の順徳院まで実に500年を超える間に読まれた歌の中から、今から800年近くも昔、当時の著名な歌人によって選ばれし百首なのだ。


 いくら魔界人と言っても、たかが数十年の歴史ではお話にならないってやつだね。

 

「じゃあ、九十九なら、好きな人が笑うとどんな感じになるって歌う?」

「あ?」


 それならわたしと同じ十数年の歴史の感覚はどうなの?


「『笑うと目が眩むほどの光を発する』とは違う感覚なんでしょう?」


 あなたは、好きな人が笑うとどんな気持ちになる?


「そうだな。『キミが笑うと白黒の世界が色づく』かな?」

「ほ?」


 思ったよりも早い回答で、さらに、想像以上にしっかりした答えだった。


 まるで、準備されていた……違うな、日頃から考えているような言葉だ。


「おかしけりゃ笑え」

「い、いや、おかしくはないけれど」

「じゃあ、何だよ?」


 なんだろう?

 自分でもよく分からない。


「意外とまともな言葉が返ってきてビックリしたというか……」

「おいこら?」


 正直、もっと悩むと思っていたのは認めよう。


「九十九にそんな感性があったことに驚きというか?」

「待てこら?」


 九十九は自分の好きな人の笑顔を見た時に、そう思うのかとも思った。


 それだけ、好きな人の笑顔って特別だと感じているということだ。

 つまり、九十九はそれだけ好きになった人がいるということにも繋がる。


 それが、とても不思議な気がしたのだ。


 だけど、そんな風にわたしが考えていると……。


「じゃあ、お前はどうなんだ?」


 何故か、九十九はそう聞いてきたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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