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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 過去との対峙編 ~

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好きな人が笑うと

「昨日は絵を描いている人がいたけど、今日はいないね」


 栞がオレの腕にしがみ付きながらそう言う。


「時間にもよるんじゃないか」


 口と頬に気合を入れて答える

 油断するとオレの表情筋が緩んでしまうのだ。


 何も両手でしがみ付く必要はないのに、何故か、栞は両腕を絡ませている。

 まあ、つまり、腕にいろいろ柔らかいものが押し当てられるのだ。


 栞の右頬とか、腕自体とか、その、俗に言う()()()()とか。


 半袖で出てくれば良かったと思う反面、それでは栞に気付かれてしまったかもしれない。

 これで良いと思うことにしよう。


「ああ、でも、歌っている人はいるみたいだ」

「気になるならそっちにも行くぞ」

「いや、声が聞こえるからここで良い。近付くと、意識させちゃうからね」


 聞こえてくるのは、男の声だった。

 はっきり言えば、巧くはない。


 だが、聖歌以外の歌というのは珍しいので、そこそこ人が集まっているようだ。


「ん~? 九十九の方が巧いかな」

「比べんな」

「そうだね。ごめん、失礼だった」


 人間界で様々な音楽を耳にしてきたオレたちはある意味、耳が肥えている状態なのだろう。

 それでも、この世界では珍しい自作の歌だった。


「ラブソング……かな?」

「これが?」


 ラブソング……、恋を歌った歌だという。

 だが、どう聞いても恋だの愛だのを歌っているような気がしない。


 まあ、聖歌のように神を歌っているようには聞こえないことは確かだ。


「ちょっと離れているからアレだけど、『笑うと目が眩むほどの光を発する』って言った気がするよ」

「……必殺技か?」


 少し考えてそう答えた。


「九十九はもう少し情緒を知った方が良いと思う」


 それについては、この女にだけは言われたくない部分だろう。


「あ、ほら。『輝きに満ちた世界でボクは生まれ変わる』って……」

「転生か?」

「なんで、微妙に酷いの?」


 栞の目が明らかに呆れたものに変わっている。


「賛同できないからだろう?」

「……賛同?」

「人間界でも思ったけど、恋や愛を歌ったものって、ある程度、大衆に共感ってやつがなければ全く売れない」

「世知辛い」


 栞が困った顔をするが、事実だ。


 共感、ある程度、感情移入することができなければ、それらの歌を好きになれないのだと思う。


「えっと、共感……、『忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふと 人のとふまで』みたいに?」

「……なんだ、それ?」


 いきなり和歌が詠まれたことだけは分かる。


「『拾遺和歌集』の平兼盛の歌。百人一首で言うと確か……40番辺り」

「出典じゃなくて、意味は?」

「ずっと恋心を隠していたのに、自分の顔色に出てしまったようだ。『物思いでもしているの? 』って人から聞かれるぐらいに……って意味だったよ」


 確かに共感できる。

 オレの気持ちは、兄貴や水尾さん、真央さんには駄々洩れているようだからな。


「何故、百人一首?」


 オレはなんとかその言葉だけを絞り出す。


「人間界にいた頃、高瀬が好きだったんだよ。それで……、百首全部覚えた」

「お前は時々、無意味に凄いな」


 オレは素直に感心する。


 自分が好きだったわけでもないのに、短歌を百首覚えるって相当な努力じゃないか?


「無意味じゃないよ。覚えなければ勝てなかったんだから。ただ歌を丸々覚えちゃったから、一度、上の句から全部頭の中で唱えなければ動けないという弱点もあったけどね」


 時々、この女の負けず嫌いは変な所に発揮される。

 高瀬や若宮からすれば、面白い相手だったことだろう。


「わたしは恋の歌より風景を歌った方が好きだったかな」

「色気のないやつだな」

「でも、そんな色気のない人間でも共感した歌がさっきの『忍ぶれど』なのですよ?」


 オレの皮肉に似た言葉に対して、栞は何故か嬉しそうにそう答えた。


「偲んだことがあるのか?」


 そこが引っかかる。

 単純な感情移入ならともかく、共感は経験のないものには起こりにくい。


「まあ、一応、こう見えても18年は生きているので?」

「そうか」


 確かに栞は18年も生きている。

 オレと似たような感情はなくても、誰かに抱いてもおかしくはない。


 だが、この心臓を撃ち抜かれたようにショックなのは何故だろうか?


「でも、そうだね。そう言った歌に比べたら、聞こえてくる歌に共感はできそうにないかな」

「古式ゆかしき百人一首の歌とその辺の若い人間が歌っている歌を一緒にされたら、先人も迷惑だと思うぞ」

「確かに。文字通り、『歴史が違うんだよ』ってやつですな」


 栞はどこか楽しそうに笑った。


「じゃあ、九十九なら、好きな人が笑うとどんな感じになるって歌う?」

「あ?」


 オレにしがみ付いたまま、栞はそんなことを尋ねてきた。


「『笑うと目が眩むほどの光を発する』とは違う感覚なんでしょう?」


 さっきの歌の解釈か。


「そうだな。『キミが笑うと白黒の世界が色づく』かな?」

「ほ?」


 オレがそう言うと、栞は目を丸くした。


 なんだ、その顔。

 そんなに意外か?


「おかしけりゃ笑え」

「い、いや、おかしくはないけれど」


 栞がどこか戸惑ったような、困ったような顔をしている。


「じゃあ、何だよ?」


 自分でも恥ずかしいことを言った自覚はある。


 だが、その当事者にそんな不思議な顔をされるのはいろいろムカつくぞ?


「意外とまともな言葉が返ってきてビックリしたというか……」

「おいこら?」

「九十九にそんな感性があったことに驚きというか?」

「待てこら?」


 オレの惚れた女は酷いことを言う。


「じゃあ、お前はどうなんだ?」

「ぬ?」

「オレの感性を馬鹿にするんだから、さぞ、高尚な言葉になるんだろうな?」

「別に馬鹿にしたわけじゃないんだけど……」


 栞は唇を突き出す。


「えっと好きな人が笑った時の感覚……? そうだね……」


 今、栞は誰かの笑顔を思い浮かべているのだろう。


 それが、かなり腹立たしい。

 間違いなく、オレじゃないから。


 オレは、栞が笑った時のことを思い出してしていたというのに。


「よし! 『あなたが笑ってくれるなら、わたしももっと笑顔になれる』。これでどうだ!?」


 栞は嬉しそうにそう言った。


 今、彼女を笑顔にした男は誰なんだろうか?


 ああ、クソ。


 言わなければ良かった。

 聞かなければ良かった。


「それがお前の共感か?」

「好きな人が笑ってくれるって、素直に嬉しくない?」


 嬉しいよ。

 分かっているよ。


 オレも栞の笑顔を見るのが好きだから。


 でも、その笑顔が自分に向けられてないのなら、ムカつくだけなんだよ!!


「それが兄貴みたいな笑みでもか?」

「……おおう」


 オレの言葉に、栞は困ったような顔をする。


 彼女が思い出していたのは、あの笑顔ではないらしい。

 少しだけほっとしたし、溜飲が下がった気もした。


 そして、少なくとも、その対象は兄貴ではないようだ。


「日頃の雄也さん……、雄也、の笑顔みたいな感じではそんな気持ちにはならない気がする」


 栞は考え込む。


「それじゃあ、トルクか?」

「トルクの笑顔でもそうはならないかな?」


 即答だった。


「じゃあ、あの紅い髪」

「本人がいない時ぐらい、名前で呼ぼうよ」


 栞が困ったように笑う。


「オレはアイツが嫌いなんだよ」

「知ってる」


 今度は楽しそうに笑った。

 ほら、見ろ。


 栞の笑顔だけでこんなにも世界の色が変わる。


「ライトか~。あの人からも、いつも皮肉気味に笑われているんだよね~」


 それも分かる気がする。

 だが、あの紅い髪の男ではないらしい。


「それなら、来島(くるしま)は?」


 オレの言葉で、栞は身体を硬直させた。


 それは、しがみ付いているからこそ分かる感覚。


「そうだね……。ソウは笑ってくれた時は、確かに嬉しかった気がする」


 栞が絡んでいる腕がずっしりと重くなった気がした。


 ああ、クソ!!

 自分で言っておきながら、自分でショックを受けていても仕方ないのに。


 だけど、あのキツネ顔の男でもないらしい。


「それ以外なら、あの『お絵描き同盟』の男」

「あの人の場合、笑顔が偽物くさかったからな」


 オレよりもっと酷い評価がきたぞ?


「それ以外となると……、人間界か?」

「なんでそんなところを気にするのか分からないけれど、そうだね。人間界だね」


 それは、どこか、呆れたような、めんどくさそうな返事だった。

 いろいろ突っ込み過ぎたらしい。


 嫉妬深い彼氏か?

 オレは、嫉妬深いけど、彼氏(ほんもの)ではない。


 だから、これ以上は突っ込まないようにする。


「悪いな。オレもお前の中にそんな感情があったということが信じられなかったから、追及したくなった」

「わたしの護衛が酷い」


 栞がオレにしがみ付いたまま、上目遣いで睨みつける。


「それは、お互い様だろ?」


 オレはそう言って、自分の中でモヤモヤする感情を押さえつけて蓋をするのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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