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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 過去との対峙編 ~

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いろいろ一致しない

「ふむ。美味しい」


 わたしは今、広場にあった椅子に九十九と並んで座りながら、お弁当を食べている。


 なんだ、この状況?

 そして、どうしてこうなった!?


「そっちの唐揚げみたいなヤツはどうだ?」

「美味しいけど、唐揚げと思って食べたら失敗する」

「なるほど」


 唐揚げと思って口に入れたら……、たこ焼きだった……みたいな?


 思った以上に柔らかくてぶにょっとした食感。

 そして、たこは入っていなかったけれど、チーズみたいなのが入っていた。


 いや、美味しいけれど視覚情報と味覚情報が一致しないと、人間って混乱するよね?


「九十九のそれは何?」

「魚の照り焼きかと思ったが、鳥のムニエルみたいなやつだな。思ったものとは違ったが、意外と美味い。最後の一切れ、いるか?」

「いただきます」


 九十九が美味いというのなら間違いないだろう。


「はい」

「はい?」


 何故か差し出される肉。


「……何?」

「皿はねえし、弁当に乗せると変化するだろう?」


 この世界の料理の法則は……(以下略)。


「いや、そこは、そのお弁当を差し出せば済むんじゃないかな?」


 わたしがそこから箸で摘まめば万事解決!


 箸から箸への受け渡しなど、日本人の血を引く、日本育ちのわたしにできるはずもない!!


「最後の一切れをもう摘まんだからな」

「一度、下ろせば良いんじゃないですかね!?」

「いいから食え!!」


 そう言われながら、口に突っ込まれた。


 ううっ。

 美味しいけど、なんか違う。


 今のって、多分、お年頃の男女間では心ときめく場面だったんじゃないのかな?


 少女漫画だと二人の背景に花や点描を散りばめ、作者が全力で気合を入れて描くようなところだと思うのです。


 でも、ときめけない。

 全然、ときめけない。


「美味いか?」

「うん。悔しいけど、美味しい」

「何故、悔しがる?」

「わたしは嫌がっているのに九十九から無理矢理、口に突っ込まれたから」


 自分で食べてゆっくりと噛み締めたかった。


「……っ!! ああ、悪い」


 本当に反省しているのだろうか?


 無理矢理突っ込まれるって、意外と食べにくいんだなとは思った。

 だが、それを九十九は知らないのかもしれない。


「口開けて」

「あ?」

「仕返しするから」

「……分かった」


 そう言って、九十九は素直に口を開けてくれる。


 だから、唐揚げのようなものを()()突っ込んで差し上げた。


「どうだ!!」

「……美味い」


 わたしが予告していたためか、驚きも半減してしまったらしい。


 意表を突くために、小さめとは言え、一気に2つも突っ込んだというのに、九十九は口をもごもごさせて、普通に食べている。


「いや、そういう時こそ、九十九のツッコミ魂を発揮する場面じゃないの?」

「そんな魂を持って生まれた覚えも育てた覚えもないが、美味い物は美味いし、食べ物に罪はない」


 あうっ!!

 確かに、今のわたしの行動は食べ物に悪いことをしてしまった。


「それにお前が美味いと言ったものを手ずから食わされて不味くなるわけねえだろ?」

「はぎゃ!?」


 そういった方向の意味は全くないと分かっている。

 九十九は単に事実を述べているだけだ。


 だが、先ほどからなんか、変。


 その奇妙な感覚は自分のせいなのか、九十九のせいなのかはさっぱり分からないけれど、いつもと違うことだけははっきり分かる。


 それに一つの椅子に並んで座るっていうのも、どこか不思議な感じがする。

 横に並んで歩くこともあるし、ここに座るまでは、九十九の腕にしがみ付いてもいたのに。


 別々の椅子なら並んで座ることもある。

 でも、一つの椅子に一緒って……よく考えなくてもこれまでになかった気がする。


 ああ、椅子じゃなくて寝台ならあるか……って、それはそれでどうなのだろうか?


「どうした?」

「いや、お弁当、美味しいなと」


 広場で九十九が選んでくれたお弁当を食べるのは美味しい。

 でも、今はお弁当の美味しさを楽しむよりも別の感情の方が大きい。


 横の青年の確かな存在感を考えながら、わたしは思考をするのだった。


****


「ふむ。美味しい」


 オレの横で栞はしみじみとそう口にする。


 感極まったというよりも、落ち着いた感想なのが面白い。

 朝からそれなりに人が集まっている弁当屋で、今回は別々の弁当を選んだ。


 漂っていた匂いからも、間違いはないだろうと判断したこともある。


「そっちの唐揚げみたいなヤツはどうだ?」

「美味しいけど、唐揚げと思って食べたら失敗する」

「なるほど」


 人間界の食べ物だと思って食ったら、それは驚くよな。

 だが、恐らく、柔らかい物だとは分かる。


「九十九のそれは何?」

「魚の照り焼きかと思ったが、鳥のムニエルみたいなやつだな」


 調味料でツヤを出していたのかと思えば、肉から出る脂だったようだ。


 恐らくは、双頭の大鷲(リギィ)だろうな。


 双頭の名の通り、頭を二つ持ち、その全長は5メートルを超え、翼幅も20メートルぐらいになるんじゃなかったか?


 よく捕まえて料理したもんだと思う。


「思ったものとは違ったが、意外と美味い」


 あまり見慣れない食材はやはり難しい。

 だが、結果として新たな経験になる。


「最後の一切れ、いるか?」

「いただきます」


 オレの言葉に栞は素直に頷いた。


「はい」


 だから、深く考えずに最後の一切れを箸でつまんで、栞の前に突き出す。


「はい?」


 栞が何故か目をぱちくりとさせた。


「……何?」


 さらにそう問われる。


「皿はねえし、弁当に乗せると変化するだろう?」


 だから、このまま食わせた方が無駄はない。


「いや、そこは、そのお弁当を差し出せば済むんじゃないかな?」


 だが、何故かそんなことを言われた。


「最後の一切れをもう摘まんだからな」

「一度、下ろせば良いんじゃないですかね!?」


 さらにそんなことを言われたから……。


「いいから食え!!」


 勢いのまま、口に突っ込んだ。


「美味いか?」

「うん。悔しいけど、美味しい」


 何故か下を向いて答える。


「何故、悔しがる?」


 そんなに、オレが食わせるのが嫌だったのか?


「わたしは嫌がっているのに九十九から無理矢理、口に突っ込まれたから」

「……っ!!」


 ちょっといろいろ妄想してしまった。


 違う!!


 オレにとってはガキの頃、兄貴から散々やられている日常的な行動ではあったが、普通は確かに無理矢理、口に突っ込むなんて乱暴な行いはしない。


「ああ、悪い」


 今更遅いが、一応、謝っておく。

 弁解はしない。


 全面的にオレが悪い。


「口開けて」

「あ?」

「仕返しするから」


 栞の目が据わっている。

 どうやら、やり返さなければ気が済まないらしい。


「……分かった」


 そう言って、オレは素直に口を開けて沙汰を待つ。


 そのまま、栞は微かに笑いながら、オレの口に2つほど、柔らかいものを突っ込んだ。


「どうだ!!」

「…………美味い」


 そして、兄貴に比べればかなり優しい。

 そんなに気遣われながら口に放り込まれても、驚きはない。


「いや、そういう時こそ、九十九のツッコミ魂を発揮する場面じゃないの?」


 お前は何を期待していたんだ?

 そして、今の行動のどこにツッコミを入れる要素があるんだ?


「そんな魂を持って生まれた覚えも育てた覚えもないが、美味い物は美味いし、食べ物に罪はない」


 オレがそう答えると、栞が目を丸くして、自分の胸を押さえる。


「それにお前が美味いと言ったものを手ずから食わされて不味くなるわけねえだろ?」

「はぎゃ!?」


 さらに、珍妙な叫び。

 オレは事実を言っただけだ。


 もともと美味い物を、栞の手で……。


 あれ?

 これって、もしかして、オレはかなりのことをされたんじゃないのか?


 兄貴から昔やられたアレやコレが頭をチラついていて気付きもしなかったが、実は、いろいろな意味で美味しい場面だった?


 なんで、オレはもっとゆっくりと味わって食ってないんだ!?

 なんて、勿体ない!!


 だが、そんなオレの苦悩以上に栞の様子がおかしい気がした。


「どうした?」

「いや、お弁当、美味しいなと」


 そう言って力なく笑う。


「ああ、美味いな」


 栞と並んで食うから余計に美味く感じるのかもしれない。

 栞もそう思ってくれると嬉しい。


 オレが横にいるから、美味いのだと。


 そう思うのは欲張りか?

 欲張りなんだろうな。


 オレは栞に気付かれないよう、そっと溜息を吐くのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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