目立ってしまう可能性
「つまり、わたしはこの大陸ではモテる方?」
美味しい野菜スープを売る店から少し離れたところで、わたしは先ほどの店員さんが言った言葉を思い出していた。
―――― この大陸では、黒い髪、黒く大きな瞳、小柄で胸のある女が好まれるんだ
好み……というより美人とよばれる存在は、その時代、その国によって違うとは聞いたことがあった。
もしくはバランス良く整っている……悪く言えば、その時代の平均値を表すらしい。
平安時代や江戸時代の美人さんが、人間界の……、現代の世にはそぐわないのもそれが理由だ。
周囲を見ると、黒髪で小柄な女性は何人かいる。
そして、胸が大きい。
つまりは、そういうことなのだろう。
いや、身長はともかく、胸はその気になれば作れると聞いているので、本当にそうなのかは分からないのだけど。
「さっきの店員の話を鵜呑みにすればそうなるな」
横を歩く九十九はあまり興味なさそうに答える。
「黒髪はともかく、小柄は……、水尾先輩も真央先輩も該当しないよね?」
「それでも、あの店員は真央さんのことを『綺麗』と認識しているから、危険がないわけではないな」
その言葉から、九十九は、殿方からモテるのは、「危険」だと認識しているということが分かる。
これまで小柄で子供っぽいからそこまで注目を浴びていなくても、それを受け入れるようなお国柄なら話は変わってくる。
今まで背の高い美形たちに囲まれて埋もれていたはずのわたしが、目立ってしまう可能性はあるのだ。
「手でも繋いでおくか?」
ふと、そんな申し出をされた。
「へ?」
意味が分からず、九十九に短く問い返す。
そんな、夕食のメニューに一品加えるような気軽さで、言う言葉だっけ?
いや、この世界の夕食に一品加えるのって結構大変だけど、彼が言うと自然な感じがするので、例としては間違っていない。
「万一のためだ。流石にいきなり他人に対して移動魔法をやるバカがいるとは思えんが……、オレが握っていれば、知らない所に移動させられても、まあ、なんとかなるだろう」
ああ、なるほど。
移動魔法防止のために手を繋ぐってわけか。
それなら、これまでにも何回かあるね。
物体移動魔法……、他者を別の場所へと移動させるには効果範囲がある。
複数の人間を移動させることができる人はそれなりに魔力が強い人だ。
だから、接触している状態というのはそれを防ぐために、かなり有効な手段だろう。
それに、九十九と一緒なら、万が一、どこに移動させられても、大概のことは何とかなる気がする。
「それとも、腕組むか? それなら危険はもっと減ると思うが……」
「……ほげ?」
さらに意外な言葉を続けられた。
腕を組む?
この場合、自分の両腕を組むって意味じゃなくて、九十九のその腕に自分の腕を絡めるってことだよね?
え?
この腕に?
よろしいのですか?
「好きな方を選べ」
さらに、何故か、尊大な態度で九十九はそう言った。
本当にどちらでも良いらしい。
少し考えて……。
「じゃあ、腕で?」
手を繋いだことは何度もある。
やはり移動魔法を警戒するような状況だった。
腕も、あの酒場でわたしからしがみ付いた覚えがある。
だから、別に大丈夫かなとは思う。
問題は、恥ずかしいぐらい?
でも、多分、九十九は気にしないだろうけど。
「手じゃなくて、腕?」
何故か、確認される。
「九十九とわたしは身長差があるから、手を繋ぐって意外と大変なんだよ」
それは何度か手を繋いでいるから分かることだ。
九十九は腕を下ろすだけで良いけど、わたしは腕の筋力が試されることになる。
尤も、筋力、体力も前より向上しているので、数時間手を繋いだぐらいで疲れることはないだろう。
わたしが腕を少しだけ上に上げ続ける状態になるので、少しだけ見た目にも面白く見えるとは思う。
でも、腕なら、わたしがしがみ付くだけで良い。
それでも身長差がある事実は変わらないので、手を繋ぐのと同じぐらい不格好に見えるかもしれないけどね。
「それでは……」
そう言って、九十九が少しだけ腕を曲げる。
ここにしがみ付け……、いや、握れと言うことかな?
でも、二の腕や肘には無理そうだよね。
「失礼します」
そう言って、九十九の腕に少しだけ手を添える。
「もっとしっかり握れ」
「ふ?」
「それだとすぐ外れるだろ」
言われてみればそうかもしれない。
思い切って、わたしは九十九の左腕に自分の腕を巻き付けてみる。
ふわああああっ!?
腕が思ったよりガッシリして太い!?
この腕に何度も、抱き締められたことすらあるのに、自分の腕を巻き付けると全然感覚が違う!!
以前、酒場でしがみ付いた時は、その場の雰囲気や勢いもあったけれど、いろいろ、いっぱいいっぱいだった。
でも、今回は、爽やかな朝の明るい時間帯。
しかも屋外!!
全然、状況が違い過ぎる!!
「どうした?」
わたしの興奮状態に気付いたのか、九十九が問いかけてくる。
「いや、この腕がいつも護ってくれているんだなと」
だから、わたしはすぐに思考を切り替える。
実際嘘は吐いていない。
この腕にわたしは何度も護られているのだから。
しかも、わたしのような重いモノを平気な顔をして、彼は抱えたり担いだりするのだ。
それは、鍛えられて太くなってしまうかもしれない。
「なんだ、それ」
わたしの言葉に九十九が笑った。
だが、わたしがしがみ付いていることに対して嫌な顔はしていない。
寧ろ、楽しそうに見える。
九十九から見れば、そんなにこの状態は面白いのだろうか?
「あれだけじゃ、いくら少食のお前でも足りないだろう? 他には何が食いたい?」
いや、この状況で割とお腹いっぱい……と言いたいけれど、確かにまだお腹が足りてない感覚はある。
しかも、朝食の時間帯になったようで、周囲から良い匂いが漂ってくるのだ。
「ぬう……。でも、この状態では立ちながら食べるのも、歩きながら食べるのも難しいよ」
九十九にしがみ付いた状態ではどう考えても、互いに片手しか使えないし、傍目にも変なカップルだろう。
こんな護衛と主人はいくら何でもいないと思う。
実際、ここにいるからなんとも言えないのだけど。
「いや、食う時は離れろよ」
九十九はまた笑った。
「敵襲って食べている時に来るもんだよ?」
警戒すべき時は、夜討ち、朝駆け、入浴中、排……もとい、お手洗いと、後は食事。
意外と、食事中って無防備になりやすいのだ。
「敵襲って……。そして、毎度、お前のその考えは歴史漫画か?」
「いや、一般論だけど」
「どこの世界の一般なら敵襲を受けるんだよ!?」
九十九はそう突っ込みながらも笑っている。
今日の九十九は妙にご機嫌だ。
「その辺で適当に弁当でも買って、広場で食うか」
「何、その素敵な提案」
「素敵なのか?」
「広場でお弁当ってピクニックみたいでワクワクしない?」
ちょっとした遠足気分だ。
どんなお弁当があるかな?
「……外でメシを広げるのって、珍しくはないよな? オレたち」
そんな現実を突きつける護衛がいるが、そこは気にしたら負けなのである。
「安全と思われる場所で美味しそうなお弁当を広げることに意味があるのです」
一応、結界のない町や村などの外は魔獣の領域と言われている。
その対策として、できるだけ魔獣が出ない街道を歩いているし、なんでも王族たちの気配って隠していても、魔獣が恐れて近付かないらしいけど、それでも絶対的に安全とは言えないのだ。
「それじゃあ、お嬢様のために気合を入れて弁当を選びますかね」
「お嬢様?」
珍しい呼ばれ方をした。
「いや、お前の年代なら、主人と言われるよりは……、お嬢様だろ?」
実際、雇い主の娘なのだから、間違ってないけど。
「どこの世界でも、普通のお嬢様は、こんな風に護衛の腕にしがみ付かないと思うよ」
ラブコメ系にはありそうな気がするけどね。
いや、わたしたちの中にライクはあっても、ラブはない。
だから、どうしても喜劇部分しか残らない。
「それならまた『彼氏(仮)』か?」
「ふおっ!?」
「腕にしがみ付く関係って言ったらそうなるよな?」
な、なんて提案をしてくる護衛なんだ?
でも、言っていることは間違ってないから困る。
「か、『彼氏(仮)』……?」
確かに、本物の彼氏ではないのだから「(仮)」になるよね?
「オレに『(仮)』が付くなら、お前は『彼女(仮)』だな?」
「ふぎゃっ!?」
例え「(仮)」が付いていても、結構、破壊力がある言葉だった。
本来なら「(仮)」ってどこかギャグっぽいのに。
前にそんな話をしていたのは、三年以上前。
その時は、自分や周囲を護るための便宜上の言葉でしかなかった。
実際の関係は、あれからかなり変わっちゃったね。
あの頃のわたしが、「三年後には九十九に張り付けるようになった」なんて知ったら、どんな顔をするのかな?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




